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IMAGINARY BLADE  作者: あかなす
Beyond the Rain
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Beyond the Rain Ⅳ

 井狩森司。二人の被害者と彼との間に、直接的な面識は全く確認できなかった。しかし監視カメラの映像を再度確認したところ、事件発生当時のスクランブル交差点と駅前広場、そのどちらにおいても井狩の姿は確認できた。

 だが映像の中の井狩は、犯行の瞬間においても被害者に近づく素振りはなく、目立った行動は起こしていない。確かに彼のブレイドが「物理的な殺傷能力はなく、観賞用に微弱な光を発する程度の、極めて無力なもの」であるならば、それも当然だといえる。犯行現場に居合わせたのも偶然かもしれない。だが――


「やはり井狩のブレイドの能力が、申告通りのものであるとは到底考えられません」


 S.W.O.R.D本部の作戦会議室。重苦しい沈黙が支配する中、私は意を決して口を開いた。直後、それまで俯き加減にテーブルの上で作業をしていた他の隊員たちの視線が、一斉に私の方へと集まる。


「……井狩森司は自身のブレイドの能力を、国に対して虚偽の申告を行なっている。そういうことだな」


 隣の席に座る弦木が、私の言葉を引き取るように補足する。その低い声の中には、静かな確信が滲んでいた。


「はい。ホルダーが自身の能力を過小申告するケースは、決して珍しいことではありません。問題は、それがどんな能力なのか。井狩はそれを、どうやって隠しているのか……それについて、私に仮説があります!」


 周りに聞こえるよう、私は声を張り上げる。その脳裏には、数日前の会議で弦木が口にした『犯行現場は、あくまで結果が顕現した場所に過ぎないのではないか』という助言が、鮮明に蘇っていた。


「被害者たちの通勤途中、井狩は人混みに紛れて被害者にさりげなく接触していた。そして井狩は、被害者に『傷の刻印』のようなものを、毎日少しずつ付けていったんです。刻印は肉体に対して即座に何の痛みも変化も与えない。だけどその刻印は、後から本物の傷として実体化させることができる……そんな能力だったとしたら、どうでしょうか」


 そんな能力が実在するなんて考えたくもないし、我ながら突飛な推理だと思う。しかしそれは同時に、今回の事件の不可解な点を説明し得る一つの可能性も示唆していた。


「……残した傷が、時間差で現れる能力。まるで視えない時限爆弾だな。だがそれなら、井狩が現在申告しているブレイドの特徴とも矛盾しない」


 弦木が私の仮説を補足するように呟く。その肯定的なニュアンスに、私は少しだけ勇気づけられる。


「そうなんです。被害者は自分が攻撃されていることに全く気づかないまま、無数の傷を刻まれ続けることになるんです。そして恐らく、一度刻印を付けてしまえば、井狩は後からいつでも傷を実体化させることができる。現場に居合わせていた点を考慮しても、井狩は対象と一定の距離を保ってさえいれば、念じるだけで能力を発動できる可能性があります」


 私の仮説は依然として、それを裏付ける決定的な物証は何一つ存在しない。他の隊員たちは私の話に耳を傾けながらも、簡単に同意は示してくれなかった。それでも、私は口を動かし続ける。この閃きが、まるで的外れだとはどうしても思えなかった。


「井狩が目撃されたという、駅のホームや乗り換え通路。あのような雑踏の中であれば、被害者に気づかれず一瞬だけブレイドを発現させ接触し、マーキングを施すことも不可能ではないはずです。目撃者の証言でも『ブレイドを発現させていたのは一瞬で、すぐに収めていた』とありました。それこそまさしく、マーキングを行なうための接触だったのではないでしょうか!」


「……まだ憶測の域を出ていない、仮説の段階ではある。が……」


 私がそこまで言い切ると、しばらく目を閉じ何かを熟考していた弦木が、ゆっくりと口を開いた。


「仮にそれが事実だとして……犯人が今日までに、一体どれだけの数の人間に対し傷の刻印を付けてきたのか。これから先、どれだけの数の犠牲者が出るのか……予想もつかない。仮説だとしても、見過ごせば甚大な被害をもたらす危険のある、決して無視できない可能性だ」


 弦木の一言は会議室の空気を一変させた。彼女の言う通り、それは考えたくもない最悪の可能性。今はまだ机上の空論だが、イマジナリ・ブレイドという概念は、その空論に形を与えてしまう。そして私たちS.W.O.R.Dは、そんな空想すらも視野に入れて捜査に臨まねばならない。


「井狩森司を本件の最重要参考人として、捜査方針を再構築する。ネームド級の能力発現には相応の精神的負荷が必要になる。もしも奴が本当に『イペタム』なら、能力発現当時、何らかのトラブルを起こしているはずだ。井狩森司の身辺調査、特にホルダー申告当時の周辺状況を徹底的に調べ上げるぞ」


 弦木の力強い号令に、他の捜査官たちは一瞬顔を見合わせていたが、すぐに彼女の決断に従う姿勢を見せた。その日を境に、S.W.O.R.Dの捜査は新たな局面を迎えたのだ。


 ◆


 井狩自身の過去の経歴、特に彼がホルダーとして申告せざるを得なくなった時期の周辺状況を、私たちは徹底的に洗い出した。その執念とも言うべき地道な捜査活動が実を結び、井狩が二年前に退職した会社の名前を突き止める。そして、当時の彼の同僚の一人に幸運にも連絡を取り付けることに成功した私たちは、その人物の元へと急行した。


