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20 悪神カリは狂気を好む

 赤を吐く青年はロカ。

 熱演する少女はチッチだ。


 ロカの口から大量に吐き出されたバラの花弁は群衆の阿鼻叫喚を嘲笑うように優雅に舞って床に着地した。


 舞台上は赤、赤、赤、赤、赤、赤。

 大量の赤。


 ロカはゼェゼェと肩で息を吸っては口から花弁を吐き出すの繰り返し。顔色はどんどん悪化し、意識も朦朧としている。


 彼の命は風前の灯火。

 もう長くは生きられないのでは思われる。


 バラ病は空気感染する。

 脳裏によぎる不安は群衆を立ち上がらせ、津波を作った。我先にと出口へ走り出そうとする中、悪神だけは笑っている。


『アヒャヒャ。なにをそんなに恐れている。我は悪神カリぞ。対価を支払った者の願いを叶える。』

 

 その豪胆な物言いは今や救い。

 舞台の上に視線を戻した悪神は床に落ちた花弁を一つ持ち上げるとわざと皆に見えるように口の中へ入れた。


「自殺行為だ……」


 群衆の誰かが発した。

 しかし、そんな心配は杞憂に終わる。


『まぁまぁの味だな。』


 悪神は美味しそうに唇を開けたまま咀嚼する。

 静まり返る室内に生き神の咀嚼音だけが響く。

 目の前で起こる事全てを、理解できない群衆。


 クチャ、クチャ、クチャ……。


 悪神は落ちている花弁をもう一枚、口に入れた。

 歯の隙間から見え隠れする赤。強烈な赤だ。


 クチャ、クチャ、クチャ、クチャクチャ……。


 耳に蔓延する咀嚼音はまるでバラの棘。

 触れる者皆傷つける。それでも薔薇の美しさについ、手を伸ばしてしまうのだ。


 クチャクチャクチャクチャ……。


 だらしなく、いやらしい咀嚼音。

 こんな事、いっかいの娘に出来る芸当じゃない。

 群衆は思う。


 ならば、目の前にいるのは、やはり。


 クチャクチャクチャ、ゴクン…………。


 やはり、悪神、なのか?

 

 その場に居合わせた全員が目の前の光景に釘付けになっていた。


 半信半疑と疑った儀式が本物だと理解した瞬間だ。

 悪神は花弁を飲み込むと同時に口から赤く小さなタブレットを吐き出した。


『これを食べろ。』


 死にかけのロカの口に赤い何かを放り込み、飲み込ませた。するとロカの顔色は徐々に回復し、咳き込む事もなくなっていった。


 時間にして僅か五分ほど。

 ロカは自ら立ち上がり、歓喜を身体で表した。


 「奇跡だ……」


 周りの群衆も驚きの声と拍手を同時に悪神へ送った。


 奇跡だ、奇跡だ、奇跡だ、奇跡だ、奇跡だ!


 歓声を浴びる悪神は胸に手を当てて、皆に祝福の笑みを溢した。その姿はまるで、まるで……。


「信仰するに相応しい神々しさだ。」


 沸いた言葉は皆の共通認識となる。

 平伏し、崇め讃える。

 どうか、自分も救ってくれと懇願する。


「お待ちください。騙されてはいけません。」


 綿飴みたいな声がした。

 後方、フードで顔を隠していた五人が一斉に姿を露わにしたのだ。その正体は。


「私達、新興宗教マリアの名において断言致します。これは歴とした詐欺です。」


 マリアの信徒が三人。

 聖母シュリー、それから仮面男セントだ。


「バラの花弁なんて最初から口に仕込んでおけば良い。こいつらは自作自演で金儲けしてるだけだ。」


 なんとも大きなブーメンを飛ばすセント。

 それだけ切羽詰まっているのだろう。


『アヒャヒャ、アヒャ、アヒャヒャヒャヒャ!』


 貶されているにも関わらず、悪神カリは醜く笑う。

 親指と人差し指で輪を作り、その穴から五人を覗きこむ。

 

『あーー、ブザマブザマ。』

「なにがそんなにおかしいのですか?」

『神なんて信じていない聖母に金づる信徒を薬物中毒者(ジャンキー)にする事しか考えていない男。たった今、対価としてバラ病を治した我とどちらが詐欺なのか。』


 シェリーの追撃も悪神カリは小石を蹴る如く一蹴する。観衆の目は新興宗教マリアに向く。


「そんな事ありません。私は神を信じております。」


 同情を誘う涙は見事。

 ただ、相手が悪かった。


『ではなぜお前はそんなに頭が高いのだ?』

「……はぁ?」

『我は悪〝神〟カリなるぞ。お前が讃える神なのだ。信じるべきだよなぁ? お前が一番に崇め奉るべきだよなぁ?』


 だってシェリーはどんな神を信仰しているかなんて一言も言っていないから。それなら、悪神だって信仰の対象になるだろう。

 

