31 ネムによるマナー講座
更新遅くなりすいません( ; ; )
曜日感覚バグってましたーーー
「ほら、思ったより痛くないでしょ?」
「いた、くはないけどよぉー。違和感が凄い……。」
滴る汗。吐息は甘く。
震える身体をネムが支える。
「もっと内側に力入れて。」
「あっ、も……これ嫌。気持ち、悪いよ。」
「何言ってんのよ。これからじゃない。」
「あぁ、もう……た、立っていられねぇ……。」
涙目で顔を真っ赤に染め上げたチッチが耐えきれず床に転んでしまった。
「だからっ、こんな高いヒールあたいに履きこなせねぇって言ってるだろが!」
「せいぜい八センチ程度よ。そんな高くない!」
誘拐された翌日。
オークション会場の片隅にある監禁部屋ではネムによる女を上げるマナー講座が開催されていた。
「たく、なんであたいがこんな目に……。」
「チッチを高値で買ってもらう為に決まってるでしょ!」
――ネムがこうなると何言ってもダメか……。
「大丈夫よ。高額で買い取ってもらって、金銭の受け渡しが済んだら違う子を渡して逃げればいいの。なぁーんにも怖くないでしょ?」
なにが「なぁーにも怖くない」だ。
お前は金と快楽が欲しいだけだろうがっ、と言いたいところ。でもどれだけ駄々を捏ねようがこの状況がなにも変わらない事は分かりきっている。
「私、他の部屋の子にも講習してるからそこでチッチとよく似た子を見繕ってくるから。」
「いたのか? あたいには似た女の子。」
ネムの瞳が天井を仰ぐ。
「…………作ればいいよの。」
「居ないんじゃねぇか!」
「とにかくっ、チッチはマナーを身に付けて。その他は私がどうにかするから。」
「はぁー……。」
ネムは一度言い出したら止まらない。
そういう女だ。
体力を消耗する前に諦めた方が早い。
チッチはロカとの付き合いが長い為か、こういうところで自分の意思や考えを放棄して流れに身を流す癖がある。その方が幾分かマシだと割り切っていた。
ネムはそれを知ってかここぞと言わんばかりに知識を詰め込む。
テーブルマナー、歩き方、言葉遣い、ペンの持ち方まで。挙句がこのウォーキングとやらだ。
頼むから普通に歩かせてくれ、と思ってしまうぐらい苦痛だ。
「チッチは体感が良いはずなの。」
「なんで分かるんだよ。」
「だってチャチャの妹だから。」
それが当たり前であるように。
この女は平気で嘘を吐くくせに、嘘偽りない真っ白な言葉も吐く。そういうところが、ズルいと思う。
「チャチャとあたいは、違う。」
「そう。どうでも良いけど、練習続けるわよ!」
「うぅ……。」
パンパンとネムが両手を打つ音に合わせて歩く、歩く、歩く……。
「……いだっ!」
流石に疲れが脚に溜まってきた頃、踵に痛みを感じて歩けなくなってしまった。すぐに駆け寄ってきたネムが支えてヒールを脱がしてくれた。
「あらら、靴擦れね。今日はここまでにしましょうか。」
「ああ……。」
内心ホッとした。
「じゃ、見てて。」
「はぁ?」
「私が歩くから。これを目標にしてよ。」
そう言うと、十三センチあるヒールで真っ直ぐに歩き出した。
コツン、コツン……。
音は軽やか。
ただ歩いているだけ。
それなのに、ネムの魅力が上がっていく。堂々としているのにとても女性的で、脚と腰を左右に揺らしてスカートをはためかせる。
重力なんて感じさせない。
目線の先にある光だけを見て。
ただ、歩く。
「ウォーキングも演技。」
その姿は、自信に満ちている。
「着ている服の魅力を歩きだけで表現するの。」
目を奪うなんて生易しくない。
「今私が着ている服のテーマは支配。」
見ろ。
私を見ろ。
お前らに私以外を見る権利はない。
そう言っているような。
圧倒的な存在感。
「チッチが目指すのは愛嬌、かしら。それなら……」
くるりとターンするとネムはまた歩き出す。
「重心は前に。重くはならないで。なるべくスカートを揺らして天真爛漫さをアピール。」
歩き方が変わった。
野に咲く花に浮かれる少女。
世界は綺麗で私の事が大好きだと信じて疑わない。
ヒールから放たれるコツンと言う音すら小さくなって、まるで飛び跳ねる白うさぎのよう。
さっきとはまるで違う。
その振れ幅に驚いて声すら上がらない。
「ウォーキングは自分を守る武器になる。歩き方一つでその人の放つ雰囲気が変わるの。雰囲気が変われば周囲の人間も変わる。覚えておいて損はないわ。」
目の前を歩くネムに、思わず心奪われた。
もちろん綺麗だとか、美しいからってのもある。でもそれ以上に、思う。
――この女はどれだけの努力を重ねたのだろう。
今なら分かるんだ。
ウォーキングが才能という一言では出来ない事を。
他のマナーだってそう。
努力の末に身に付けたものだ。
才能はもちろんある。でも開花させたのは紛れもなくネム自身。いつも余裕そうな顔をして、四六時中ロカの相手をして。
「なぁ、ネム。お前はいつ覚えたんだ?」
「急になによ。」
ピタリとネムの脚が止まった。
「だっておかしいだろ。あたいはネムが練習してるとこ見た事ないぞ。」
一緒に過ごす時間が長くなればお互いを知る事も多くなる。たけど、ネムがチャチャとの短剣訓練以外でなにかを練習している姿なんて、一度も見た事がない。
出会う前に覚えていた?
