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05 嘘八百なんでもあり

 ニーダ・クランツ。

 彼は完全オーダーメイドの仕立て屋だった。


 腕の良さはウロボロンでも評判高く、富裕層はこぞって彼の服を買うために大金を払った。その人気は向こう十年予約で埋め尽くすほど。


 使用人兼お針子も多く雇い、順風満帆な彼の人生は新たなマフィンのとんでもない提案で大きく揺らぎ、悲劇的にも殺し屋の馬鹿げた理由で殺された。


「さて、平和的な話し合いを始めよう。」


 そんな彼の死後、始まる交渉。

 客間の中央に置かれたテーブルを挟んで向かいあって座る。天井には大きな穴が空いており、ネムは目を凝らすもそこにはなにもいない。


 緊迫の中、ネムはたった一人、一本の短剣を携えこの場に臨む。それでも心は軽い。


「改めまして、ニーダ様の代わりを務めます。ネムです。よろしくお願い致します。」


 だって言うまでもなく嘘八百。

 なんでもありなのだから。

 ルールは簡単。ニーダの死を悟られない事。


 こんな簡単で分かりやすい舞台もそうはない。


「俺は忙しい身の上だ。端的に行こう。てめぇはニーダの居場所を俺に教える代わりになにが欲しい。金か?」


 三本目の葉巻きから煙を吐くサルザは胸ポケットから小切手を取り出した。


「前金で二百セリル出す。更にニーダを見つけたら三百セリル出す。これでどうだ。」


 五百セリル。

 ネムの一ヶ月の給与が五十セリルと考えると即交渉成立と手を結んでも良さそうだが、ネムは首を横に振った。


「いいえ。ニーダ様の居場所は交渉に入りません。」

「どう言うことだ?」


 サルザの眉がピクリと動く。

 

「ヒューズファミリー百名様分、フルオーダーメイドスーツの仕立て。五千万セリルでお受けします。」


 ――さぁ、どう出る?


 考えれば考えるほどにおかしいのだ。

 予約が十年先まで埋まっているニーダ邸宅にサルザが押しかけたのが一週間前。


 なにか話し込んでいたのは知っているが、執事に聞いても教えてもらえなかった。

 

 オーダーメイドスーツは完成までに一カ月程度時間がかかる。上乗せ金で最速仕上げにしても二週間は確実に時間を要する。


 なのにたったの一週間で再度訪問する理由は?

 抗争で勝利したばかりマフィンのボスがわざわざ自分から足を運んで来る理由はなんだ?


 ――答えはとんでもなく簡単じゃない。


 少し考えればすぐに分かる話なのだ。

 今日、ニーダ邸宅に訪問者の予定は本来なかった。それなのに、サルバは部下を引き連れてやって来た。


「今日の訪問はニーダ様を襲撃し針子を拉致、監禁するつもりだったのですよね?」


 サルザ達ヒューズファミリーの着ている服はお世辞にもセンスが良いとは言えない。サルザのみがスーツで、その他は穴あき上等の着古した服ばかり。これではそこらの不良グループだ。いや、だったのだ。

 

 サルザがまとめ上げてマフィアを名乗っているが、新しく出来たばかりのマフィアなんぞに屈する優しい場所はここにはない。


 なにせここはウロボロン。

 犯罪万歳、力が全て。そんな奴らが住まう都市の一端でも自分達の物にしようと言うのだ。手取り早く威厳を出すにはまず見た目から。

 

 もしかしたら近々、大事な会合や取り引きがあるのかもしれない。それでニーダを探しているとしたら、この話に必ず乗ってくるはず。


 サルザは、この交渉という名の嘘に乗るしかないのだ。


「バレてたならしょうがない。ニーダには前に断られちまってよ。ぶっ殺してやらないと気が済まなかったんだ。」

 

 この屋敷は残念ながら今日、どうしたって崩壊する予定だったらしい。それがたった一人の殺し屋か新しいマフィア御一行の手に掛かるかの違い。


 なんとも笑える話だ。

 この都市はつくづく馬鹿げてる。


「だがスーツは欲しい。聞いたところによるとニーダは服のデザインだけで作ってるのは針子だと言う。だったら針子を俺らファミリーの奴隷にしたらいい。その予定で尋ねたらこのザマだ。」


 馬鹿げているが、先に来たのがロカで良かった。

 まさに不幸中の幸い。でなければ恐らく前世を思い出す間もなく、今頃は奴隷になっていたに違いない。


「針子は皆殺しました。ここらで良質なスーツを作れるのはもうニーダ様しかいないでしょう。」


 ニーダもとっくに死んでいる。


「ニーダがここまで食えない男とは思わなかったぜ。」

「勘が鋭いお方ですから。」


 今思えば、勘どころか服のデザインも冴えない男だった。唯一の取り柄は仕立てた服に誇りを持っていた事。


 粗悪品を売りつける事が当たり前のこの都市で一級品を作り、維持するのがどれだけ難しい事か。

 

