32 オークション無視!?
ギュッと抱きしめられた腕はチャチャより太く、力を入れてもビクともしない。
栄養のある物をしっかりと食べ、鍛えているであろう丈夫な身体をしている。
「てめぇ、離せよっ!」
「その言葉遣いはいただけないな。調教師はなにをしてたんだ?」
黄土色の瞳が真剣にこちらを見ている。
近くなった顔はよく見ると何処となくチャチャに似ている。チャチャがもう少し大人になればこんな顔になるのではと思うぐらいだ。
残念ながら兄はこんなに筋肉質ではないから身体は似ても似つかないだろうが。(本人は凄く気にしてる様なので言わない様にしている。)
「レイドワーフ様、先に行かれては困ります。」
部屋の外から更に二人入ってきた。
おそらくここの支配人と思われる男とネムだ。
二人が来てもチッチは彼の腕の中。どれだけ暴れてもビクともしない。
ネムに助けてと視線を送るも鋭く睨まれてしまった。動くなって事か?
「支配人。この子を貰う。いくらだ?」
「あの、その子はオークションに出品する……」
「オークションには出すな。この子は今日、私が連れて帰る。」
黄土色の瞳が支配人の言葉を遮って圧をかける。
「デグに言い値を言え。その額で買い取ってやる。」
呼ばれた初老のデグが支配人とネムに一礼。
立ち居振る舞いどれを取っても隙がない。
「レイドワーフ家当主、ノール・レイドワーフ様がこう仰られております故、ご指示通りお願い致します。」
笑みは崩さず、しかし威圧も忘れず言葉を放つ。まさに熟練された言葉の重みを感じた。
有無は言わせない。
デグは言い切る。それが当たり前の様に。
「おい、いい加減に離せよ!」
勝手に進んでいく話に耐えきれず、ヒールを脱いでノールの腕の中から脱出を試みたが、腕を掴まれ失敗。
「お前はまだ自分の状況が掴めていないのか。」
「状況がなんだ、そんなもん知るか!」
引き寄せられる腕。
迫る視線は哀れみと怒りを孕んでいる。
「お前は物凄く幸運なのだぞ。ここにいる他の子供は皆、貴族のオモチャになる。壊れるまで身体を弄られるか、愛玩ペットとして一生檻の中だ。」
ノールはただ、淡々と語る。
これは脅しではない。真実なのだ。
「オークションで買われれば焼印が入る。一生消えないオモチャの印だ。」
「…………んなこと、知ってる。」
ここにいた子供達は死んだ目をしていた。
覇気がなかった。みんな知ってたからだ。
あたいはどこかで関係ないと思っていた。絶対にチャチャが助けに来てくれるって信じていたし、ネムも居てくれたから。
「何も分かってないな。オークションに出されて壊されたくなければ、お前が今すべきは私に媚び諂う事だろ。」
今、急に話が現実味を帯びる。
足元が崩れ落ちていくような、底知れない恐怖が全身を走る。
「私はお前を我が子として迎えてやると言っている。私の娘としてだ。その違いが分かるか?」
震える身体で首を横に振る。
「お前は貴族となるのだ。」
「…………は?」
「お前は焼印を押す側に立てるのだ。こんな幸運はお前の今後の人生で二度と訪れないだろう。断言してやる。」
あたいが、貴族になる?
なにふざけた事言ってんだよ。
「お前の容姿なら私にも私の妻にも似ている。素行の悪さを治せば実子と名乗っても疑われまい。」
これは詐欺を続行させるのか?
こいつは詐欺の対象でいいんだよな?
ネム、ちゃんとあたいの考えが伝わっているか?
覗き見たネムの顔に表情がなく、思考が真っ白になっていく。どうしたらいいか全然分からない。
「私が指示した相手と結婚して子供さえ産んでくれたらあとはなにをしようと目を瞑ってやる。犯罪者の子孫であるお前には破格の条件だろ。」
怖い、嫌だ。
助けて……
無性にチャチャに会いたい。
こんな強く腕を掴む奴は嫌だ。
チャチャ、会いたいよ。
「…………なぜ、黙り込む?」
「……あ、たいは」
込み上げてくる不安が涙になり、今にも溢れてしまいそうになった。ノールが理解出来ないとでも言いたげな顔をしている。
「レイドワーフ様、よろしいでしょうか?」
チッチの声を遮るようにネムが割って入った。
「………誰だ?」
「あたくし、美少女調教師のネムリリスと申します。このビーストはまだ調教が完了しておりません。七日頂けましたら貴族として相応しいよう、完璧に仕込んで見せましょう。」
ネムの言葉を聞き終わるとレイドワーフは掴んでいた腕をパッと離し、立ち上がった。そして美しいカーテシーをしたまま顔を上げる事なく交渉に乗り出すネムにゆっくりと近づく。
「面を上げろ。」
「…………はい。」
ネムが顔を上げた瞬間、パンッと乾いた音が鳴ってネムがその場に倒れ込んだ。
「ネムっ!」
ノールがネムの頬に平手打ちをかましたのだ。
太い腕から繰り出された強烈な一撃。ネムが耐えれるはずもなかった。
「お前は誰に口を聴いている。発言の許可を与えたつもりもない。」
見下す視線。完全な敵意。
チッチに向けていた顔は慈悲があったのだと思い知らされる。
「……もう、しわけございませんでした。」
この都市では貴族が誰よりも、なによりも権力を持つ。
「立て。」
「かしこまり、ました。」
ネムはノールの指示に従うしかない。
特に非力な女性じゃどう足掻いで太刀打ちなんて出来ないし、当然のようにオークション会場の支配人は黙りを決め込んでいた。
パンッ!
