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06 逃げろ、逃げろ、飛べ! 

「一体どういう事だ! 説明しろ!」


 サルザが吠える。


「わ、分かりません。ただ、押し寄せる人の中に交渉予定のファミリーに似た連中もいるようで。みんな凄い形相でこちらに向かって来ています。」


 困惑する部下とサルザ。

 ネムはせっせと染み抜きに勤しむ。


「なにがどうなっている。数は?」


 そう時間が経っていなかったのが幸い。

 スーツに付いた血の後は簡単に落とす事が出来た。

 

「把握できるだけでも五十人以上です。」


 後は乾かすだけ。

 

「はぁ!?」

「襲撃されればひとたまりもありません!」

 

 だが、面倒だな。

 もうこれで良いか。

 

「もうすぐそこまで来てます!」

「とにかく、逃げるぞ。」


 焦る部下は拳銃を構え、サルザはテーブルに置いていた荷物を素早くしまい立ち上がると客間の扉へ走った。

 

「お待ちください。」


 染み抜きを済ませた背広は半分が濡れたまま。それをサルザに近づき無理矢理渡す。


「裏口をお使い下さい。敵は私がなんとか致します。」

「お前一人でなにが出来る? 一緒にこい!」


 サルザが腕を掴み力強く引っ張るもネムはびくともしない。それどころか掴まれた手を払いのけ距離を取る。


「一人ではありません。」


 パンパンと手を叩くとロカが天井から降り、現れた。


「二人です。他のネズミは既にニーダ様の元に向かっているでしょう。私達はこの屋敷を守る義務があります。」


 ネムが背中のホルダーから短剣を取り出すとロカもそれを真似て短剣を手に臨戦体制に入る。


「ニーダ様はここより北にある集合住宅地区666号室におられます。そちらへお急ぎ下さい。」


 此処よりかは幾分か安全だと伝えるとサルザは半分濡れたままの背広に腕を通した。


「しんがりも仕事と言うことか。」

「はい。」

「たいした忠義だな。なぜそこまでする?」


 客間の扉に手を掛けるサルザがこちらを振り向き、真剣な面持ちで問いかける。


 ――なぜかって? そんなもの決まっている。


「自由のため。」


 そこに嘘偽りはなく、心から願う理由を口にした時、初めて屈託なく笑えた気がした。


「てめぇ、良い女だな。」

「知ってます。」


 釣られて笑うサルザもいい表情をしていた。


「ご武運を。」

「てめぇもな。」

 

 一呼吸置いて、二人は客間から飛び出し別々の道を走り出した。


 サルザと部下は裏口へ。

 ネムとロカは屋敷の正面入り口へ。


 と、見せかけてネムは脚を止めた。

 

「ネム、どーしたぁー? 皆殺しに行くんだろ?」

 

 楽しそうに短剣で人を斬る真似ごとをして見せるロカを背に、ネムは天を見上げた。


「フフ、アハハハは!」


 心臓は熱くうるさく跳ねているのに、頭は冷えているこの感覚。生きている実感。


「早く皆殺しいこーよぉー。」


 細胞が歓喜している。

 周り巡る血液が熱い。

 大丈夫、私ならやれる。

 

「無理よ……。」


 ネムは右の瞳から一筋の涙を溢した。


「俺が負けるって言いてーのか?」


 ロカは自分の能力を否定されて苛立ち、ネムに短剣を向けた。が、もうその脅しに屈する女はいない。

 

「じゃあ聞くけど、五十人超える荒くれども相手にたった一人で勝てるの?」


「聞こえるでしょ」と耳を澄ますように催促するとロカは瞳を閉じて集中すると、それ以降なにも喋らなくなってしまった。

 

「いいえ、今頃は百人を超えた人数がこちらに向かって来てるかも。」


 握っていた短剣も首を垂れるように力無くネムから離れていく。だが、瞳に宿る刃だけはネムを捉えて離さない。


「全部殺せなくても俺ぁ、一匹でも多く噛み付いて死んでやる。」


 瞳は強烈な赤を纏っていた。


「きっかけも巻き込んだのもお前だ。ネム。だったら最後までしっかり面倒みてくれんだよなぁ?」


 舌を出して笑い、見える八重歯は犬歯みたく鋭い。間違いなく噛み殺せる形をしていた。

 

 この男は死を恐れていない。

 むしろ楽しんでいる。

 完全に狂ってる。


 そんな男が言う、お前も一緒に死ねと。


「良いじゃない。やってやるわ。」

「うちの飼い主様はやっぱサイコーだ!」

「当たり前じゃない。」

 

 笑い合う二人はもうとっくに狂っている。

 だってここはネオンサイン輝く地下隔離犯罪都市ウロボロンだ。狂っている奴が正常なのだから。

 

