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IMAGINARY BLADE  作者: あかなす
Beyond the Rain
3/14

Beyond the Rain Ⅲ

 手口の酷似から、S.W.O.R.Dはこれを即座に連続殺人事件と断定した。白昼堂々、衆人環視の真っ只中で、不可解に命を奪われる。短期間に二度も発生したこの通り魔事件は、瞬く間に各種マスメディアによってセンセーショナルに報道された。


 インターネットの匿名掲示板やSNSを中心に、事件に関する真偽不明の憶測や都市伝説めいた噂が瞬く間に拡散されていく。テレビのワイドショーでは事件の専門家と称するコメンテーターたちが、様々な憶測をさも真実であるかのように語り、それがまた人々の恐怖心と好奇心を無責任に煽っていた。そんな光景を目の当たりにするたび、言葉という刃がいかに容易く人々を扇動し、傷つけるものであるかという現実を改めて痛感させられる。


 S.W.O.R.D総合作戦司令部は今回の連続殺人事件の犯人を、使用されていると思しきイマジナリ・ブレイドの能力、その危険性からS.W.O.R.Dの規定に基づき、正式に『ネームド』指定することを決定した。

 今回の犯人に与えられたネームドは『イペタム』。由来は、アイヌの伝承に登場する『人喰い妖刀』からきているらしい。


 ちなみにその芝居がかったネーミングセンスは、S.W.O.R.D総合作戦司令部の総司令官、桐生凪咲の個人的な趣味に基づいた半ば強引な独断によるものであるというのは、局内では有名な話である。

 桐生司令官はネームドの選定に関する議題になると、普段の掴みどころのない態度はどこへやら、その該博な知識を嬉々として披露するというある種の奇癖の持ち主であった。

 そんな彼女の独特なネーミングセンスに対して、誰も異を唱えることはできない。総司令官という絶対的な権限の前には、誰もが言葉を飲み込んで頷く他なかった。


 ◆


 第二の事件現場での初期調査を終えた私たちはS.W.O.R.D本部へと帰投し、直ちに緊急の捜査会議を招集した。相変わらず無機質で冷たい空気の漂う会議室。そこに設置された大型の円卓テーブルには、既に私や弦木をはじめとする今回の事件を担当する主要な捜査官たちが、皆一様に厳しい表情で席に着いている。

 テーブル中央に置かれたホログラム投影装置は、先ほど私たちが目の当たりにしてきた第二の事件現場の生々しい映像を、三次元的な立体映像として詳細に映し出していた。


 被害者の女性は二十代後半。未婚であったが将来を誓い合った恋人がおり、共に都心のマンションで何不自由なく、幸せな日々を送っていたようだった。第一の被害者である男性とは住んでいる地域も勤務先の業種も異なり、現時点では二人の間に直接的な接点や明確な共通点は見出されていない。

 強いて共通点を挙げるとすれば、被害者の女性もまた第一の被害者と同様に、非常に温厚で誰からも好かれるような人物だったということ。職場の上司や同僚、友人や家族から聞き込みを行ったところ、その評判は驚くほどに良かった。悪い噂一つなく、誰かに強い恨みを買うような要素は、今のところ全く見当たらない。


「凶器は依然として発見されていない。目撃者もなし。現場周辺の監視カメラの映像を解析したが、被害者が襲われる瞬間、その周囲に不審な人物の姿は一切映っていなかった。今回の被害者も身体の内側から何かが破裂するように、あるいは無数の刃で一斉に切り刻まれたように、突如として全身から血を噴き出し倒れている」


 弦木の感情の抑揚を一切排した冷静な分析結果が、静まり返った会議室に低く響く。その冷静な言葉とは裏腹に、彼女の細く長い指がテーブルの上で微かに、神経質なリズムを刻んでいるのを私は見逃さなかった。


「……捜査のアプローチそのものを、根本から見直す必要があるのかもしれないな」


 彼女は低くそう呟きながら、その鋭い三白眼の瞳で会議室をゆっくり見渡す。


「一件目のスクランブル交差点と、二件目の駅前広場。これらの場所に共通しているものは何だと思う?」


 弦木の問いかけに一瞬、誰もが喉を詰まらせていた。周囲の様子を窺うような空気が漂い始める。


「は、はい……!」


 緊張した空気の中、私は思い切って手を挙げた。そんな私のことを、弦木は発言を促すように軽く一瞥する。


「えっと……どちらの事件現場も都心部の中心に位置し、時間帯を問わず常に多くの人が行き交う開けた場所です。そして二人の被害者はその衆人環視の真っ只中で、誰にも気づかれることなく一瞬にして襲われた……」


