26 幼女は不満だ
「なんであたいがロカのおもりしないといけねぇんだよ……。」
チッチはテーブルに頬杖を付いて愚痴を吐く。
正面には寝癖が付いたままのロカがいた。
「チッチ、てめぇ生意気だ。髪の毛もぐぞ!」
部屋には雇用主にして問題児のロカとチッチの二人だけ。少し前まで、シロアカと呼んでいた隣の馬鹿はネムと言う女に飼われ出してから、ロカと呼ばれるようになった。
「ロカさぁー、そんな暇なら仕事してくれよ。」
「やーだね。一人で仕事したらネムに怒られる。」
ネムと一緒に過ごす過程でシロアカは完全に〝ロカ〟になったらしい。元のシロアカと呼んでも返事をしなくなったので、仕方なく皆がロカと呼び始めた今日この頃だ。
「ロカは呑気でいいな。」
「呑気じゃない。今の俺ぁ怒り気だ!」
「なんだそれは……。」
ネムが来てから色々変わった。
特にロカ。
前はこんなに他愛無い話ができる仲じゃなかった。
カイブタの店長とハオさんも前は挨拶と家賃回収で顔を合わせる程度だった。今じゃ部屋を出ると必ず顔を見るほど。
みんながどんどん変わっていく。
変わっていくのは悪い事じゃない。
この変化はむしろ良いと思う。
だけど、最近、どうしても許せない事がある……。
「はぁー……。」
最近、チャチャとネムの仲がいい。
…………非常に、仲がいい。
「チッチ、どぉーしたぁー。俺ぁ暇だ。」
「そうかよ。」
ロカがテーブルをダンダンと叩いて音を奏でる。
「ひぃーまぁー。」
「…………。」
「なぁーあ。」
ダンダン、ダンダダダン。
音は更に大きくなる。
このままではテーブルが壊れてしまいそうだ。
「ぐちぐちと、うるっせぇーぞ! てめぇがネムにちゃんと戦闘訓練出来ればこんな事になってねぇんだよ!」
話はほんの少しだけ遡る。
ネムが部屋を訪ねて来たのは、セントから大金を巻き上げた数日後の事だった。
「戦い方を教えてほしいの。」
開口一番、気合の入った表情と共に言い放った。
「戦い方って、ロカがいるから別にいいだろ。」
「ダメ。私一人でも戦える強さが欲しいの。」
こういう時のネムの瞳は強い。
こいつは誰に言われたでもないのに、歩みを止めようとしない。だからたまに嫌になる。
自分もなにかしないといけない気になるだろ……。
「お願い。」
「そう言われてもなぁー。あたいはそこまで強くねぇから教えてやれる事は少ないと思うぞ。」
「チッチ、違うの。」
ネムの瞳はチッチではなく、チャチャに向いた。
「チャチャにお願いしたいのよ。」
「チャチャに?」
チャチャもまさか自分だと思っていなかったようで、いつもの笑みが崩れ、全力で首を振った。
「チャチャは教えらんねぇぞ?」
だってウチの兄は喋れない。
「それなら隣にいるロカに頼んだ方が……、」
「もう試したあとなのっ!」
食い気味にネムが否定した。
隣のロカは機嫌が悪そうにタバコを吹かせている。
ちょっと前にネムからタバコ臭いと言われ、禁煙すると宣言をしていたと言うのに……。
「一体なにがあったんだ?」
ネムとロカは互いの顔を見合わせ、叫んだ。
「「こいつが悪いっ!」」
この二人は仲がいいのか悪いのか……。
間違いないのは面倒ごとに巻き込まれたという事。
チャチャもそれを察したのか、「断ってくれ」と目で訴えてきた。
「ロカの教え方があまりにも酷いの。全部擬音語。ババッとか、ギュンとか、全く意味が分かんない。」
「バッとやってビューンだ。それ以外教えようがないだろ。」
なるほど。
要はネムは理論派。ロカは感覚派って事か。
相性が悪かったらしい。
「そもそも、短剣の使い方は俺の動き見ただけで出来てただろ。なんで他が出来ねぇんだよ。」
「だから応用が効くように基礎を教えて欲しいんだってば。あんたはずっと応用ばっかりなのよ。」
ああ、いつもの口喧嘩が始まった。
こうなると二人は周りが見えなくなる。
正直、二人の部屋でやって欲しい……。
「あんたらの言い分は分かった。だったら店長やハオさんは駄目なのか?」
口に出しといてアレだな……。
「「ハオ(さん)だけはない。」」
だよな……。
これはあたいが悪かった。
まず、武器を持ってるところを見た事がない。それからあの人に借りを作るのは怖過ぎる。後々なにをさせられるか分かったもんじゃない。
ネムがセントの情報を貰った時なんて、カイブタのBGMを大通りで歌って客集めしてこいって無茶振りさせられていた。
あんな顔を真っ赤にして涙目で歌っているネムを、真正面で爆笑しながら観ていたハオさんの鬼畜具合と言ったら……。
思い出しただけで身震いする。
「店長はどうよ。たまに斧振ってんじゃねぇか。」
最近は特に解体の仕事がないらしく、腕が鈍るとかでカイブタのカウンター前で大きな斧をブンブンと素振りしている姿をよく見る。
「店長とは戦闘スタイルが違い過ぎる。流石にあんなパワーごり押しは私じゃ無理よ。」
確かにな……。
その点チャチャは華奢で、短剣やらの小さな武器を使う事が多く、隠密性を活かしたスタイルだ。
と言っても護身術程度だが。
チャチャの選択は消去法の結果らしい。
「どうするよ、チャチャ。」
改めて聞くも通訳の必要も無いぐらい分かりやすく、チャチャは全力で首を横に振った。
「そこをなんとかっ!!」
「チャチャよか俺の方がグワっと教えてやるって!」
「もちろん報酬は払うから。」
キャンキャン騒ぐロカを無視し、ネムはチャチャの耳元まで近づいてなにか囁いた。
ネムとチャチャの身長差は頭一個分。
首を傾げるチャチャ。
顔を少し上げるネム。
………………なんだろう、この感覚?