 約束の場所に現れたその元同僚の男性は、井狩よりも数歳年上に見受けられたが、どこか疲れたような影のある表情をしていた。私たちがS.W.O.R.Dの捜査官であることを告げ、井狩森司について尋ねると、彼はその目に複雑な色を浮かべていたが、やがて観念したように重い口を開き、当時の状況について語り始める。


 元同僚との聞き取りを終えた私たちは、重苦しい沈黙が支配する車の中へと戻った。窓の外は既に夕闇が迫り、街の灯りが無数の蛍のように、ちらほらと灯り始めている。その光景が私たちの重い心境とは対照的に、どこか非現実的なほど、どこか物悲しく感じられた。


「……井狩森司は当時、勤務していた会社で深刻なパワーハラスメントの被害に遭っていた。上司や同僚からの執拗な嫌がらせ、責任のなすりつけ、そして組織ぐるみでの隠蔽工作。その結果、彼は精神的に追い詰められ、退職を余儀なくされた。その後の井狩の生活が、極度の人間不信と被害妄想に苛まれる困難なものだったことは想像に難くない」


 運転席でハンドルを握りながら、先ほどの元同僚からの証言内容を弦木は淡々と要約していく。


「そして、井狩が会社を辞める直前。奴はハラスメントの中心人物であった上司との間で、激しい口論の末に乱闘事件を起こしている。その際、井狩と揉めた相手が腕に複数の切り傷を負い、病院で治療を受けていたという記録が残っていた」


「切り傷……! 井狩のブレイドの能力が申告通りのものなら、肉体に物理的な傷を付けることは不可能のはずですよね!」


「当時の警察の事情聴取に対し、井狩は『相手が一方的に暴れ出し、近くにあった棚にぶつかって勝手に怪我をしただけ。自分は一切手を出していない』と主張し、その場は傷害事件としては立件されずに終わっている。相手側も、自分たちのハラスメント行為が明るみに出ることを恐れたのか、被害届を提出しなかった」


 井狩森司が長年にわたって抱え込んできた、深い心の闇。社会に対する絶望。そして、抑圧された憎悪。それらがパズルのピースのように、あるべき場所へと嵌っていくような、そんな感覚があった。


「イマジナリ・ブレイドの能力について虚偽申告の疑いがある場合、該当のホルダーにはS.W.O.R.D指導の下、能力の再検証を受ける義務が課せられます。そして、その虚偽申告の内容が悪質であると判断された場合、空想法違反で取り締まることができる……!」


「ああ。これでようやく、奴に逮捕状を請求できる法的根拠が揃った」


 ここからが本番だ。いくら能力の虚偽申告で検挙できたとしても、連続殺人事件についてはまだ何も、決定的な証拠は挙げられていない。

 証拠の残らない空想犯罪においては、現行犯逮捕が鉄則となる。例外があるとすれば、それは犯人による自白のみ。

 凶悪な空想犯罪者ほど、その手口は巧妙かつ徹底的に隠し通す。そんな彼らに自白を要求するなんて不可能だろう。


 だが、その不可能を可能にするのが――私のブレイド、アンサラー。心の声を引きずり出し、真実を暴き出す能力。

 そもそも新人である私が事件の捜査に参加できているのも、この能力のおかげなのだ。


「これで貴様にも抜刀許可が降りるだろう。能力の限定解除も正式に許可されるはずだ。……真加理。次に奴と対峙した時、貴様の成すべきことは理解しているな」


「はい……!」


 やり遂げなければならない。これ以上犠牲者を出さないためにも。そして、こんな私を信じ導いてくれる弦木の信頼に応えるためにも。その覚悟が血潮となって今、私の全身を駆け巡っていた。


 ◆


 S.W.O.R.D総合作戦司令部は、私からの抜刀許可申請を即座に受理してくれた。それはすなわち、井狩森司と再び対峙した際、一連の連続殺人事件に関する決定的な証拠をアンサラーによって白日の下に引きずり出すという、重大な任務が託されたことになる。


 それと同時に、S.W.O.R.Dは収集された数々の状況証拠と、井狩のイマジナリ・ブレイド能力に関する重大な虚偽申告の疑いを根拠として、井狩森司に対する逮捕状を所轄の裁判所に正式に請求した。

 事件の重大性とホルダーが関与する犯罪の特殊性が考慮され、逮捕状は迅速に滞りなく受理される。もはやこれ以上『イペタム』を野放しにしておく猶予は一刻たりとも残されてはいない。私たちは早急に、次の一手を打つ必要に迫られていた。


 逮捕状の発行を受け、S.W.O.R.Dは井狩に対し改めて出頭を命令した。今度は参考人としてではなく、明確な被疑者として。

 しかし井狩からの返答は、ある意味では予想通り。体調不良を理由とした出頭拒否の連絡。彼が自らの意思でS.W.O.R.D本部に足を運ぶ可能性は、もはや限りなく低いだろう。ならば、選択肢は一つしかない。


「……真加理。準備はいいな」


「はい。いつでも行けます」


 心の準備なんて、とうにできている。この日のために、私はS.W.O.R.Dに入ったのだから。

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