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09 思い出したのは、傲慢

「え、あ、後ろのつき当たりの右、です。」

「ありがとう。」


 トイレは階段とは真逆の位置にあるらしい。


「ネム、うんこしてる場合じゃないぞ!」


 焦るロカに「いいからついて来て」とトイレに向かって走り出した。

 ロカの身体能力のなら二階から飛び降り、サルザに捕まる事なく出入り口に辿り着くことも出来るだろう。


 ――でも、それじゃダメ。


 安全なのは銀行の敷地内だけだから。

 サルザが一人乗り込んで来たという事は、敷地の外に部下を置いて来たって事だ。新しいとは言え、マフィアのボスが一人で行動する筈ない。

 数はニーダ邸に連れて来た十人程度とは比べ物にならないはず。ここに来るまでに腕の立つ大量の部下を引き連れて来ている事は容易だろうから。


 ――銀行から一歩出た瞬間、間違いなく殺される。


 ロカならどうにか出来るかも知れない。でも彼が本当に守ってくれる保証がどこにある。本当に自分の命が危ないと判断したら一人で逃げるかも知れない。


 ――ロカを信頼するなんて、絶対出来ない。


 今は大人しく従順だけど、いつ牙を向くか分からない殺戮者なのだから。もし、運良く逃げ切れたとして、奪った金もなくなったら元も子もない。

 職も住む場所も失った今の私には、この金だけがもっと自由に生きる道を繋ぐもの。


 ――どうするか、なんて決まってるじゃない。

 ――私に出来る事はいつだって変わらないから。


 つき当たりを右曲がると直ぐに男女トイレが現れた。扉の前にはそれぞれガードマンが立っている。


「袋、貸して。」

「あいよ。で、次は?」

「ここで十秒待ってて。」

「はぁ!? 本当にうんこかよ。そんな時間ねぇって。」


 逃げようと腕を掴むロカを振り払い、視線を合わす。

 映る赤い瞳はゆらゆら揺れて、それを黄金のビー玉瞳が真っ直ぐ射抜いた。

 

「ロカ、私との約束は?」

「し、喋らない。」

「私を?」

「…………信じる。」


 射抜かれた赤い瞳は一つ瞬きをして弧を描いた。


「良い子。じゃあ、用意スタート!」


 言い終わると受け取った大きな袋を抱え、ネムは女子トイレへと消えた。


 ――完璧に演じてみせるわよ!


 バタンと音を立てて女子トイレの扉が閉まる。

 ドタバタと近づく足音。


 五……………………

 四………………

 三…………

 二……

 一。


 『『ダンっ!!』』


 二つの音が重なった。


「追い詰めたぜ、クソメイド!」

 

 一つはサルザがつき当たりを曲がり足を止めた音。

 そしてもう一つは……。


「…………行くわよ。」


 ネイビーブルーのウエストから裾に向かって緩やかに広がった上品なドレスを身に纏った女がトイレの扉を開けた音。


 キャペリン、通称女優帽と呼ばれるツバの大きい帽子で顔を隠した女は黒いヒールを履きこなす。出立ち、溢れる自信その全てが貴族の令嬢だと思わせる。だから声をかけられたはずのロカですら、気付かなかった。


「なにしてるの、ロカ。」


 その女がさっきまでメイド服に身を包んでいたネムだという事に。


「早く来なさい。」


 こんなに高さのあるヒールはこの身体では初めてだ。

 裾の長いこのドレス、着れたけど腰幅も胸元もサイズが合っていない。違いが分かる人ならすぐ気がつくハリボテ感。


 設定はどうしようか……。

 出来栄えは最悪。

 こんな姿を晒すなんて、女優失格。


 ――ああ……、イライラする。


 執事姿のロカは手ぶらで丸腰。

 わたしもショルダーポーチひとつ持たない。

 

 銀行に来ているのに?

 令嬢なのに?


