08 予想外、最悪、ピンチ!
「くそ……、どけっ!」
ロカが四肢全部を使って地面を蹴る。その勢いは凄く、急に浮き上がった身体をロカが上手く受け止め、また背負われる。背に乗ってきた何者かは離れ、猫みたくしなやかに地面に着地していた。
そこには一人の男。
いや、二人?
男の首に腕が二本絡まっていた。
「チャチャ、チッチ! てめぇらいっつも俺の背に乗って来やがって。やめろって言ってるだろぉが!」
ロカの知り合い?
だとすれば彼らも相当腕が立つのだろう。現に、耳が良いロカですら全く反応出来ていなかったぐらいだ。
「やだね。お前に飛び乗るのが趣味だかんな。」
声は女だ。もっと言うと甲高い少女の声。
でも目の前にいるのはロカと同じくらいの青年で、彼は優しそうな笑みを浮べているだけで一切口を開いていない。となれば……。
「くそチッチ。」
「くそって言った方がくそなんだぜ。くそシロアカ。」
男の後ろからひょこっと顔を出した一人の少女。
茶色の髪を愛らしくツインテールに。そばかすが印象的な総合して可愛い女の子なのだが、目玉が飛び出しそうなぐらい見開き、舌を出してロカを挑発してくる。
男と少女、二人は同じ焦茶色の髪と琥珀色の瞳をしている。顔立ちもよく見ると似ていることから兄妹なのだろうと予測出来た。
「それよりシロアカ。お前、やってくれたな。」
「はぁ? なにが。」
威嚇剥き出しのロカを前に怯みもしない少女はやはり只者ではない。しかし今は二人に構っている暇はないのだ。
「ねぇ。私達急いでるの。話なら後にしてくんない。」
ネムが話に割って入った。
「あんた、誰?」
「子供に関係ないでしょ。」
チッチと呼ばれていた少女とネムがそれぞれ男に背負われ、安全が確保されたところから睨み合う。どちらも男の首に回した腕にギュッと力を入れた。
――こいつ、同類だ。
女の勘は鋭いもので少ない会話、相手の雰囲気でなんとなく分かってしまう事がある。まさに今がそう。互いが互いに警戒して話さない。そんな空気を切り裂くのはいつだってバカで鈍感な男。
「ネムは俺の飼い主だ!」
「なんであんたが答えるのよ。」
ポカポカ頭を叩くも意味はなく、ロカのなぜか偉そうにドヤ顔を決めた。
プツンと緊張の糸が切れ、ため息が溢れる。
「ねぇ、本当なの?」
チッチの問いに「一応ね」と答えるとチャチャと呼ばれた無言男と二人、頷いた。
「良いぜ。先に要件済ませてきな。待っててやる。ただし、あたいらはずっと影から見てる。逃げられるなんて思うなよ。」
そう言うと二人は本当に影に溶けるようにあっという間に消えた。
彼らが何者なのか、ロカとどんな関係があるのか、チッチが言っていたロカの「やらかし」がなんなのか。色々と気になる事は多い。そもそもロカが何者なのかとか、知らないことが多すぎる。でも今はそれを気にしてはいられない。
「二人の話はあとで。今は急いで銀行に向かって。」
「なぁ、ネム。どうしてそんな急いでるんだぁ?」
――…………どうしてだ、と?
この男、バカにも程がある。
今は本当に時間がないと言うのに。
「サルザが嘘に気づく前に銀行行って金盗む為に決まってんでしょーがっ!! このバカ犬!!!」
ネムの叫び声に相当びっくりしたのか小さく「うス」と頷くと鉄砲玉みたいな勢いで走り始めた。
「まずニーダ邸の北に集合住宅地区なんてない。」
「はぁ!?」
「あるわけないじゃない。あんな高台の辺鄙なとこに。」
「マジ、か……。」
「それも分かってなかったの。そもそもニーダ邸にあんな沢山の人を崩れ込ませたの、あんたじゃない。」
「俺がっ!? 俺ぁ違うぞ!!」
混乱するロカが脚を止めようとしたのをネムは許さず、もっと急げとせかす。
「とにかく急いで。小切手がないのも、ニーダがもう死んでるのも今頃バレてる。」
「やべぇーじゃんかぁ。」
「だ、か、ら、急げっていってんでしょうがっ!!!」
「うス。」
ギャンブル街に入ると正面に大きな建物が見えてきた。石造りの建物で全ての窓に鉄格子が嵌められていた。
建物の周りを大きな塀で囲み入り口にはがたいの良い男が二人。彼らは銀行のガードマンだろう。
「ここで降ろして。」
ガードマンに気づかれないところでロカに引っ付いていた腕を解きバタバタさせる。
「このまま突っ込めばいーじゃんかぁ。」
「降ろして。」
「……うス。」
ぴょんと降りたネムはロカに服の入った大きな袋を持つように渡した。
「ここからは絶対に喋らないで。」
「えぇー。」
「喋らない。キョロキョロしない。殺さない。」
「俺が出来ることなんもない!」
「そう。私の後を着いてくるだけ。」
「…………はぁーい。」
不服そうなロカを尻目に歩き出す。
銀行はこの都市唯一、武器の持ち込みが禁止されており暴力行為の全てがタブーとなっている完全中立区。
ガードマンに武器を渡すのを渋るロカを睨みながら厳重なボディーチェックを受け、ようやく中へ入ることを許される場所だ。
「見かけない顔だな。」
中に入りたいとガードマンに声を掛けると怪しい二人は案の定止められた。
銀行に金を預けるほどの稼ぎがある人間がこのウロボロンにどれだけいるか。考えるまでもなく、ここを訪れるのは富裕層だけ。なのに来たのはメイドと執事。疑われて当然だった。
「サルザ様の命令でやって来ました。」
ネムは二人のガードマンにまるで貴族の様なカーテシーを披露した。それはもう見惚れるぐらい美しい出来映えだ。
――どれだけ時代劇演じてきたと思ってるのよ。
「サルザ様は抗争に勝利してまだ日が短く時間がない為、私どもが代わりにやって来た次第です。」
――落ちた貴族、売られた娘ぐらいに思えるでしょ。
ガードマンから目を逸らし、目頭を熱くさせる。
涙で潤んだ瞳は恥も外聞も捨て、必死に今の現実を受け止めようとする健気な没落貴族の娘。
「な、なるほど……。では後ろの執事の方も?」
「ええ。彼は元々サルザ様の右腕の……。」
ロカの方を向き目が合った瞬間、逸らす。
今のロカなら黙っているだけでサルザのよこした見張りに見えるだろう。
執事の服に身を包むロカは容姿がよく、美しいがどこか近づいてはいけない雰囲気を放っている。無言を通しているところが余計にただの執事ではないと思わせた。
こういうのは言葉より行動の方が伝わりやすいとネムは知っている。
「あらぬ疑いを失礼しました。ではボディーチェックをしてから中へお進み下さい。」
――よしっ!