更に響く鈍い音。
ノールは容赦なくネムの頬を殴る。
「や、めろよ。」
殴られる度にネムは床に倒れ込む。
「立て。」
「…………は、ぃ。」
ノールはネムを立たせては頬を殴り、「早く立て」と腹を蹴った。
「やめてくれ!」
チッチの声は届かない。
「早く立て。」
「………っ!」
ネムが自力で立つ事が出来なくなると、ノールはネムの髪を掴んで無理矢理に立たせて腹を殴った。
「ゲボッ……」
「おい、やめろよ!」
壊れた人形を捨てるごとく床に叩き落とされたネムは血を吐いた。パニックになったチッチがノールの腕を掴むとようやく動きが止まった。
「お前がこいつの味方をするのかさっぱり分からんな。」
「もう、いいだろ……。」
「平民同士の哀れみか。今日からはそんな情も捨ててもらう。」
振り返るノールは汚い物を触ってしまったような嫌な顔をしている。デグがすかさず白いハンカチを渡すと両手を念入りに拭き、その場に捨ててネムを睨む。
「平民風情で口を聞きよって。支配人、こいつは解雇した方がいい。礼儀を知らない三流調教師なんていない方がマジだ。現にこの子はまだ言葉使いすらまともに出来ていない。」
支配人は頷き「そのように致します」と床に倒れ、咳き込むネムを一瞥し、応接室までの案内をかって出た。
ノールに腕を引かれたチッチはされるがまま。頼りのネムも倒れてしまい、チャチャもいない。不安が涙となって絨毯を濡らした。
これは仕込みじゃない。
仕込みだったらこんなにネムがやられてロカが放っておく筈がない。
予想外なんだ。
この部屋を出たら、扉を跨いでしまったら、あたいはもうみんなの元に帰れない……。
断崖絶壁の先に立つ様な、今すぐにでも崩れ落ちてしまいそう。底なしの恐怖で身体に力が、入らない。
引っ張られる腕が痛い。
あと十歩も歩けば部屋の外。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!
「お待ち下さい。」
部屋から出て行こうとする一同を呼び止めたのは、絨毯の上に土下座するネムだった。
「どうか、名誉を挽回するチャンスを下さいませ。」
「なにが名誉だ。そんなもの平民のお前には元からないだろ。」
ノールは冷たく言い放って歩き出す。
「レイドワーフ様がお召しのスーツですがニーダブランドだとお見受け致します。」
掠れる声を引きずって喋るネムに対してノールの脚がピタリと止まった。またネムを殴るのではと不安になったチッチがノールの腕をギュッと掴む。
「…………。」
「発言の許可を頂きたく思います。」
「…………一分だけだ。」
「ありがとうございます。」
首の皮一枚繋がった気分。
ネムの身体も少し震えてが止まった様に思う。
はぁっと息が漏れた。
「私は以前、ニーダ様の元で使用人兼お針子として働いておりました。その縁もあって今ここで働かせてもらっております。私に一着ドレスを作らせて下さい。」
絨毯に額を付けて話すネムを見守る。
ここで無駄に口を挟むべきではないだろう。
ネムを、信じるしかない。
「……私を馬鹿にしているのか?」
「滅相もありません。」
「ニーダ邸が一夜で皆殺しに合ったのを私が知らないとでも?」
「私はあの晩、唯一の生き残りです。」
「は、ありえん。」
鼻で笑うノールにネムは更に絨毯に頭を擦り付けて懇願する。
「証明となるか分かりませんが、スーツのジャケットの内側にあるタグの裏側をご覧ください。数字が書いてあるはずです。ナンバーはおそらく〝245〟ではありませんか?」
デグにタグを見るように指示すると、ノールが険しい顔でネムを睨み口を開いた。
「数字が間違っていたらどう責任を取るつもりだ?」
「今、この場で首を斬り落とします。」
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