「そうだ。一見するとそれは犯人にとって極めてリスクの高い、大胆不敵な犯行のように思える。リスクを回避するなら、人通りのない場所で目立たないよう実行するのが定石だ。そもそも殺すだけで良いなら、あれほどの数の傷を負わせる必要がない。そんなことをしている暇があったら、犯行現場からさっさと逃げるべきだ」


 私が考えをまとめながら、やや自信なさげに答えると、弦木はそれを肯定しつつさらに踏み込んで言葉を続けた。


「だが……もしも犯人にとって、これがほとんどリスクのない犯行だったとしたらどうだ」


「リスクが、ない……? 衆人環視の中で、殺人を行うことが……?」


 言われてみれば確かにそうだ。リスクがないからこそ白昼堂々、人通りの多い場所で被害者を切り刻むことができている。その余裕と自信が犯人にはある。しかしそれを可能にする能力とは一体どんなものなのか、私には見当も付かない。


「例えば……犯人は現場にいなかった。いたとしても、被害者から離れた位置にいた。だから犯人は現場に証拠も残さず、返り血を浴びることすらなく犯行に及ぶことができた」


「……そんなことが、可能なんですか?」


「可能だと仮定しろ。すると我々が犯行現場だと認識している場所は、あくまで犯人の計画における『結果が顕現した場所』に過ぎないのではないか、と疑うことができる」


 捜査の盲点を突くその仮説に、私だけでなく会議室にいた他の捜査官たちも、皆一様に息を呑んでいた。


「真の犯行現場は、犯人が被害者に対して何らかの『仕込み』――イマジナリ・ブレイドの能力を行使するための『下準備』を行なった、全く別の場所。例えば、被害者たちが日常的に利用している生活圏のどこかで、犯人は被害者に対し一方的に接触を図っていたとしたら……」


 例えば――犯人は標的に気づかれず、どこかのタイミングで能力発動のトリガーとなるような物を、事前に標的の身体にマーキングしていた。そのマーキング自体は、恐らく何の物理的な影響も与えず、痛みもなければ見た目の変化もないのだろう。

 そして、あらかじめ定められた場所、あるいは何らかの特定の条件下において、犯人は能力のマーキングを遠隔で発動させた――

 つまり犯人のブレイドの能力は、任意による遠隔攻撃。これなら犯行の瞬間が誰の目にも目撃されることはなく、現場に物理的な証拠も残さない。そう仮定すれば確かに、一連の不可解な現象にも論理的な説明がつくかもしれない。


「そっか……これまでは事件現場に居合わせた人物や、被害者と直接的な関係のある人物に限定して捜査を行なってきました。でももし、その仮説が正しければ……被害者の行動範囲のどこかで、犯行の『仕込み』の瞬間を目撃した人物が新たに見つかるかもしれません……!」


 事件は現場ではなく別のどこかで起きていた。私たちは犯行そのものではなく、仕込みの瞬間を目撃した人物を見つけ出す必要があるのだ。膠着した現状を打破するためには、もはやそれしか道はない。


「被害者たちの行動範囲を細かく洗い出すぞ。特に通勤ルートは重点的に見直す必要があるだろう」


「通勤ルート、ですか?」


「二人の被害者に直接的な共通点はない。生活圏もほとんど重なってはいない。だが両者共に会社員だ。通勤ルート上でなら、すれ違っている可能性は大いにある。それがたとえ乗り換え時の僅かな時間だったとしても、その瞬間、二人の被害者が交わる時間と場所が見つかれば……そこが犯人にとっても『狩り場』の可能性がある」


 狩り場。つまり犯人は無差別に標的を狙っているのではなく、その狩り場の中から獲物を選定している。もしもそんな場所が本当にあって、そこから有力な情報が見つかれば、捜査は一気に進展するだろう。


「行くぞ」


「はい!」


 獲物を見つけた狩人の如く、弦木の瞳の奥に鋭い光が宿る。その瞬間から、私たちは息を吹き返したように新たな捜査に乗り出したのだった。


 ◆


 私たちは直ちに被害者の生活圏をより詳細に洗い出す作業を開始した。昼食をとっていた可能性のあるコンビニやレストラン。仕事帰りに立ち寄っていたかもしれないスーパーマーケットや娯楽施設。そして通勤ルート。あらゆる情報を収集し、二人の行動パターンを徹底的に分析する。


 そんな地道な作業が実を結んで、ある共通点が浮かび上がってきた。それは弦木真琴の読み通り。両者は乗車する駅も日常的に利用している路線も異なっていたが、その通勤途中、どちらも都心部のターミナル駅で一度合流し、それぞれ乗り換えを行なっていることが判明したのである。


