07 羽根は二つ必要
「短剣振り上げてどういう了見だ?」
その動きは刹那。
ロカは短剣を持ったネムの手首を一瞬で掴み、睨む。
「ロカ、どうする?」
「…………なにが。」
外からは騒音がどんどん近づいてくる。
「ここで私を信じるなら正式に飼ってあげる。でも、出来ないならあんたは要らない。」
「…………。」
「短命でいいから自由に生きることに私、命賭けてるの。」
「だったら外の奴らありったけ殺してから死ね。」
「嫌よ。」
未だ二人は硬直したまま睨み合う。
「こうなったのはあんたのせいよ、ロカ。」
「はぁ?」
「私、あんたに人生狂わされた。」
ロカが現れなかったら前世を思い出したりしなかった。
エキストラの針子として人生を終えられたはず。
「だからどうした。」
楽しくはないだろうが平凡な人生だったはず。
地べたを這いずり回って、死の隣でビクビク怯えながら過ごす日々。それがここでの平凡。
――あまりにも不満が多すぎて。
飛び方さえ、分からなかった。
それがたったの数時間で壊された。
あまりにも一瞬だった。
「不公平じゃない。」
色のない視界が急にビビットに変貌した。
血湧き肉躍る強烈な世界。
――唯一の飛び方は、一人じゃダメだ。
こんな世界に放り込んだのはロカでしょ。
だったら見てるだけなんて許さない。
殺し殺されるだけなんてふざけんな。
――私と一緒のところまで堕ちてこい!
「アンタの人生、私がめちゃくちゃにしてあげる。」
ネムは狂喜した。
その顔はあまりにも誘惑的で挑発する瞳は悪魔的。
半狂乱一本手前で頬は紅く色付き、バラを押しつぶしたような唇から漏れる吐息は覚醒剤並みに人を狂わす。
誰にも今の彼女を止められない。
誰も彼女からは逃れられない。
「バリバリに股間にきたぜ……。」
ロカだって例外ではない。
吸ってしまった吐息は熱を持ち、体を蝕んでいく。伝染するのにそう時間は掛からない。
「こんな良い女を前に勃たない男はいねぇよ!」
ロカは掴んでいたネムの手首を自身の胸元まで下ろす。刃先はネクタイを貫通しているが本人は気にも留めない。興奮は痛みを掻き消していく。
「良いぜ、信じる。俺の人生めちゃくちゃにしてくれ!」
「良い子。よく出来ました。」
熱を持った二人の手は重なり握られた短剣は勢いを得て、地面を刺した。
「私は少し準備する。その間に短剣有りったけ探して!」
「あいよ!」
同時に走り出した二人は血祭り後のエントランスを駆け回る。壁には弾痕と短剣が多く突き刺さり、床は血溜まりと亡骸が群れを成して散らばっている。
拳銃は高価だ。短剣を護身用に持ってる人間は多い。特に女性はそれが顕著だ。針子が多くいたニーダの屋敷にはあちこちに短剣が落ちている。
「何本いる?」
「最低二十本は欲しいわ。」
「よゆーだな。」
外からは地鳴りが、どんどん近づいてくる。
扉が壊されるのはもう間も無く。
「よし、できた。短剣もこれだけあれば大丈夫。」
「で、次はどーする。」
短剣をあちこちに装備したネムが叫ぶ。
「おんぶして。」
「お、おう。」
走り込んで勢いよくジャンプしたネムをロカが軽々と背負った。この時点で地鳴りはかなり酷いものとなっており、揺れは地震に近かった。それだけの人数がこの屋敷に向かって来ているのだ。
「よし、扉を壊して走って飛んで!」
「分かっ…………はぁっ!?」
「早く!」
「どーやって!?」
もう大声を出さないと聞き取れないほど、辺りは音で満ちていた。
「扉を支えてる金具は私が短剣で壊す。あんたはその並外れた運動神経存分に使って扉を助走台にして飛んで!」
早く走れとネムはロカの頭を叩く。
「分からねぇが分かった。どうなっても知らないからな!」
「上等! 走れ!!」
合図と同時にロカが走り出した。
両手に短剣を握ったネムは集中する。
――狙うは一点。………………行け!!
投げられた短剣は見事に扉を固定する金具を突き刺して壊した。ただ立っている板と化した扉はロカが脚を掛けるとすぐに外へと傾き始めた。
「走って!」
「うりゃーーーーー!!」
ダンダンダンッ!
