25 配当金の時間です。
「「乾杯!!!!」」
解体豚小屋ブッチぶちは閑古鳥が鳴いている。
それなのに、今日はやけに賑やかな声がする。
地下にある部屋からだ。
「いやぁー、凄いもん見せて貰った。ネムちゃん想像以上だわ。流石の俺も見入っちゃって声出なかったもんね。」
そう言うハオは自前で持ち込んだ酒をグビグビと煽る。
この人は飲むと更に陽気になるらしい。
誰にでも酒を勧めてくる絡み酒で余計にタチが悪くなる。チャチャはこっそりとチッチはハオから一番遠い席に座らせていた。
「私はハオさんに声かけたつもりなかったんだけど。」
「こんな楽しいことを俺だけ仲間はずれなんて酷いじゃないか。誘われなくても勝手に仲間に入るよね。そりゃあ。」
恐怖なのは、ハオが知らない間に全部の作戦を知っていたこと。全てを知った上で適切に自分の仕事を全うしていた。
「怖い以外にかけると言葉が見つからないわ。」
「そんな褒めないでよ。次もよろしく、ネムちゃん。」
注がれた酒からはびっくりするぐらいのアルコール臭がした。それを隣のロカが奪い一気に飲み干す。
「ネム、もう二度とよろしくするな。」
「あらら。そんな嫌わないでよ、寂しいじゃない。」
「シャーーーーッ!!」
威嚇してみるもそこには子猫とライオンほどの差があった。ライオンはまだまだ余裕。空いたグラスに酒を注ぐ。
「さぁさぁ、ドンドン。」
「お、俺はぁ、負け……な、い。」
「いいねぇ〜。ささ、ドンドン。」
一気飲みしては酒が注がれ、飲んでは注がれ。
意地で飲み続けるロカはもう瞳以上に顔が赤い。
ハオは完全に面白がっている。
「オレはぁー、まだ、やれ……」
「アヒャヒャ。その息だ!」
ロカが堕ちるのはもうまもなく。
因みに店長は乾杯した酒をひと舐めして気絶した。
「おい、あんまり汚すなよ。後で掃除するの大変なんだから。ってチャチャが言ってる。」
育ち盛りのチッチは目の前に置かれた食事に夢中。リスみたいに頬張っては胃袋に収めていく。それを優しく微笑みながら見守る過保護な兄、チャチャは静かに酒を嗜む。
意外も意外、このメンバーの中ではハオに次ぐ酒豪らしい。まだまだ余裕な表情で今だに少し焦げたチッチの髪を心配している。
食事のマナーなんて一切ない。
これは海賊の宴に等しい惨状だ。
豪快に食い、飲み、叫び、そして吐く。
ここまでがひとセット。
好き勝手のなんでもあり。
声を上げて笑わずにはいられない。
「そう言えば、ネム。」
「どうかした?」
宴も中盤。
ようやく腹を満たしたチッチがネムに声をかける。
「どうやってシェリーにだけ偽のタブレットを食べさせたんだ?」
どうやらチッチはシェリーとセントにそれぞれ食べるタブレットを決めさせた時のことを言っているらしい。
「ネムは両手に一粒ずつタブレットを乗せてた。あたいからはどうやってすり替えたのか全然分からなかったんだよ。」
再現するようにジャガイモのフライを両手に一つずつ乗せて見せる。
「あれは最初から右手にだけ偽バラを置いてたの。」
「……はぁ? あれは運だったのか!?」
「そう、運任せ。」
驚くチッチの右手からひょいっとジャガイモを盗んでくちに運ぶ。
「私がしたのはその運の確率を上げるための小細工を少しね。」
シェリーが絶対に右手のタブレットを選ぶと思っていた。そう仕向けたのだもの。
「どうやったんだ?」
「刷り込みよ。」
「……なんだそれ?」
不思議がるチッチからロカに視線を移す。
良かった。
まだなんとかギリギリ意識はあるようだ。
「ロカ、お手。」
ロカに向かって右手を差し出す。
「…………あい、よ。」
ロカはなんの躊躇いもなく、ネムの右手に自分の右手を重ねる。今回は暇つぶしにロカに仕込んだコレが凄く役に立った。
「舞台上で私はずっとシェリーに右を印象付けてたの。」
さりげなく、でも確実に。
「…………たったそれだけ、か?」
「そう、それだけ。」
「それだけでシェリーが右手のタブレットを取ると賭けたのか!?」
信じられないと言いたげな瞳。
「人はピンチに追いやられた時、それまでの経験や勘で物事を判断する。シェリーはセントより長く冷静で理性的にあの舞台を見ていた。」
それに女は男よりも繊細なところまで目に入るもの。特にこのウロボロンではそうだと思う。
暴力が物を言う都市で、力が劣る女が上手く生き残るには、無意識の内に少しの情報も見逃さないようにしているはず。そこに賭けた。