 その事実が判明してすぐ、私と弦木は問題のターミナル駅へと急行した。そこで私たちは二手に分かれ、その広大な駅周辺での聞き込み調査を開始したのだ。

 時刻は正午。ラッシュアワーはとっくに過ぎ去っているとはいえ、駅のホームには依然として多くの人々が列車を待ち、乗換通路はひっきりなしに行き交っている。

 私は駅構内で被害者たちが立ち寄っていたと思しき駅直結の巨大な地下街に訪れた。そこにある喫茶店や書店、コンビニエンスストア、それらの場所を一つ一つこの目で確認しつつ、行き交う人々に手当たり次第聞き込みを行なった。


 しかし、やはり人の記憶というのは驚くほど曖昧で。なかなか有力な情報や事件に繋がりそうな具体的な手がかりは得られない。太陽が空高く昇り、額にじっとりと嫌な汗が滲み始めた頃、私の心にも焦りと肉体的な疲労が徐々にではあるが確実に生まれ始めていた。


 そこにいる通行人や駅員、駅地下の店舗従業員たちは、私が提示する二人の被害者の顔写真を見てもどこか迷惑そうに、判で押したような答えばかりが返ってくる。

 皆自分のことだけで精一杯で、自分に何の得もなく影響もない事情にはどこまでも無関心でいられる。それがこの都市に生きる人々にとってある種の処世術であり、現実なのかもしれなかった。


「……あの。すみません、刑事さん」


 私が半ば諦めにも似た気持ちを抱き始め、次の聞き込み場所へと移動しようと地下街の通路を歩いていた、まさにその時だった。通路の一角にある、こぢんまりとした花屋。その店先でエプロン姿の若い女性の店員が、私が手に持っていた被害者二人の写真を見て声をかけてきたのだ。


「私、見ました。その、写真の方々……」


 彼女は周囲の通行人の目を気にするように、声を潜めてそう言った。その表情には怯えと緊張の色がありありと浮かんでいる。


「ほ、本当ですか!? 何か変わった様子はありませんでしたか!?」


 もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。その期待に思わず身を乗り出すようにして、私は彼女に問い返していた。


「えっと……その写真の方々の、少し後ろを……ストーカーみたいに、つけていくような感じで……ナイフを持っている男の人を、見た気がするんです。ただ、そのナイフは……私以外の周りの人には、視えていない様子で……だから、多分……普通のナイフじゃなくて……」


 彼女はしどろもどろ、遠慮がちな小さな声で呟く。それはどこか証言すること自体を躊躇するように、必死に言葉を選んでいる。

 彼女をそうさせる理由が私にはすぐに分かった。彼女もまた私たちと同じ、イマジナリ・ブレイドを発現させたホルダーなのだ。その事実を周囲に悟られないよう、彼女は声量を落とし、敢えて迂遠な言い回しをしているようだった。


 実際、ホルダーであるというだけで謂れのない差別や偏見の目に晒されることが多い。この歪んだ現代社会において、それは当然の反応だと言えるだろう。

 しかしそれでも、彼女は勇気を振り絞り、自らの危険を顧みず情報を提供してくれようとしている。その勇気に、私は同じホルダーとして心の底から共感を覚えた。


「……イマジナリ・ブレイド、だったのですね。ご安心ください。私もあなたと同じホルダーですから、お気持ちはよく分かります。勇気あるご証言、本当にありがとうございます」


 私のその言葉に、彼女は少しだけ強張っていた表情を緩め、安堵の溜息を微かに漏らしていた。同じホルダーであるという連帯感が、彼女の警戒心を解いたのかもしれない。


「ナイフのようなイマジナリ・ブレイドを持っていたというその男性は、この写真の方々に対して、具体的に何かをしているような素振りはありませんでしたか? 例えば、話しかけていたり、何かを渡したりといったような……」


「それが……はっきりとはよく分からなくて。ナイフのようなブレイドも、本当にチラッと見えただけで、男はすぐに収めていました。ただ、ほんの一瞬だったんですけど……その男はブレイドを持ったまま、肩がぶつかるくらいの距離まで、その人たちに近づいた瞬間があったんです。私、それを見て、びっくりして……」


「……それはつまり、ブレイドが体に突き刺さるほどの距離まで、男は相手に接近していた……ということでしょうか」


「……はい。でも、刺された人たちは何の反応も示していなかったので……私の見間違いだと思っていたんですけど……」


 女性店員の証言、その怪しい男の行動は、まさに弦木が推測した『仕込み』そのものではないだろうか。今回の事件と全く無関係であるとは到底考えられない。


 私は女性店員に礼を言うと、急いで弦木に連絡を取った。電話口に向かって放たれたその声量は我ながら大きく、興奮で上擦ってもいたけれど、今はそれを抑える余裕はなかった。


