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リアルとバーチャルの箱庭  作者: 松本遊心


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4/10

ー4

 会社から帰宅すると、未織はバッグを持ったまま身体を投げ出すようにソファにもたれた。心身ともに疲れていた。

 有休を二日使い、火曜日まで休みにしたのだが目のまわる三日、いや四日間だった。入社三年目の新米が理由なく有休を使うのは周りの手前(はばか)られたので、上司には日曜日の夕方電話して土曜日の顛末(てんまつ)を簡潔に告げた。気のいい彼は、快く休暇を認めてくれたうえに、友達が無事に早く見つかることを願うよ、と(おもんぱか)ってくれた。


 記憶は断片だが、未織はえみの滑落のあと豪雨から逃れるため岩陰を探して一時を過ごし、天候が落ち着いたころ、ケータイに入れた山アプリのルートに従って無事に下山し、それから消防に通報した。その後は病院、警察署での聞き取りと捜索活動の同伴要請、ヘリに同乗しての滑落場所確認と捜索。えみは必ず生きていると信じて三日間の捜索に同伴したのだが……。


 ミッキーの壁掛けの時計を一瞥(いちべつ)すると、二十時五十四分になっている。未織は冷蔵庫のミネラルウォーターのペットボトルを取り出しながら口を開いた。

「アレクサ。FMラジオつけて」

 すると、天井のスピーカーからラジオ放送が流れはじめた。

――それでは、ラジオをお聴きのみなさん。明日も同じ時間にお耳にかかりましょう。さようなら。——八時五十五分になりました。ニュースをお伝えします。☓☓総理大臣は北朝鮮との……。つづいてのニュースです。☓月☓日に☓県の☓岳で友人と下山中に遭難した滝川えみさんの捜索は、消防と警察、ボランティアも含めた百人規模で捜索されましたが、依然として滝川さんの行方はわかっていません。七十二時間の経過をもって捜索の打ち切りが昨日(さくじつ)☓☓警察より発ぴょ。

「アレクサ!ラジオ止めてっ!」


 ラジオの音が消えると、部屋の静けさが一層濃くなった。未織はペットボトルを握りしめたまま唇を噛みしめた。ソファに沈み込んだまま視線を漂わせていると、デスクの上に置かれたノートパソコンが目に入る。えみと共に夜更けまで向き合っていた相棒。電源のランプが点滅しているのを見て、未織はふらりと立ち上がった。

 椅子に腰を下ろし、無意識に電源ボタンを押す。指先が覚えているパスワードを打ち込むと、見慣れたディスプレイが現れた。フォルダーのひとつに"W.C."のアイコンが並んでいる。ワールド・クライマー。えみとふたりで作り上げた箱庭の世界。

 未織はしばらく画面を見つめていたが、ゆっくりと右手が動きカーソルを合わせてクリックした。

 ローディングがはじまり、起動音のメロディが流れて画面の中にいくつもの山のシルエットが現れる。そこには三者三様の山が並んでいて、IRを再現している人、(ふもと)から頂上までぐるぐると蛇腹の線路を造り、電車を走らせている人、山全体をサバイバルの戦場にしている人などいろいろだ。

 気づけば未織は、機械的にゆっくりと自身のアバターを操作していた。

 以前ふたりで作った小さな茶屋が並ぶ稜線を歩いた。風の音、木々の葉擦れ、リアルに調整された光の角度――技術の細部に思考が吸い込まれる。その間にも胸の奥は空洞のままだった。チャット欄は断片的な会話と英語の感想で埋まり、未織はそれらに当たり障りのない言葉を返した。

 ふらふらとランダムに生成された山にテレポートした。誰かの作った"展望台の迷路"を抜け、虚構の町を散歩する。ゲーム内時間は現実より高速で進行するため、わずかなプレイでも山は移ろい、街は活気づくように見える。それが逆に不条理な慰めになる。ここでは、時間を巻き戻すことはできなくても、景色を何度でも再構築できる。未織はそのことを、苦い安心として噛みしめた。

 現実時間の10分ほどワークラ内を見回ってパソコンの電源を落とした。


 このゲームどうしようかと彼女は迷った。プログラミングはすべてえみが担当していたから、未織にはそこがさっぱりわからない。つまり現状以上このゲームを進化させることはできない。エラーが起きたときの修正やメンテナンスはできるが、果たしてすでに二百人以上のプレイヤーがいるこのワールド・クライマーをどうしたものか。

 ため息をひとつついて浴室に向かった。


 その週の土曜日にえみの葬儀があった。彼女の両親が未織に配慮してくれたようだった。まだ二十二という若すぎる死に、誰もが涙していた。そして、未織に批難(ひなん)の目を向ける者もなかった。

 葬儀が終わり、弔問者も去って、えみの両親と数人の親戚たちが残るだけになったころになって、未織は残っている全員に向かって頭を下げて(きびす)を返した。すぐにえみの母親から声をかけられ、彼女がそばにくる。

「未織ちゃん、たいへんだったね。お疲れさま」

 彼女は首を振った。「すみませんでした」そういって深く腰を曲げた。

「顔を上げて。いい?あなたは何も悪くないの。あの状況だったら、わたしが未織ちゃんの立場でも同じ結果だったかもしれない。ふたりの仲は小学生のころから見てるから知ってるつもり。だから自分自身を責めちゃだめ」

 未織はただ下を向いて涙が流れるままにした。

 ハンカチをそっと差し出されると、未織は再度、すみません、といってそれを受け取り両目にあてた。

「ねぇ、未織ちゃん。明日夕方くらいに少し時間ある?」えみの母親がいった。

 彼女は視線を返した。「夕方……。はい、大丈夫です」

「よかった。明日、えみの借りてた部屋整理するから、あなたにも手伝ってもらいたかったの」

「はい、わかりました」


 翌日、えみの両親と未織の三人で、遺品整理をしながら処分するものと残すものは段ボールに詰めて、掃除を済ませた。

 未織は形見分けとして、えみのノートパソコンとザックを譲り受けた。


 帰宅して、シャワーを浴びて部屋着になると、デスクの自分のパソコンをどかして、えみのそれを起動して、ワールド・クライマーを開いた。

 昨日まで自分のパソコンでしていたのと同じように、未織はエラーやアクシデント、異常がないかひと通り見て回った。そして、特に変わったこともなさそうだとゲームを閉じようとしたとき、異変に気づいた。慌てて、自分のパソコンも立ち上げ同じ場面をだす。やっぱり……。えみのパソコン内にしか存在しない造られた山があった。


 八ヶ岳が。

 








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