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23 タチの悪さなら神にも負けない女

「見ての通りよ。全部嘘。」


 混乱極めるシュリーにネムが答えながら、隣に置かれた袋を覗く。


「どこ、からが嘘なの?」

「どこもなにも、全部が嘘。」


 袋の中にはパンパンに金が詰まっている。

 眺めるだけでもニヤニヤが止まらない。


「悪神は!?」

「嘘。」

「降臨の儀であんたに悪神が乗り移ってたじゃない。」

「全部演技、芝居よ。」

「そ、そんなはずない!」


 ネム以外の五人はシュリーにまるで興味を示さない。床に散乱する群衆が落としていった硬貨を巡って喧嘩しているぐらいだ。


「そんなはずあるんだってば。」


 嘘を信じられないのか、信じたくないのか。

 シュリーは頭を抱える。ヒステリックに泣き叫ぶ。

 

「だって悪神から手渡された薬、食べちゃったもん。私、バラを吐いたの。バラ病なの。もう長くは生きられないのっ!」


 自分はもうすぐ死んでしまう。

 その恐怖がシェリーを襲う。


 ウロボロンで産まれた子供がまともな教育なんて受けれるはずがなく、シュリーも例外じゃない。


 病院なんてない。

 いるのは藪医者だけ。

 

 ここぞとばかりに高額請求してくる割に腕も悪いと来た。現実は漫画みたいに上手くはいかない。だから共通認識として『病気に罹れば死ぬ』と考える。


「私まだいっぱい贅沢して暮らしたい。可愛い服いっぱい着たい。美味しいの食べたい。」


 欲望を吐き出すシュリーは最初の印象よりだいぶ幼くなった。恐らくはネムより若く十四、五歳だろう。


「やっとお腹ぺこぺこの苦しい生活から抜け出せたのに。まだ死にたくないよぉ。」


 チッチ然り、大人びていないと生きていけない。

 ロカ同様、何かに特化していないと殺されるから。


 シュリーも仮面を着けて生きてきたのだろう。

 それが取れた今、本来の彼女が現れた。


「あんた、死なないわよ。」


 ネムも知っているんだ。

 大人の世界(芸能界)で生きるのがどれだけ大変か、苦しいのか。それ以外で生きる術すら、誰も教えてはくれない。都合良く使われて搾取される。


 腐った世界を、知ってるんだ。

 

「でしょ。私死ぬ…………はぇ?」

「それだけ泣き叫んでる人が早々死なないっての。」

「死な、ないの?」

「そう。よく聞きなさい。」


 だから台本になかった事をしたくなったのかも。


「悪神はいないし、あんたはバラ病にも罹ってない。最初からバラ病なんて流行してないし、そもそもそんな病気はない。」


 するつもりのなかったネタバレ。


「私、詐欺師だから。」


 でも嫌な気はしないから、いいか。


「それ俺もだから。」

「はぁ!? あんた殺し屋でしょ。」


 なぜかロカが張り合ってきた。


「今日から俺ぁ殺し屋詐欺だ。」

「人殺しといて詐欺師名乗るって相当タチが悪いわよ。」

「いいの! 俺も詐欺師するの!」


 そうですか。

 もうツッコミを入れる気にもならない。


「でも、でもでも。私、薬飲んでバラ吐いたよ?」


 シュリーにはロカの戯言なんて今は耳に入らないらしく、ガン無視でネムに答えを求めてくる。


「ああ、これね。」


 床に落ちていたバラ花弁を一枚掴む。


「これ、赤い不織布を花弁状に切った物よ。」

「ふしょくふ……? 花弁?」


 頭に沢山のハテナを浮かべるシュリー。その横にいるロカが頷き、「それ知ってる」と自信満々呟いてる。でも実際は絶対に理解していない。

 

「そもそもバラがなんなのか分かってる?」


 ネムの問いにシュリーは頭を大きく横に振る。


 ネムがバラ病なんて大胆な詐欺に出た大きな要因がこれだ。さっきの話の通り、まともな教育なんて受けた人間がウロボロンの底辺に居るわけない。


 バラがなんなのか。

 花? 花弁?

 なにそれ状態だ。

 

 太陽光の届かないウロボロンで花を育てようなんて心に余裕のある奴はいない。そんな頭の中お花畑ちゃんはとっくに殺されてる。


「なんか身体の中のヤバいやつじゃないの?」

「全然違う。」

 

 皆がシュリーと同じく〝バラ〟というなにかを吐き出す恐ろしい病気だと思っていた事だろう。

 

 問題はセントだけだった。

 

 地上には流石に薔薇はあると踏んでいた。

 見た事ぐらいあるとして、偽物とバレる心配があった訳だが、常に薄暗いウロボロンの視野の悪さにまだ慣れていないのではとも思った。


 それを誤魔化す為の仮面だったのでは、と。


「セントによく常識的なこと聞かれなかった?」

「……ああ、うん。よく聞かれてた、かも。」

「やっぱりね。」

 