「センパイ! 二人の被害者たちの通勤ルート上で、イマジナリ・ブレイドと思しき刃物を持った、不審な男の目撃情報がありました!」


 報告の後、捜査は劇的に進展した。花屋の女性店員から得られた不審な男の風貌、出現した時間帯、そして彼が持っていたとされるイマジナリ・ブレイドの特徴。それらの断片的な情報を、S.W.O.R.Dが保有する膨大なホルダーのデータベースと照合した結果、一人の男性が捜査線上に急浮上したのだ。


 その男の名前は、井狩森司いがりしんじ。年齢は四十代半ば。未婚。無職。数年前に両親を亡くし、現在は親が遺した郊外の一軒家に一人で暮らしている。


 彼は二年前、自らホルダーであることを国に申告済みだった。その際に登録された彼のイマジナリ・ブレイドの能力については、「物理的な殺傷能力は一切なく、観賞用としてごく微弱な光を発する程度のものであり、他者に対して危害を加えることは到底不可能な無力なもの」として、詳細なデータと共に記録されていた。そのため、S.W.O.R.Dのデータベースにおける彼の危険度評価も最も低いランクに設定されており、特別な監視対象とはなっていなかった。


「……井狩森司。この男が、連続殺人事件の犯人……ネームドホルダー『イペタム』……?」


 モニターに映し出された井狩の顔写真――どこか神経質そうで、線の細い、一見すると非常に大人しそうな男の顔――を、私は食い入るように見つめながら、どこか信じられないような気持ちで一人呟く。

 彼の申告されているイマジナリ・ブレイドの能力と実際の犯行の手口との間には、あまりにも大きなギャップが存在している。謎はさらに深まろうとしていた。


 ◆


 私たちは直ちに井狩森司への任意での事情聴取のため、彼にS.W.O.R.D本部への出頭を要請した。

 場所はS.W.O.R.D本部庁舎の地下深くに設けられた、特殊な尋問室の一つ。外部からのあらゆる電波を完全に遮断し、いかなる盗聴や不正アクセスをも不可能にする多重構造の分厚い壁と扉で囲まれた、窓一つない部屋。そこは重要参考人や危険度の高いホルダーである被疑者の尋問のために、特別に設計された空間である。

 内部は無機質な金属製のテーブルと椅子が数脚置かれているだけで、余計な装飾は一切なく、重苦しい圧迫感に満ちていた。壁に埋め込まれた監視カメラとマイクだけが、この部屋で行われる全てを記録している。


 私も弦木と共に、事情聴取に同席することになった。私の役割は明確だ。弦木が井狩に核心に迫る質問を投げかけたその瞬間、彼の発言の真偽をアンサラーで見極める。その役割の重さに、私の背筋は凍るような冷たさと、同時に奇妙な高揚感も覚えていた。


 数時間後。井狩森司はS.W.O.R.Dからの出頭要請に応じ、指定された時間に一人でS.W.O.R.D本部へと姿を現した。彼は受付で待機していた案内役の捜査員の誘導に従い、特に抵抗する様子もなく落ち着いた足取りで尋問室に入ってくる。その服装は黒を基調とした、地味で目立たない、着古された印象を与えるものだった。

 彼は部屋の中を値踏みするように一瞥すると、弦木の正面に用意されたパイプ椅子に音もなく腰を下ろす。


「井狩さん。本日はお忙しい中、遠路はるばるご足労いただき、誠にありがとうございます。S.W.O.R.Dの弦木と申します。本日は、先日発生いたしました事件に関しまして、いくつかお話を伺わせていただきたく存じます。何卒ご協力のほど、よろしくお願いいたします」


 弦木は独特の圧力を伴った声で、型通りの挨拶を述べた。そして今回の出頭要請の表向きの理由であった、いくつかの形式的な質問、事件発生当日のアリバイの再確認や被害者との面識の有無などを投げかけていった。

 それらを一切淀むことなく、井狩は理路整然と答えていく。まるで事前に何度も練習を重ねてきたかのように。


 やがて形式的な質疑応答が一段落し、部屋の空気が僅かに弛緩した、まさにそのタイミングで。弦木は唐突に、本題へと切り込み始める。


「我々S.W.O.R.Dは、一連の殺人事件の犯人が同一の『ホルダー』による犯行である可能性が極めて高いと判断し、現在総力を挙げて捜査を進めております。……ところで井狩さん。貴方は二年前にイマジナリ・ブレイドを発現させ、ホルダーとして国に正式に登録されていると我々は把握しております、差し支えなければ、貴方のそのイマジナリ・ブレイドについて、詳しい話をお聞かせ願えませんでしょうか」