「チャチャ。舞台上で私がバラの花弁を拾ったのはどっちの手だった?」
急に話を振られたチャチャは驚きながら考えるも分からないのか両手を同時にあげた。
「チッチはどう?」
「…………右手だ。」
これが答えだ。
「手で輪を作って覗き込んでいたのは?」
「……右手と右眼。」
少し考えはするがチッチだけが正解を言い放った。
「女と男じゃ見てるところが違うの。」
あのギリギリの精神状態の中、急に迫られた選択。
シュリーは無意識に覚えていた右手を必ず選ぶ。
「今回はそれを利用しただけよ。」
セントは選ぶ事すら出来ない思っていた。だから右手を少しだけシェリーに近づけて選ばせた。
「本人は今でも自分が選んだと思っているだろうけど。」
「あたい、ネムだけは敵に回したくないね。」
「それはお互い様よ。」
二人は不気味に笑い合った。
「ねぇねぇ、ネムちゃん。」
「……なに?」
「アレ、ちょーだい。」
ハオが両手のひらをネムに向ける。
その姿に思い出したようにパチンと手を叩いた。
「そうね。配当金を配ります。」
「待ってましたぁー!!」
今日一番の盛り上がりを見せる室内。
みんなの叫び声で気絶していた店長も目を覚ます。
「まずはチャチャとチッチ。」
「はい。ネム様。」
ネムの後ろには札束が入った大きな袋が五個。
「報酬の一千万セリル。更に借金の一千万セリル。合わせて二万セリルね。」
ネムは二人に一つずつ大きな袋を渡した。
二人の顔が綻ぶ。満足したみたいだ。
「次、店長。報酬の一千万セリルね。」
「おお、ありがたい!」
札束の袋を見て眠気もすっかり飛んでいったらしく、いつもの店長に戻っていた。
「それからロカの借金の五百万セリル。返します。」
「確かに受け取った。今度借用書を渡すから取りにこいよ。」
「分かったわ。くれぐれも私に、渡して。ロカには絶対に渡さないで。」
後ろで騒ぐロカを無視。
店長とハオは二人して笑っていた。
「次、ハオさん。」
「はいはい〜。」
「情報代と報酬よ。合わせて一千五百万セリル。」
「なんか悪いねぇー。こんなに貰っちゃって。」
本当はこの男への報酬額を少し悩んだ。
だって勝手に参加してきたから。
でもやっぱりハオに貸しを作っておくほうが怖くて一番多い金額を渡すことにした。
「言ったでしょ。私は役に立つって。」
「それとコレは別の話かな。」
「………………え。」
貸し借りはこれでチャラに出来ると思ってたのに。
この男、やっぱり苦手だ。
「でもそうだね。君たちの家賃二百セリルはこの中から引いといて上げる。俺は優しいからね。」
「…………。」
どうやったらこんなに瞳の奥が笑ってない笑みを浮かべられるのか、教えて欲しいぐらいだ。
「ネム、ハオに騙されるなよ。」
「初めてロカと意見が一致したわね。」
「二人とも酷いなぁ〜。」
ネムとロカにどれだけ睨まれようがハオはどこ吹く風。へらへらニヤニヤ。酒も入ってふらふらもしてる。
「配当金は以上です!」
ロカ意外の五人がそれぞれ一つずつ袋を持って大満足の中、配当金の配布は終了した。
「俺は!?」
「あ、忘れてた。」
両手を広げるロカにネムは自身の服のポケットから、なにかを取り出して渡した。
「はい、十セリル。」
帰り道にたまたま拾った十セリル硬貨を一枚。
ロカの手のひらに置いた。
「………………解せない。」
「ロカがそれで良いって最初に言ったじゃない。」
「俺、ゆってない。」
さて、どう料理してやろうか。
「二人合わせたら五百万セリルあるのよ。」
「それ、俺も自由に使える?」
「………………。」
ネムはふんわりロカに笑いかけた。
「騙されないぞ。誤魔化そうとしてるだろ!」
「チッ。」
「ああ! 舌打ちした!」
いつも通り始まる二人の口喧嘩。
「俺と店長はそろそろお暇するよ。」
そう言うと二人は大きな袋を一つずつ持って部屋を出て行った。流石に飲み過ぎたのか、千鳥足のハオを支えながら歩く店長の背中が印象的だった。
「ネムとロカは掃除して帰れってチャチャが言ってる。」
チャチャが睨みを効かせるもネムとロカは聞いちゃいない。
「誰があんたの借金返してあげてると思ってんのよ。」
「俺ぁ今回頑張ったんだ!」
「私だって頑張ったんだけど!?」
しばらくして、穏やかな笑顔のチャチャが包丁を持ち出したところで二人は仲良く掃除を始めた。
残りの借金総額、一億八千五百万セリル
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