 ――金が底をついた。遊べる金が欲しい。


 父様の名前を出せば融資を受けれると思ったのに。

 受付のあのクソ女、門前払いしやがった。


 ――クソッ! イライラする。


 自分のドレスは全部質屋にいれちゃった。出来の良い姉様のドレスを奪って来てやったが、私には全然似合わない。おまけに私付きの執事は使えない。


 ――クソクソクソッ! 気分の上がる(ヤツ)が欲しい。


「欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい。」


 親指の爪を噛むたびにカチカチと音がなる。

 困惑するロカなんて目もくれず、歩き出す。


「おい、止まれ。」


 正面には汗まみれの知らない男が立っていた。視線から私に声をかけてきたみたいだけど、質の悪いスーツに身を包んでいる男に興味はない。


「止まって欲しいなら金だしな。」


 でも、薬代くれるなら付き合ってあげてもいい。


「で、どうするの。金、出すの?」

「てめぇにくれてやる金はねぇな。」

「あっそ、じゃあ止まらない。」


 男の横を通り過ぎようとした時、怒号と共に腕に痛みが走った。男に右腕を強く掴まれたんだ。


「痛い、離しなさい。」

「少し話を聞きたいだけだ。そう時間は取らせない。」


 ドスの効いた瞳がこちらを向く。

 父様と同じ、ゴミを見るみたいな見下した視線。


「トイレの中にメイドが居たはずだ。なにしたっていい。引っ張り出してこい。出来たら謝礼してやろう。」


 この男は正気じゃない。

 ここは中立区で揉め事は御法度。だからみんな顔を隠して見て見ぬふりをしている。警備員は問題が起こらない限り喋らないし動かない。受付も自分の仕事以外は一切関与しない。


 ――そんな中で私に揉め事を起こせって言うの?

 

 馬鹿にするにも程がある。

 中立区で問題を起こせばウロボロン全体を敵に回す事になるも同義。そしたら今度こそ父様に見捨てられる。


 ――嫌よ。それだけは、嫌っ!!

 

「嫌、いやいやいやいやいや……」


 ――見捨てられたら私、どうやって生きてけばいいの?


 姉様みたいに頭も良くない。

 父様の役に立てない。

 一族の恥晒しと蔑まれて。

 でも、それでも私だって頑張ってるの……。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 ――ねぇ、誰か、誰でもいいから私を見て。

 

 親指の爪はボロボロで、それでも噛まずに居られない。勝手にこぼれ落ちる涙は止めどなく床を汚す。

 

「てめぇ、薬中(ヤクチュウ)か。使えねぇ。」

「私は役に立てるわ、父様の期待に応えたいだけなの!」


 ――お願い、私を見捨てないで!

 

「目がイってるじゃねぇか。そんなに役に立ちたいならメイド、連れてこい。」


 父様と同じ瞳。

 私になにも期待していない、冷たい瞳。

 

「無理よ……。多分もう銀行内にいないわ。」

「はぁ!? どう言う事だ!?」

「天井の換気ダクトに男がいて、そのままダクトを通って何処かに行ってしまったもの。」

「ネズミ野郎もいたのか、クソがっ!!」


 その場に崩れ落ち、走り去っていく男の背を見守る。


 ――やっぱり私は、誰からも必要とされないのね。

 

 薬に頼るしかなかった哀れな令嬢はそっと帽子を取り、胸に当てると、両手でその帽子をグシャっと潰した。


「アハハハ、アハハハハハハッ!」


 ――マフィア相手に演じ切った……。


 銀行内に充満するほどの笑い声は気味悪く、客は関わらぬよう、より一層深く帽子を被り、警備員は警戒を強めた。しかし令嬢とその執事はそんなこと、気にも止めない。


 ――私はネム。自由気ままな詐欺師のネムよ!


「ロカ、もう喋っていいよ。」

「お前すげぇー、全然誰か分からんかった!」

「当たり前でしょ。私を誰だと思ってんの。」

「ネム、ネム様!!」


 いつしか元に戻ったネムとロカ。

 二人は床に座って大笑い。


「私、一つ思い出したの。」

「なんだぁ?」

「私が芝居をしてた理由。」


 前世では、死にたいと思っても芝居を辞めたいとは思ってなかった。


 ――ああ……、そうだ。そうだった。


「私の視線や指先、感情一つで見てる奴らの感情ぐちゃぐちゃにして弄んでやるのがさぁー。」


 ――どうして忘れていたんだろう……。


 ロカに見せる笑みは毒花のよう。身の毛がよだつ美しさと狂気を孕んだ表情は、このウロボロンでこそ相応しい。

 

「だぁいすきだったんだぁー。」


 開花させてはいけない才能が、花開く。


「…………お前、狂ってるぜ。」


 引き出したのは、きっかけを作ったのはロカだ。

 彼はのちに、手を出した華は、花に擬態し大輪の薔薇の上を嘲笑って優雅に飛ぶ蝶だとを知る。


「あんたも大概じゃない。」

 

 彼女もまた知る事になるだろう。

 襲ってきたのが狼ではなく、底知れない化け物だった事を。


「とりあえず、ここを出ましょ。」

「ああ。えっと……、」


 先に立ち上がったロカが一瞬なにか考えこんで、手をこちらに差し出した。


「お手をどうぞ。お嬢様?」


 見よう見まねのぎこちない振る舞い。でも精一杯の丁寧がこもった指先で。ちょこんと乗せて触れ合った手と手とが熱く、くすぐったくて視線は合わせられなかった。


「まぁ、及第点ね。」

「きゅーだいてんってなに?」

「…………早く行きましょ。」

「うス。」


 二人は小気味良く踵を鳴らしながら銀行を後にした。

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