《ちょっと寒いお話シリーズ》初めてのキス
俺には彼女がいる。
正確には、最近できたばかりだ。
初めて出会ったのは、雨の日だった。
帰り道、アパートの前で、ずぶ濡れのまま座り込んでいた女の子。
最初は声なんてかけられなかった。ただ通りすぎて、部屋でスマホをいじって……けど、どうにも気になって、もう一度見に行った。
彼女はいなかった。
――良かった。帰ったのかな。
そう思って部屋に戻ると、背後に気配。
振り返ると、玄関の前に、さっきの彼女が立っていた。
真っ白な肌。真っ白なワンピース。
濡れた髪が、ぴたりと頬に張りついている。
「……うち、来る?」
彼女は、ほんの少しだけ頷いた。
シャワーの後、タオルを渡し、シャツを貸して、ベッドも使っていいと言った。
俺はソファで寝ることにした。
――知らない女の子を部屋に泊めるなんて、生まれて初めてだった。
彼女は部屋でぼんやりテレビを見てる。俺もシャワーを浴びることにした。
ついニヤけていた俺は、冷たい水に触れて飛び上がった。
「おいおい、あの子、水で浴びたのかよ……風邪ひくぞ」
部屋に戻りベッドを覗くと、彼女はすやすやと眠っていた。
案外かわいい子だな、なんて思いながら、俺もソファに横になる。
少し落ち着かなかったけど、しばらくして眠りに落ちた。
*
翌朝、トントン、と扉を叩く音で目が覚めた。
「あの、お礼に朝食を……」
用意されていたのは、卵焼きと味噌汁と白いご飯。
まるで恋人みたいだ、なんて思いながら箸を取ったが――
味噌汁、うすっ……
卵焼きには、醤油をかけ忘れていた。
(塩分、苦手なのかな)
それから彼女は雨の日だけ、ふらりと部屋に現れるようになった。
ちょっと変わった子だけど、いい子だ。
基本無口。
いつも、ずぶ濡れで水のシャワーを浴びて、俺のシャツを着て寝る。
そろそろ名前とか、学校とか、聞いてもいいかな――
そんなことを考えていたある日。
「いたっ!」
台所から声がして、駆け寄ると、彼女が腕を押さえてしゃがみ込んでいた。
床には、こぼれた塩。
「大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
*
夜になり、電気を消すと、彼女がそっと近づいてきた。
「ねぇ……付き合ってるんだよね、私たち……」
「え? う、うん、もちろん」
「……こんなだけど……」
彼女はそっと腕を見せた。
そこだけ肌が、茶色く、細く、しなしなに萎んでいた。
(うわっ……これ、やけど?
でも、そんなの気にしない。
だって、彼女は彼女だから)
「その腕、大丈夫なの?」
彼女は微笑んだ。
「うん。また雨が降れば……元通りだから」
「……?」
彼女はさらに近づく。四つん這いで、床を這うように近づいた。
シャツから覗く白い素肌がぬめぬめとしていて――
ごくり。
俺は思わず唾を飲んだ。
そして、彼女の少し震える手が俺の胸元にかかった。
手が冷たい。
考えてみたら彼女のこと、何も知らない。
でも、その震える小さな手――すごく愛おしい、と思った。
「キス……しよ?」
そう言うと、目を細めて唇を近づけてくるその顔は、濡れて艶めいて、美しかった。
次の瞬間、俺は凍りついた。
ぬるりと、唇をなめた彼女の舌は――
真っ白で。
まるで――
なめくじだった。
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