 その瞬間、井狩の表情が僅かではあるが、確かに強張ったのを私は見た。


「……私の、ブレイドについて……ですか?」


「はい。申告されている公式な記録情報によれば、貴方のイマジナリ・ブレイドには物理的な殺傷能力は一切有しておらず、観賞用として微弱な光を発するのみの、極めて装飾的なものである、とのことですが……記録されている情報に、間違いはございませんか?」


「……ええ、はい。その通りです。私のブレイドは、本当に、何の役にも立たない……見てくれだけの、ガラクタのような物で……」


「拝見させていただいてもよろしいでしょうか」


「……別に、構いませんが」


 弦木の畳み掛けるような問いかけに、井狩は眉をひそめ、その表情に嫌悪を露わとしていた。しかし渋々ながらも彼は要求に応じ、おもむろに自身の胸元に手を置く。

 すると彼の体の内側から、黒い柄がゆっくりと、這い出るように伸びてきた。彼はそれを掴み取って、その短い刀身を私たちの前に見せる。


 片刃の短剣。花屋の女性店員の証言と酷似した、ナイフのような形状。その白い刃は淡く光を帯びている。抜き放ったその刃を、彼は自らの左腕、その皮膚の表面に滑らせてみせた。皮膚には傷一つ付いていない。それは確かに、私のアンサラーと同じ、物理的な影響を他者に与えないタイプの能力に見える。


「これでいいですか?」


 傷一つ負っていないその左腕を、どこか勝ち誇ったように掲げながら、井狩は冷たく言い放つ。

 その瞬間だった。弦木が静かに、私へ視線を送る。その眼差しは、私にアンサラーの能力を行使しろという、いつもの合図だった。


「井狩さん。私は、S.W.O.R.Dの真加理冴矢と申します」


 深呼吸一つで覚悟を決めると、私は彼に向かって名乗りを上げる。


「私もあなたと同じ、イマジナリ・ブレイドを持つホルダーです。私のブレイドには特殊な能力が備わっています。それは、相手の発言が真実であるか、あるいは嘘であるかを、その場で正確に見極めることができる能力です」


 私の言葉に一瞬、井狩の眉がぴくりと痙攣するように動いた。彼の瞳の奥に明確な警戒の色が走る。


「今から簡単な質問をいくつかさせていただきます。あなたは、それに正直にお答えいただくだけで結構です。事件の早期解決のため、あなたご自身の潔白を証明するためにも、どうかご協力いただけませんでしょうか?」


 井狩の双眸を真っ直ぐ射抜くように見据えながら、私は努めて鋭く告げる。


「……お断りします」


 しかし直後、井狩の冷たい声が私の要求を即座に切り裂いた。その声には明確な拒絶の色をもはや隠そうともしていない。彼の表情からは剥き出しの敵意が浮かんでいた。


「私はあくまで任意でこの場所に来ています。あなた方の捜査に協力する意思はありますが、しかし、貴女のその……得体の知れない、気味の悪い能力に……自ら進んでその身を晒す義務も理由も私には一切ありません。それは私の人権に対する、重大な侵害行為ではないですか」


「……そう、ですね。確かに、任意聴取という状況下において貴方には……私の能力による検証を拒否する権利が法的に保障されています。強制することはできません」


 私は内心の強い動揺と込み上げてくる疑念を必死で押し殺し、あくまで冷静に、事務的に言葉を返す。相手の明確な同意なしにアンサラーの能力を強制的に行使することはS.W.O.R.Dの規定上、そして法の下においても決して許されない。


 もしも昔の私だったら、己の衝動の赴くまま刃を振るっていたかもしれないけれど――今はもうS.W.O.R.Dの一員。ホルダーの規範となるべき存在だ。今は引き下がるしかない。


「……分かりました。本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございました。ご協力感謝いたします。どうぞお帰りください」


 これ以上の取り調べは困難と判断したのか、弦木はどこか諦めたような口調で、静かに告げた。


 井狩は何も言わず、ただ小さく鼻を鳴らしてみせると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。そのまま私たちに一礼もすることなく、足早に尋問室を後にしていく。

 そのひょろ長い後ろ姿を、弦木真琴は猛禽類のような鋭い視線で、忌々しげに射抜いていた。

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