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28 音の正体は……

「「チッチ、誕生日おめでとうー!!」」


 音の正体はネム特製のクラッカー。


「な、にが、起きてるんだ……?」


 振り返った先のチャチャが満面の笑みを浮かべている。謝ろうと思っていたはずのネムまで笑顔だ。


「たん、じょうび……?」


 なんだ、それは?

 なにがおめでとうなんだ?

 とりあえず、ネムに謝らないと。


「ネム……、あたい」

「ごめんね、チッチ。」


 視線を合わせるようにしゃがんだネムが、先に謝罪を口にした。

 

「なんでネムが謝るんだよ。悪いのはあたいだ。」

「チッチがこんなにもチャチャの事を好きだったなんて、知らなかったのよ。」

「なぁ!?」


 顔の温度が一気に上がっていく。


「チャチャとずっと一緒にいた私にヤキモチ焼いたんでしょ。ごめんね。」

 

 自分でも今になってようやく怒りの原因を理解した。

 それと同時にどんどん恥ずかしさが増していく。ネムの真顔が本気なのか演技なのか、とにかく居た堪れない!


 周りのみんなも分かっていたようで、薄ら笑いを浮かべている。


「そ、そそそそそんなんじゃっ!?」


 ロカさえも肩に手を置いて「分かるぜ」と呟く。


「やめろぉーー! やめてくれェェェェエエー!!」


 笑いに包まれるカイブタ。

 蹲る一人の幼女を寄ってたかってイジる。

 本当に性格の悪い奴しかいねぇよな、ここには!?


「ほらほら、チャチャ。アレ持って来てよ。」


 ネムが自室を指す。

 テーブルの上に置いてあるから、と。


 それを聞いたチャチャの目の色が変わり、物凄い勢いでネムの部屋に繋がる階段を駆け下りて行った。


「アレってなんだよ?」

「ふっふっふ〜。私に感謝なさいよ。」

「……なんでだよ。」

「チッチの様子が変だから、これ以上待たせたくないってチャチャに急かされてさぁー。もう。ほんっとうに大変だったんだからね!」


 なんの話をしているかさっぱり分からない。

 店長とハオさんまで感謝しろと言ってくる始末。ずっとあたいと同じ顔をしているロカだけは多分、こちら側だろう。


 詳しく説明をしてくれ、と言おうとした時、ネム達の部屋に繋がる扉が勢いよく開いた。


 その原因はチャチャ。

 両手には大きくてピンク色の可愛らしい箱を持っている。


「チャチャ、どした?」


 グングンと近づいてきて、箱を目の前に差し出す。

 受け取れと言うことだろう。

 チャチャは恥ずかしそうに、照れながら。あの日、ネムと外出していた時に浮かべていた笑みと同じ顔をしていた。


「開けたらいいのか……?」


 頷く。

 早く早くと急かされる。

 皆が注目する中、箱を開けた。


「…………これは、服、か?」


 薄桃色の可愛らしいデザインのドレス。

 これ、は……?


「お誕生日おめでとう、チッチ。」

「たん、じょうび……?」

「そう。チッチが今日まで無事に生きてくれた事を祝う日よ。」


 なんだかむず痒い……。


「本当は産まれた日に祝うらしいけど、私達って正確な日付けなんて分からないから。この服が出来た日にしようって。チャチャが。」


 チャチャを見る。

 こんなの、初めてで。

 どうしたら良いのか、分からない。


「これ、私のお手製。」

「え!? ネムが作ったのか!?」

「そうよ。チャチャと服屋に布買いに行って、一から作ったの。大変だったんだからね!」


 あ……。

 だからあたいには内緒で服屋に行っていたのか。


「今のウロボロンでニーダブランドを再現出来るのは私だけよ。剣闘訓練の報酬としては破格なんだから。」


 チャチャはいつもより優しく微笑んでいる。

 〝笑って〟って言ってる。


 全部、全部、あたいの為だったんだ。

 それなのに、あたい……、自分の事ばっかりで。


「こら、笑いなさいよ!」


 ネムがチッチの両頬をつねった。


「私がどれだけ丹精込めてその服作ったと思ってんのよ。落ち込んでないでさっさと笑えっ!」

「いひゃい、いひゃいかりゃ……っ!!」


 ネムは本当に容赦がない。

 年下のあたいの頬を力いっぱいつねるやつがあるか、とは思うけ、今はそのぐらいが助かる。


 ネムがチャチャに筆談で怒られて。

 ロカは既に興味をなくし、ネムにくっ付く。

 店長は笑っていて、ハオさんはずっと一人で喋ってる。いつものカイブタだ。

 やっぱり恥ずかしさはあって、にやける口元を髪で隠しながらだけど、精一杯の感謝を……。


「ネム、みんな……、ありがとうな。」


 こんな小声じゃどうせ聴こえてやしないだろうが。

 そう思って、顔を上げた。


「「いーよー。」」


 しっかりチッチの声は届いていた。

 それが余計に気恥ずかしくて、髪の毛に顔を隠した。


「ねぇ、ドレス着て見せてよ。私が着るの手伝ってあげるから。野郎どもは食事の準備をお願いね。」


 最近のカイブタは懐が暖かいせいか宴会が多い。

 多分、今日も宴会をする理由が欲しかったのだろう。


 それでも、今日の主役はチッチであることに変わりはない。


「あたい、スカート着るの初めてだ……。」


 男子禁制となったネムの部屋で触れる初めてのドレス。

 買う金がなかったのはもちろん、チャチャに背負われる時にズボンの方が楽で、機能性も高く、いつもオンボロのズボンを履いていた。


「似合ってるよ。流石、私が作っただけのことはあるわね。サイズもぴったり。」


 桜を思わせる春色のドレスは腰で大きなリボンが付いていて、スカートには細かい花びらの刺繍が施されている。

 