「ねぇ、こっち来て。準備しないと。」


 ネムは意気揚々とロカの腕を掴んで走りだした。訳のわからないロカはされるがまま。ネムは鼻歌を歌い始める。


「せっかくだから残りの時間で少し遊びましょ。」


 屋敷の中を右に左に曲がり、幾つかの部屋を通り過ぎて着いたのはランドリールーム。ネムはなんの躊躇もなく中へ入った。


 中は使用人用制服とオーダーメイドの洋服でごった返していて、ネムはその服の海を泳ぎ、手際よくお目当ての物を探し出す。

 

「じゃあ、ロカ。全部脱いで。」


 この服に着替えてと渡したのは使用人用の制服だ。

 ピクッと跳ねて、それから頬を赤く染めたロカ。

 なぜかもじもじと無言を通すロカに「早く着替えて」再度催促する。

 

「…………やだ。ネムのエッチ。」


 そういう言葉は知っているのか。

 クネクネと身体を捻る姿に腹が立つ。


「あんたの裸に興味ないから。早く着替えてよ。」

「やだ!」

「なんでよ。」

「…………だって、恥ずかしい。」


 この男に羞恥心があったなんて意外だ。

 でも今は時間がない。


「そんな羞恥心さっさと捨てろ!」

「しゅーちちんってなに?」


 ――これは知らないのかー。

 ――ああ、もう! 面倒くさい!


 嫌気がさしたネムは自分の着ていたメイド服のスカート部分を掴むと思いっきり上にあげた。


「ね、ネム!! な、ななな。ハレンチ!!」


 そう。ネムが服を脱ぎ捨てたのだ。

 露わになる生脚、腕、腰。

 日の当たらない生活が産んだ陶器の様に美しい肌。

 咄嗟に両手で顔を覆うロカだが、目の部分をしっかり開いていた。


「これでおあいこでしょ。言い合ってる余裕ないの。」

「なんでもいいから早くなにか着ろ!」

 

 全然隠れていない両目がしっかりこちらに向けてよく言えたな。

 ネムは一つため息を吐くと、新しい黒のメイド服に着替えロカに汚物を見るような視線を向けた。


「ロカ。あなたの格好、あまりにも……。」

「なんだよぉー。そんなに悪い格好してないだろ?」


 ロカが両手を広げてアピールするがそれは逆効果。


 血が着いた土埃色のくたびれたパーカー。

 穴が空きまくった黄土色の六分丈ズボン。

 返り血なのかシミなのか分からないマダラ模様のモッズコート。

 

 まさに、ネズミ。


「ハッキリ言って、マジダサい。」

「…………。」

「早く着替えて。」

「………………うス。」

 

 完敗したロカは素直に着替えを始めた。

 その間にもネムはあちこちに散らばった洋服達を大きな袋に詰め込んでいく。


「なぁー、ネムー。この服きゅーくつー。」


 使用人用の服は女性物はメイド服だが、男性物は職場によって様々ある。これはニーダのこだわりなのだろう。

 ネムが手渡したのは男性執事の物だった。黒いタキシードに黒いネクタイ。それから手袋。


「はぁー。こっち来て、やってあげるから。」

「うーん……。」


 ワイシャツに腕を通しただけで拒否反応を示すロカに無理矢理ボタンを止めてネクタイを締める。なんというか――。


「孫にも衣装ね。」


 その端正な顔とすらっと伸びる脚は執事の服を上手く着こなしていた。


「この服やー。脱ぎたい。脱ぐ。暑い。」


 後は頭が追いつけば完璧なのだが。

 残念でしかたない。


「よし、準備できた。エントランスに急ぐわよ。」

「すぐに死ぬなよ、ご主人。」

「違う。」


 ネムは首を振る。


「はぁ? なにが?」


 ロカの問いにネムはニィっと笑った。

 子供がいたずらをするかのように、無邪気に。


「私、思いついたのよ。」


 未だネクタイが気に入らないロカの腕を引っ張りエントランスへ移動したネムは死体の山の近くへ。

 外からは拳銃の乱射音、罵詈雑言。いろんな音がどんどん近づいてくるのが分かる。


「殺さず殺されず生き残る方法。」


 死体の山を背に立つようロカに指示すると、ネムは両手を背中に隠してゆっくりと彼に近づいた。


「ねぇ、ロカ。」

「なんだ?」

 

 二人の距離はどんどん近づく。


「あんた、私に飼われてるのよね。」

「ああ。もう俺ぁロカだし返品だめ。」

 

 ネムの脚はゆっくりと、確実にロカへと向かう。

 人間三人分、腕一本分、短剣一本分。


「ペットは飼い主を信じるわよね。」

「……時と場合による。」

 

 吐息が触れる。唇が触れ合うまで、もう間もなく。


「私を信じるならここから飛べ。」


 そう言うとネムは背中に隠していた短剣をロカに向かって振り上げた。

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