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未織は八ヶ岳に入山した。
すると登山道入口に誰かが立っている。VRゴーグル越しに見える映像には、アバターの頭の上にCREATORの文字がある。つまり、この山の作成者ということだ。
「……えみ?」
そこにはレモンイエローのパーカーを着て髪をポニーテールにした、見紛うはずのないえみが笑顔で立っている。
彼女は脳が理解できないまま混乱しつつもえみに近寄っていった。
ワールド・クライマーはパソコンでプレイするわけだが、当然リアルの仮想空間を演出するため、VRゴーグルを装着しないとプレイできない。このゲームは新規登録時にプレイヤーの前後全身を写したものが必須で、データを読み込ませたそれを元にアバターがゲーム内に再現される。VRを通じて操作者と作られたアバターが顔認証で一致しなければプレイできない仕組みになっている。
「えみ、無事だったの?」
未織の問いかけには応えず、えみは笑顔のまま無言で人差し指を上に向け、山頂までテレポートしよう、とのサインをする。彼女の返事を待たず、えみはフッと消えた。
頭の整理が追いつかないまま、慌てて未織も後を追う。山頂では、えみが同じ表情のまま手招きをする。引き寄せられるように彼女は歩いていく。
未織がそばにくると、えみはくるりと百八十度踵を返す。それと同時に真っ青だった空がグレーの曇天にマジックのようにサッと変わった。そして彼女はあの日のように下山しはじめた。
「ちょ、ちょっと待って。えみ!」
未織の頭の中でも、何かがおかしいと理解しているが、見ている映像に動かせない何かのチカラが働いてる気がして思うようにならない。
えみがひょいひょいと軽快に下る背中を未織が不安げに追っていると、案の定、雨がぽつりと落ちてきて、やがて蛇口をひねったようにザーザー振りになった。
「ねえ!えみ!いったん岩陰で様子をみようよ!このまま下りるのは危険だよ!!」
雨音に負けないように、未織は声を張ったが、何も聞こえなかったようにえみはどんどん下りていく。
そして、苔に覆われた例の場所にくると、その岩の直前でえみがぴたりと動きを止めた。雨は激しく降っている。
未織は声もないまま後方で成り行きを待った。すると、ふいに彼女が振り返った。その顔は……。
「わーーーっ!!」
未織は飛び跳ねて覚醒した。だが視界が真っ暗だ。無意識に顔に両手をやるとゴーグルの感触があったのでそれを外した。
そして、自分の部屋のソファに座っていたことに思わず、「えーっ?」と声がでた。ラジオまで流れている。
ーーえーっ、つぎのお便りはラジオネーム……。
ラジオを止めて、デスクに視線をやると、並んだふたつのパソコンが起動したままワールド・クライマーのホーム画面を表示していた。
どういうことなのか分からないまま、未織は気持ちを落ち着けるため冷蔵庫から白ワインを取り出した。抜栓してワイングラスに注ぎ、口に含む。
あれ?と未織は感じた。ミネラルウォーターを飲みたいはずだったのに……。
「だめ。疲れてる」
声に出して頭を振ると、残りのグラスワインを飲み干して洗い、ぼんやりしたまま未織は歯磨きをして早々にふとんに入り眠りについた。