 ニーダの服の人気はここに由来していた。


「さっきの話だが、お前がこっちにつくってのはどうだ。ニーダから貰った金の倍出す。下の世話もするなら三倍出すぜ。」


 ニーダに比べてサルザなんて。

 あからさまな下卑た視線がネムを上下に舐め回す。

 こんな奴は今世でも来世でも地獄を見て貰わないと割に合わない。


「残念ですが、ネズミ達が見てます。」


 天井に空いた穴を見る。なにかが動いた。

 

「ネズミが? それがどうした?」


 このウロボロンにはネズミなんてどこにでもいる。

 病気を持っている可能性が極めて高い為、食用にもできず地上の鳩と同じような扱いを受けていた。なのでサルザにはなにが残念なのかわからず怪訝な表情を浮かべる。


 ネムは突然、両手でパンパンと二度、音を鳴らした。

 

「獰猛なネズミで、すぐにニーダ様に報告するのです。」


 なんの音もしなかった。が、黒い影が天井から落ちた。

 なんと中央のテーブルの上に白い髪をした青年が現れたのだ。


「な、いつの間に!」


 ロカだ。

 登場は完璧。

 

 あとはなにもせず消えてくれればいいのだが、こちらを向いたロカの表情が不安にさせる。


 ――なんだ、その顔は。

 ――なんでそんなやる気満々なのだ、コイツ。


 ロカは反対に座るサルザの方を向いた。


「俺はロ、ネズミ。」


 今ロカって言いそうになったな。

 それ以上喋るな。口を開くな。さっさと出てけ。


 熱い視線を送るもロカは気づかない。


「ずっと見てるからな。」


 サルザを鋭く睨みを利かせるとこちらを振り返るロカ。

 褒めて貰えると思っていたのだろう。ネムに向ける視線はまさに愛すべき馬鹿犬。


 ネムが怖い顔でもう一度手を二回鳴らすと、しゅんと項垂れて何処かへ消えてしまった。


 何処かと言っても実際はジャンプして天井裏に隠れただけなのだが、サルザを牽制するにはちょうど良いだろう。


「本当に食えない男だよ。あれのおかげで俺達が来ることも分かったって事か。」


 なにやら勝手に勘違いをしてくれているようなので訂正もせず、笑って見せた。


「いいぜ。交渉だ。百人分、一千万セリルだす。」


 ――乗ったな、馬鹿が。

 ――いいのか? そんな大金だしてもよ?


「四千五百万セリル。」

「材料費とアトリエはこちらで手配する。二千万。」


 サルザの考えている事は容易に分かる。

 交渉を成立させるだけしてニーダを捕まえたらアトリエに押し込んで死ぬまでスーツを作らせ、金は踏み倒すつもりなのだろう。


「三千五百万セリル。」

「三千万。」


 そうはさせない。

 というか、お前はこの屋敷に踏み込んだ時点で負けてんだよ。


「前金として今、千五百万セリル払って頂けるのなら三千万セリルで手を打ちます。」

「駄目だ。ニーダに会って直接渡す。」

「承知しました。では、この場で小切手に千五百万セリルの金額をお書き下さい。それで交渉成立です。」


 ネムは微笑んだ。

 

「……良いだろう。」


 小切手を取り出したサルザは確かに千五百万セリルを記入して見せつけると自身のスーツの胸ポケットにそれをしまう。


「交渉成立ですね。」

「ああ、そうだな。」


 サルザと後ろの部下が不気味に笑う。

 三人はニーダの居場所さえ分かれば良いのだ。小切手を渡すつもりなんて最初からないのだろう。

 勝利を確信し、ネムを馬鹿な女と見下しているのが見え見えだ。

 

「ニーダ様の元へ案内致します。」


 スッと立ち上がって礼をしたネムだったが、なかなか起き上がらない。


「……その前に、一ついいでしょうか?」

「なんだ?」


 起き上がったネムは少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに口を開いた。


「私の不注意で、その、スーツに返り血が……。」


 先ほどサルザの部下の腕を切り落とした時、サルザのスーツの背広の裾の部分に飛んでしまった返り血を指差す。


「このままではニーダ様に怒られてしまいます。ですので、私に染み抜きをさせて頂けないでしょうか?」

「クハハ、なにかと思えば。お前、そんな愛らしい表情が出来たのか。」


 思わぬ提案にサルザの表情がほころぶ。


「私もニーダ様に使える身。染み抜きぐらい出来ます。」


 お願いしますと年相応に必死に頼んで見せる。

 勝利を確信した男はなんと御し易いものか。

 

「ふむ。それはありがたい。ぜひ頼む。」

「あ、ありがとうございます!」


 ほら、釣れた。


「背広の貴重品はご自身でお持ちになって少しお待ちください。」


 客間の隅には来店した客の採寸や縫い直しがすぐに出来るよう道具が一通り揃っており、中には染み抜き用の物もある。長年この屋敷で使用人兼針子として働いていたネムにとって使いこなすのは容易。


 テーブルの上に葉巻き、ライター、先ほどの小切手が置かれ、サルザが背広を手渡して来たその時。


「ボス、大変です!」


 唐突に客間の扉はサルザの部下によって開かれた。


「何事だ。」


 部下の様子からして只事ではない察したサルザが声を荒げる。


「この屋敷に向かって大量の人が押し寄せています!」

 

 


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