ならどこでその技術を知る事が出来たんだ?
ネムの知識、技術には不思議なところが多すぎるとずっと思っていた。
「誰にも言わない自信はある?」
「……ああ。別に構わないぞ。」
監禁部屋には二人だけ。
チッチが暴れた後、他の子供は違う部屋に移されたらしい。ネムによると、猛獣が他の子供に噛み付いたら危ないから、との事だ。それ故に逃げ場はないが、秘密の話をするにはもってこいだろう。
「努力はね、見えないところでするからカッコいいのよ。」
静かに笑うネムは自身の履いていたヒールを脱ぐ。
「なん、だよ…………これっ!!」
ネムの踵には無数の傷跡と瘡蓋があった。
ヒールの踵に当たる部分には血が滲んでいる。
「うそ、だろ……。」
まだ新しいものばかりだ。
こんなの痛いに決まってる。
それなのにあのウォーキングをしていたのか!?
「お前……。」
「だって私は今、調教師だもん。誰よりも美しい女性でないといけない。人に教えられるぐらいの知識がいる。」
それはまさに、執念。
「面白い事をしたいならそれ相応の努力が必要。私はそこを妥協する気はない。」
女性という武器を最大限に使ってこのウロボロンで羽根を伸ばす。それは並大抵の努力ではないと悟った。
「あーあーあーーっ!」
なんなんだよ、この女はっ!
追いつける気がしない。
それでもっ、近づきたいとは思うんだ。
「チッチ、どうしたの。そんなに踵が痛むの!?」
「ちげぇよバカ。マナー講座、続けろ。」
「…………マジでどうしたの?」
「武器になるんだろ。だったら本気でやる。そう思っただけだい!」
弱くてちっこい自分が嫌いだった。
女に産まれてきた事が憎かった。
こんなところに産み落とした女を殺してやりたかった。
自分一人じゃ何にも変えられないから……。
変えたいと思いながら、実のところ半分は諦めていた。
「本気でするなら私、相当厳しいわよ。」
「やってやろーじゃねえか!」
変えれるのなら。
光があるなら、進んでみたい……。
あたいだって、自由な羽根が欲しいっ!
⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎
スパルタ講習を受け続けること、七日。
ネムは毎日同じ時間にやって来て、数時間経つと違う部屋に監禁されている子供達に講習をしに行く。
極上、上級、それ以下で部屋が分けられていて、ネムは上二つの部屋を担当しているらしい。
「あと数分ってところか……。」
やる事もないからウォーキングの自主練習をして待つ事にした。ネムは理論的に教えてくれるから分かりやすいし、出来るとちゃんと褒めてくれる。人の才能の伸ばし方をよく理解している。
「足元は見ない。背筋を伸ばして、頭から糸で引っ張られてる感じで……、」
ネムが用意した新しい緑色のドレスはまだ慣れない。
シルバーのヒールも時たまヒール部分だけ折ってやろうかと思うぐらいだ。でも最近はスパルタ講習が楽しいと感じる瞬間がある。部屋から出られないのは苦痛だけど、まだ頑張れる。
あたいはまだ、大丈夫。
それにしても、今日はやけに外が騒がしいな。
監禁部屋の扉は硬く閉じられているものの音は聞こえる。
気にはなるが、今のチッチには関係がない。だって助けてに来たはずのネムは今やスパルタ講師だし、チャチャはいまだに眠ったままだという。
あたいに今出来る事は少しでも武器を増やす事。
ここを出た後、チャチャと一緒に戦えるように。
「よしっ。頑張れ、あたい!」
気合いを入れて歩く練習をしようとした。その時、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
「ノール様。危ないですぞ。まだ調教は済んで居ないようなのですから。」
「そうなったら殺すだけだ。」
入って来たのは二人の男。
一人は赤茶色の短髪と黄土色の瞳を持ち、黒いスーツに身を包んでいる。ノール様と呼ばれていた人物だ。
もう一人はその腰の低さから執事か部下か、そのどちらかだろう。
――…………一体何者だ?
急に扉が開いて入ってきてヒールを履いていたのもあり、チッチは直立不動で固まるしか出来ない。
ノール様と呼ばれた男はチッチを上から下まで何度も眺めると、チッチへ向かって歩き始めた。
男性の一歩は大きく、履き慣れないヒールを履いた少女の一歩は小さい。
「てめ、それ以上近づくなっ……!」
虚勢を張って見るも簡単に距離を詰められ、後退りした右足のヒールがぐらついてしまった。
――…………しまった、倒れるっ!
転倒覚悟で目を閉じるも痛みはない。その代わりチャチャに似た包まれる感覚、それからふわりと清涼感ある香水の香りがすぐそばでした。
「デグよ、決めた。この子を我が娘にする。」
目を開けたチッチはノールの腕の中にいた。
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