背中に隠した右腕がガッツポーズをしていたのをロカだけが不思議そうに眺めていた。
「ボディーチェック、お願いします。」
両腕を広げたネムは一切武器を持っていなかったのもあり、すぐに塀の中へ。ただ、ロカからは出るわ出るわ武器の山。
服の中から短剣、靴の裏からカミソリの刃、更に髪ゴムと一緒に括り付けられた毒針まで。その他にも至る所からニーダ邸で盗んだだろう武器になり得る物がどんどん出て来た。
――いつの間に裁縫糸まで盗んでたの、こいつ。
流石に苛立ちが笑顔で隠せなくなって来た頃ようやくボディーチェックが終わり中へ入るのを許された。
――ギャンブル街の奥、騒がしくなって来てる。
「急ぐわよ。」
笑っているが目の奥が凍えているネムに、開きかけた口を咄嗟に両手で押さえたロカが頷く。
銀行は中世で止まったような古い外見で、内側も裏切らず古臭い。建物の中心が吹き抜けになっていて、天井には傷一つない大きなシャンデリアが釣られていた。
乱闘が起きないからこそ、ずっと変わらずいられたという証明でもある。ただ、一定間隔に銃を持った男が並んでいて常に目を光らせていた。
「キョロキョロしない。」
「でもよぉ……」
「喋らない。」
「…………ス」
丸腰が気に入らないのか、そわそわするロカを宥め二階の窓口へと急いた。
銀行内は人はあまりいない。いるのは高そうなドレスやスーツに身を包んだ上澄みの金持ちども。その誰もが顔を晒すのを防ぐために大きな帽子を被っており、辺りは閑散とした雰囲気が蔓延していた為、直ぐに受付に通してもらう事が出来た。
「ご用件は。」
受付カウンターでは鉄格子越しに無愛想な女がネムとロカを上から下までじっくりと見定めて口を開いた。
「小切手の変換を。」
鉄格子の下ある拳一個分の小窓へ小切手を差し出す。
「拝見します。…………少々お待ちを。」
小切手を確認した女が金を準備すると席を立った。
――ここまでこればもう安心ね……。
ホッとため息を漏らすネムの肩が後ろから思いっきり叩かれた。振り返ると目見開いたロカが。
「…………なに?」
「うーー、うーーー!!」
――いや、分からん。喋れよ。
ああ、喋るなと言ったのは私か……。なんて考えているとロカは更に慌ててある方向を指差した。
「………………嘘でしょ、やばいやつじゃんか。」
吹き抜けから見える一階の入り口付近には息を切らしたサルザの姿。職員になにやら怒鳴りかけている。
「お待たせしました。金の準備出来ました。確認を。」
焦る二人の前に札束を持って女が戻って来た。
目の前に積まれた札束。耳から伝わる怒鳴り声。
「百万セリルの束が十五個あります。合計千五百万セリルです。百万セリルごと確認します。」
サルザの相手をしていた職員が二階を指差す。
「だ、大丈夫です。」
「ですが、銀行としても信用第一ですから。」
サルザが階段の方へ走っていく。
「本当に、大丈夫です。信用してます!」
人の少ない室内にダッダッと階段を駆け上がる音が響く。
「はぁ、分かりました。でも、銀行を出てから金の合計が合ってなかったと文句言われても相手しませんからね。」
「そんな真似しませんよ。ロカ、袋の口開いて。」
ネムは引き攣った笑顔を受付の女に向け、服が入った袋の中へ千五百セリルを詰め込んでいく。その間にもどんどん近づく足音。
「やばいやばいやばい。落ち着け、間に合う。大丈夫。」
「本当に大丈夫なのか!?」
「知らないわよ。」
十五個の札束を袋に詰め終わった。
足音から階段を登り終えるまであと数秒。
額から流れる汗。
ここじゃ助けは来ない。
そもそも助けを呼べる間柄の人もいない。
「どうしよう。どうすべき……。」
「ネム。次はどうすんだ!?」
パッと顔を上げたネムが受付の女の方を見つめる。
「あの、お手洗いは?」
【お願いします!】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただけると幸いです。
皆様のブックマークと評価が日々のモチベーションと今後の更新の励みになります(〃ω〃)
ぜひ、よろしくお願いいたします!!