 上物の布、細部までのこだわり。

 職人のお針子が縫った出来栄え。

 服を着替えただけなのに、気持ちがこんなに高鳴るなんて。


「あたい採寸されてないぞ。どうやって測ったんだ?」


 くるくる回るとひらひら揺れるフリルのスカート。

 気分はまさに、お貴族さま。


「私がチッチの採寸をしたいってチャチャに言ったら、サイズは全部把握してるって言ったのよ、あの人。いつもの笑った顔で言うもんだから正直、怖かったわ。」


 大好きな兄の過保護を超えた溺愛ぶり、それすら嬉しく思えるぐらい、浮き足だっていた。


「少し目を閉じていて?」

「分かった。」

「…………出来た。目を開けて良いよ。」


 ガラスの靴に、ほんのりと薄化粧。

 髪にはティアラまで。

 鏡に映る自分は自分じゃないみたい。


「これが、あたい……?」

「そうよ。気に入った?」


 いつかを夢見たあたいだ……。


「…………うん。凄い。凄いよ、ネム。」

「もっと褒めて、敬って。そんで崇めなさい。」

「……。」

 

 産まれる場所さえ違えばきっと、あたい達だって。

 そう思い描いていた姿だ。


「…………ほら、チャチャに見せてあげなよ?」

「うん!」


 明日には普通に戻るから。

 殺し屋ウィンピーのあたいには戻るから。

 だから、今だけは、夢の中のあたいでいたい。


「チャチャ……。似合う、か?」


 声がしない兄から、声がした気がした。

 〝綺麗だ〟と。

 もう記憶も朧げな兄の声が。


「ありがとっ、チャチャ。」


 胸がじんとして涙が頬を伝う。


「ほらほら、ご飯食べましょ。早くしないとロカが全部食べちゃうわよ。」

「ここまでは俺のだかんなっ!」


 そこからはあまり記憶がない。

 とにかく楽しくて、嬉しくて。

 チャチャがあたいの隣から離れなかったのは覚えてる。普段なら笑ってあしらうロカやハオさんにも敵意剥き出しで、あたいの隣に近づかないよう必死だった。まるでお姫様を守る騎士のように。


 ――あ、そうだ。良い事、思いついた!


 ネムが飲み物を取ってくると立ち上がったのを見て、その後を追った。チャチャも着いて来そうだったのを、流石に一人で行けると拒否。少し落ち込む兄を背にネムの服の裾を掴んだ。


「なぁ、ネム。」

「なに?」


 ダイニングテーブルからキッチンの内は見えない。

 ネム以外に話を聞かれる事はないだろう。

 

「チャチャにも服作ってやってくれよ。報酬はあたいが出す!」

 

 チャチャが着ている服だってお世辞にも上物とは言えない。セントを騙してネムから貰った報酬の金は一応二人で折半している。個人で使える分で兄に恩返しがしたい。


「良いけど、高くつくわよ?」

「上等だ。」

「じゃあ、材料費として前金でニ百セリルちょーだい。」


 出来上がったら残り三百セリル。合計五百セリル。

 ウロボロンで売っている服の中では相当な値段だ。でも、ニーダブランドとなれば話は別。これでもかなり安い方だろう。


「分かった。前金、今から取ってくるな!」

「別に今じゃなくても……。」

「今が良いんだよ!」

「はいはい。気を付けてね。」


 こっそりとネムの家を飛び出し、カイブタに繋がる扉を開け、自室に急ぐ。


 コツコツとガラスの靴が軽やかな音を鳴らす。

 自室まで、あと長い階段を降りればすぐだ。


「うぐ…………っ!!」


 今日という日がとても楽しかったから。

 いつもよりはしゃぎ過ぎていたんだ。

 いつもならこんなミスはしないのに。


「…………上物ゲット〜」


 後ろから近づいてくる気配に気が付かなかった。

 簡単に背後を取られてあげく、薬品の香りで意識が、遠のく。


「チャチャ、どうかしたか?」

「…………チッチがいない?」

「ああ、チッチなら部屋に一回戻るって出て行ったわよ。それにしては、遅いわね。」


 慌てて出て行ったチャチャが見つけたのは、部屋に繋がる階段に落とされた片一方のガラスの靴、だけ。


 十二時を告げる鐘の音がウロボロンに響く中、ガラスの靴を拾うチャチャの表情は、徐々に怒りに満ちていく。それはまさに、阿修羅の如く。

 

 チッチが誘拐された……。


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