「お前が神であるはずがありません!」

「そうだ。お前はただの詐欺師だ!」


 シェリーとセントが共に否定を口にした瞬間、悪神カリは身の毛もよだつ怒りを露わにした。


『ジャンキーから巻き上げた金で宝石やらドレスやら豪遊三昧の女。人間を薬漬けにして壊れていく様を見て喜ぶ快楽殺人者が。ほざきよって。』


 悪神はその瞳で真実を見抜く。

 シェリーの瞳からは涙が引っ込み、動揺するように蒼い目玉がゆらゆら揺れた。


 その表情を見ただけで、悪神はニッコリと満面の笑みを浮かべた。


「う、嘘つかないで!」

『なぜ偽る?』


 愉快愉快、そう言いたげに。

 悪神の瞳は弧を描く。

 

「なぜって……。」


 黄金瞳の奥は黒い。

 常闇が迫ってくるようで、シュリーは言葉を噤んだ。

 

『ここはウロボロンぞ。欲望と快楽が支配する場所。』


 別に悪い事じゃない。

 騙される方が悪い。

 そうだろ、と群衆に問いかける悪神。


『金は持ってる奴から奪え。湯水の如く使え。欲望と快楽のままに生きろ。それのなにが悪い?』

「な、にがって……。」

『採算なんて来世の自分に任せてしまえ。』


 新興宗教マリアは知らない。

 分かっていない。

 天界に住まう神は平和と規律を押し付ける。

 地下に住まう神は、


『ここにある幸福に溺れちまえ。傲慢に独善的によがり狂えばいい。』


 その声で、甘い吐息で、脳から理性を取り除く。

 そして……引き摺り込む。


『好きなものは全て手に入れろ』


 何処に?


『嫌いな物は全部他人に押し付けろ。』


 どこに……?


『今世ぐらい楽に公害振り撒いて生きようぜ。』


 二度と出れない地獄の扉は開かれた。

 悪神は救わない。


『怒り嫉妬苦しみ悲しみ全部取っ払って狂い踊れ!』


 地獄に堕ちたら最後。

 魂を喰われた群衆は完全に悪神に平伏する。

 有り金と己の寿命をあっさり引き渡してバラ病を治す薬を懇願した。


 シュリーの静止なんて耳を貸す者はもういない。

 我先にと悪神カリの前に列を成す。

 それでも先頭をかけて殴る蹴るの乱闘騒ぎ。

 狭い室内は壊れそうなぐらい震えた。


「お、俺の寿命十年と一千万セリル出す!」


 シュリーより先に堕ちたのはセントだった。


「だからバラ病を治す薬を有りったけくれ。」

「ちょっと、セント! 馬鹿言わないでよ。」


 屈強な三人の信徒を盾に、列に割り込み先頭に踊り出たセントは持っていた鞄から現金を舞台上に置いた。


『駄目だな。』

「何故だ!?」

『対価が見合っていない。』


 自信満々のセントをあっさり振ってしまう悪神。

 親指と人差し指で輪を作り、その穴からセントを見つめる。


『お前の寿命、もうそんなに残ってないぞ。』

「そ、そんな訳ないだろ!」

『いいや。間違いない。』

「嘘だ。嘘に決まってる。やっぱり金が目当てなんだな。だったら、力づくで奪い取ってやる。」


 そう言うと三人の信徒が舞台上に上がり悪神を囲んだ。


「悪神を降臨させたなんてほら吹きが。身体はただの娘だろ。少し痛い目に遭わせて薬の作り方吐かせてやる。」

『アヒャヒャ。いいねぇ〜。そう来ないと。』


 騒めく室内。

 殺気立つ舞台。


「やっちまえ!!」


 信徒三人が同時に襲いかかる。


『でも、我が相手してやるまでもない。』


 そう言うと笑っていた悪神カリは、ロカに向かって右手で合図を出した。


『命は取るなよ。面白くなくなる。』

「了解。」


 その動きは一瞬。

 ロカは襲ってきた信徒をその極上の身体能力を使って制圧してみせた。どれだけ三人の信徒が屈強であっても、ロカは軽々とそれを上回る。


 圧倒的な力の差、まるで化け物だ。

 悪神の眷属、悪魔と呼ぶに相応しい。

 赤い瞳が蝋燭の灯りに照らされて更に赤を帯びる。


「そ、んな……。」


 悪神と悪魔の金と赤の瞳がセントに向く。


『もう終わりか?』


 舞台に立つ二人は圧巻。

 つまらないと漏らしながら、悪神は悪魔の頭をふわふわと撫でる。その様子は息するのを忘れるぐらいに優雅で、邪悪。


『じゃあ、今度は我の番だな。』

 

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