 もちろん顔バレを防ぎたかったのもあるだろう。

 それ以上にウロボロンに来て右も左もわからない状況から抜け出すには情報がいる。

 

 仮面のせいで視野が悪く「あそこになにがあるの?」「あれはなに?」と聞きやすくしていたとしたら。


「腐っても調合師だもの。商売道具である両手を無闇に傷付けるなんて馬鹿な真似しないと思ったの。」


 セントは自分の調合した薬で中毒者を増やし衰弱して死んでいく様を見るのが好きな快楽殺人者だ。

 自分の作る薬にプライドがあるだろうし、自信も持っていたはず。


 そこでハオが取っ替え引っ替えしてる女達に一つ、噂を流した。


『バラ病は空気感染だ』と。

 

 噂話は女の好物。

 すぐに廃テマエ全区に広めることが出来た。


「そう言えば絶対に触ろうとしないし、感染者に近づく事もないでしょ?」


 ウロボロン市民は病気に敏感。

 バラがなにか分からなくても病気の蔓延は信じるだろう。そんな姿を見れば、バラの花弁を吐いて死ぬなんてあるはずない病気でも、セントは信じる。


 そして思った。

 絶対に未知の特攻薬を欲しがるだろうって。

 

「セントとシュリーが新興宗教バラ喰いを潰しに乗り込んでくるところまで全部、計画通り。」

「信じられない……。」


 これだけ話しても信じて貰えないなんて、役者冥利に尽きるというもの。ネムは小気味良くバラの花弁もどきを手の上で転がして遊んだ。


「不織布はニーダ邸でたまに使ってたし、面白いと思ったのよね。」


 不織布はサルザ死亡後に屋敷を訪れた時、見つけた物で頂戴した。

 

 ほとんどの調度品、衣服、高級な布等の金になりそうな物は盗まれた後で、屋敷は荒らし尽くされていた。

 元職場の無惨な姿に胸を痛めていた時、安価で大量生産出来るこの不織布だけはごっそり残っていたのを見つけたのだ。


「これを何枚も重ねて解体用の圧縮機、プレス機でこうギュッとする……」


 両手で包んで両方から力を加える。


「あんたが食べた薬になる。」


 開いた手に乗っていたのは、シュリーが食べた薬と同じ物。一円玉サイズのタブレットだ。


「どうなってるの!?」

「ただのマジックよ。さっきの花弁と持っていた薬をすり替えただけ。」


 更に花弁を一枚両手に閉じ込めると次の瞬間、タブレットに変わった。


 ネムは調子に乗ってどんどんタブレットを増やす。

 それを横で見ていたロカの表情が比例するみたくどんどん曇っていく。


「俺、それもう食わねぇからな。」

「あら、話が早いじゃない。ほらこれ食べて。」


 嫌がるロカにタブレットを一つ渡す。

 

「俺食べないって言った!」

「今回は一粒だけよ。」


 降臨の儀でバラ病を偽った時、ロカはこのタブレットを五個いっぺんに口に入れていた。どうやらそれがトラウマになっているらしい。

 

「ヤダ! 食べない!」


 元々、バラ病患者役をチッチにするつもりだった。

 うちの男性陣に演技なんて無理だから。

 

 だが、残念ながら過保護な兄のチャチャがそれを許してくれなかった。「そんな得体の知らない物を食べさせるな」と言わんばかりに睨まれ猛反対。

 

「なんでそんな嫌なの。手紙は食べるくせに布を食べれない意味が分かんないわ。」


 仕方ないからロカに食べさせてみたら意外と良い顔をした物だからそのまま舞台にあげた次第だ。

 

「それ死体の匂いが染み付いてる。腐った肉の匂いがするからヤダ!」


 それに関してはぐうの根もでない。

 解体用の機械を使った弊害だ。

 

「だから二十五個で作るの辞めたんじゃない。臭すぎて部屋に置くなってロカが騒ぐから!」


 あんまり考えないようにしていたけど店長曰く、機械は血塗れで匂いが染み付いてしまったのだろうとの事だ。衛生なんてありゃしない。


「まぁ、これの効果はあんたが食べた通りよ。圧縮タオルと同じ原理ね。」


 置いてけぼりを食らっていたシュリーに話を戻し、咳払いを一つ。前世では百円ショップにも売っていた少量の水をかけると膨らむタオルと同じ、唾液で開花する偽物のバラの花弁の出来上がり。


「信じられないけど、信じる……。」


 口の中で物がどんどん膨らむなんて経験のないウロボロン市民にとって恐怖体験以外のなにものでもなかった事だろう。


「ねぇ、一つ聞いてもいい?」

「どうぞ。」

「あんた達、セントと私からお金盗む為だけにこんな大掛かりな嘘を用意したわけ?」


 金が欲しいなら暴力で奪えばいい。

 ここに居るメンバーならそれが出来ただろう。

 それなのに、こんな手の込んだ嘘を吐く理由がシュリーにはわからない。


「だってその方が面白いじゃない。」


 理由? そんなものない。

 恍惚に微笑むネムは悪神よりよっぽどタチが悪いだけ。

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