走る。外が見えた。人。人人人人。
「飛んで!」
「飛ん、だァァアーーーー!!!」
胸が浮く。
目が、拳銃が、腕が、こちらを向く。
ここは周りにはなにもない高台だ。
屋敷までは一本道でその両脇ある擁壁に辺りを照らすネオンサインが固定されていた。
ネムはそのネオンサインを短剣で次々と射抜き、壊す。そのおかげで辺りはどんどん明かりを失っていく。
「道じゃない壁の方に着地して!」
「どこだ。見えねぇ!」
「短剣が刺さった音を聴いて。」
ネムの投げる短剣は空気を斬る音がした。
「もっと左だな。」
ロカが犬並みの聴覚でその位置を察知し、数ミリのズレもなく短剣の柄頭に着地するとまた、飛ぶ。
「アハハは!」
「ヒューーーッ!!」
高台からの下り坂と明かりを失った暗がりはネム達の味方だ。
「風、超サイコー!」
「俺やべぇー。俺天才。俺やべぇ!!」
二人は年相応に、無邪気に、陽気に。
背中には確かに生えた片翼ずつの羽根を目一杯に動かして自由へ飛ぶ。
短剣が底を尽きる頃、混乱する人間の波を背に二人はいとも簡単に闇へ溶けて消えた。
⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎
「さて、この都市で安全が最も確保されてる場所に向かいましょ。」
所狭しと立ち並ぶ建築物の間を縫うように、黒い二人はネオンサイン煌めく都市を走っていた。
「どこでもいいがそろそろ降りてくんね?」
「ロカが走った方が速いからいーじゃない。」
都市には怒号、銃声、喘ぎ声が鳴り響く。縦に伸びた建築物の窓からは吐瀉物、汚物が降ってくる。これがいつもと変わりない風景。
「重い。疲れた。」
「レディーに向かって重いって失礼なやつ。絶対降りないから!」
そう言うとネムはぎゅっとロカの背に引っ付いた。
だって行く道は銃弾や短剣があちこちから飛んでくるし、金になりそうな物を探す悪い輩が彷徨いている。
ロカは平然とそれらを避けて走っていくが、そんなこと出来る訳ない。彼から離れた時点で死に片足を突っ込むのと同じ。
「ぜっっっったいに離れない。というか私ご主人様よ。背負うぐらい当たり前じゃない。」
こんな会話をしている最中にも隣を歩いていた男が流れ弾で頭をやられた。さっきまで居た場所は吐瀉物の水溜まりになっている。
「いいや違うね。ご主人なら普通、前を歩くもんだろ。」
「ご主人ルールは私が決めるの。」
目が合ったあの少年は多分拉致された。
転がった死体から金目を物を物色していた女は、後ろから来た男になにか飲まされた。あれは薬物だろう。
「降りろ。」
「いや!!」
こんな場所で死ぬなんて絶対にいや!
ネムは腕の力を更にギュッと強めてロカにしがみつく。
「はぁー。せめてそのデケェ袋捨てろ。」
視線はネムの持つ大きな袋。これはランドリールームでネムが大量の服を詰め込んで大きく膨らんで邪魔極まりない物だ。
「いやよ、バカ。急いでるんだから!」
「急いでるってどこ行くんだよ。」
引っ付いたネムを振り落とそうと必死だったロカが脚を止めてハテナを頭に浮かべると「急いでるんだから走って」と浮かんだハテナごとネムが頭を叩いた。
「銀行に行くの。」
「なんで?」
「なんでって、決まってるじゃない。」
銀行はここから奴隷街とギャンブル街を抜けた先にある。歩くと三十分ほどの距離。そう遠くはないが行く理由もないはず。
「サルザからもらったこの小切手を換金しに行くの。」
引っ付いていたネムの左手に一枚の紙が握られていた。
それは紛れもなく、あの客間でサルザが書いた小切手だった。
「お前、いつの間に!?」
「私、天才なの。」
「すげぇー。ネムすげぇ!」
「もっと褒め称えて敬って。そして銀行に急いで。」
「うス!!」
やる気になったロカがスピードを上げたその時だった。
急に重くなった。背中になにかが落ちてきたんだ。
「その話、あたいらに詳しく聞かせてくれない?」
気づいたら地面の土がすぐ近くにあった。
下からはロカの呻き声。
耳元で声がして、首筋に銃口が当てられていた。
【お願いします!】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただけると幸いです。
皆様のブックマークと評価が日々のモチベーションと今後の更新の励みになります(〃ω〃)
ぜひ、よろしくお願いいたします!!