胸に針を刺されたみたいな。
「ほんと!? ありがとう、チャチャ。」
目を離した隙に、なぜかチャチャが承諾していた。
チャチャの目の色が変わっている。
「じゃあ、明日からよろしく。」
そういうとネムは笑顔で部屋を出て行った。
ロカは扉が閉まるまでずっとチャチャを睨んでいた。
それからと言うもの、二人の戦闘訓練が始まった。
チャチャはどれだけ聞いても報酬がなんなのか教えてくれないし、訓練中にロカが何かやらかさないように、おもりをさせられる始末。
「はぁー……。」
「俺ぁやっぱり二人の事、観に行ってくる。」
「やめろ。昨日も行って邪魔だって追い出されたろ。」
またネムに怒られるぞ、と宥めたつもりだった。
「そりゃいいな。」
「……は?」
ロカは笑っていた。
「ネムは怒ると俺しか見なくなる。それって俺で頭ん中いっぱいって事だろ。だったらそれでいい。最近そう思うようになったんだぁー。」
ネムもそうだが、この男も大概イカれてる。
普通は相手の事を尊重するもんだ。
嫌われたくない、幸せになって欲しいとか。こいつらにはそれがない。常に自分が一番。
ウロボロンらしいと言ったらそれまでだけど、ネムとロカは二人してどこか歪んでるように思う。
「あたいには分かんねぇ。」
「チッチはまだお子ちゃまだもんなー。」
なにかと子供扱いしてくるロカ。
今だってわざと近づいて来て髪をくしゃくしゃにしてくる。力加減が馬鹿だから本当にやめてほしい。手を払い除けて睨んで見せた。
「うるせぇ。わざと突っ掛かってネムを怒らせるような真似してるお前も随分とお子ちゃまだろうが。」
ネムは知らないだろうが、ロカは察しが良い。
機転も嗅覚も効くから人の機微にも敏感で、これまで上手く借金を踏み倒してきたんだ。
「……それ、ネムに言うんじゃねーぞ。」
「…………分かってるって。」
上手く猫被ってるがその下はこの通り、殺し屋の殺気と本性が現れる。
「でも、いつまでもそんなだとネムも愛想尽かすぞ。」
「分かってる。でも今はこのままでいーんだよ。」
「………………ああ、そうかい。」
本当に歪んでる。
タバコを咥えて苛立つ姿にまた、ため息が出た。
「そんなに苛立つなら最初からちゃんと戦い方を教えてやれば良かったんだ……ってどこ行く気だ!?」
「ネムんとこ。」
「おい、待てって!」
チッチは慌ててロカの後を追って部屋を出た。
階段を登り、カイブタへの扉を開くとBGMを口ずさむハオの姿が。ネムとチャチャはいつもこの閑古鳥鳴く店内で特訓していたのだが、いないようだ。
「……チャチャとネムを知らないか?」
「おや、おやおやおやおや。最近君ら二人のセットをよく見るねぇー。君らも出掛けるのかい?」
箒で埃を穿いて、巻き上げるだけで綺麗にする事はしない謎の行動を繰り返すハオはニヤニヤと、それはそれは楽しそう。
「出掛けた? チャチャとネムが?」
「ああ、そうだよ。仲良く二人で、ついさっき出て行ったばかりさね。」
あのチャチャがあたいになにも言わずに出て行くなんて、信じられない。言えない理由でもあるのか?
「ありゃ、デートだろうね。」
――………………デート。でぇと。でーと?
「デートだと!?」
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