19 バラ病
ネム達が暗躍を始めてから数日が経った。
最近のウロボロンはどこか鳴りを潜めている。
流行り病が蔓延しているからだ。
その名は『バラ病』
口からバラの花弁のような物を大量に吐き出し、死に至る様からそう呼ばれるようになった。
発生源は不明。
特にバラ病が蔓延しているのが廃テマエ地区全土。
噂によれば薬物依存率が高ければ高いほど感染率も高くなるらしい。廃テマエ地区で流行するのも頷ける。
致死率は五分。
最悪なのが空気感染であること。
「お待ちください。神は必ず私達を導いてくれます。」
「うるせぇ!」
このバラ病で名前が急上昇し、急降下した団体がある。
それは新興宗教マリアだ。
急上昇したのは聖母シュリーがこのバラ病を予知していたから。そして幸運になれる薬物を販売していたから。
聖母シュリーは言った。
『この薬を飲めば幸運に恵まれる』と。
バラ病が蔓延し始めた当初、大量の人が新興宗教マリアに押し寄せ、幸運になれる薬物はかなり高値で取り引きされるようになる。
新興宗教マリアは相当な儲けを出しただろう。
まさに幸運。大豪運。
しかし、そんな幸運も長くは続かなかった。
「てめぇらの虚言に付き合いきれねぇ。もう何人も信徒が死んでるじゃねぇか。」
薬物を使用していた信徒が次々に倒れ、新興宗教マリアの信用は地に落ちてしまったから。今や信徒は薬物漬けの廃人が指折り数えられる程度。
信用を回復するには?
信徒を増やすには?
バラ病を殺す薬物を作る。
もしくは、バラ病なんて気にならないぐらいぶっ飛ぶ薬を作るしかない。
仮面の男もとい、薬物調合師セントは頭を抱えていた。
「降臨の儀が始まるらしいぞ。」
時に病と言うのは実に儲かる。
金にうるさいウロボロン市民でも自身の生死が関わると話は別。誰だって薬を買うために金を出す。
「場所は?」
「廃テマエ四区の黒い建物らしい。」
「探せ。何としても薬を奪え!」
こう言う流行り病が発生すると大概は新興宗教というものが勝手に立ち上がる訳だが。
『バラ病に勝つ。新興宗教〝バラ喰い〟』
ここにも一つ。
話題の病『バラ病』に打ち勝つ神が現れたらしい。
違法に違法を重ねて一般的となった建築物の一つ。
その娘は笑みを振り撒いていた。
「お初にお目にかかります。」
闇にパッと大きく咲く緋色。
赤髪を高い位置で一つに結び、黄金のビー玉瞳で満面に笑う娘は綺麗なお辞儀をして見せた。
「お集まり頂き、誠にありがとうございます。」
それは貴族のよう。
まさに泥中の蓮とは彼女の事。
犯罪、欲望、混乱が渦めく違法都市に似つかわしくない。それでも、彼女は楽しげに笑う。
「私は、ネムと申します。」
なんせ彼女は根っからの役者だから。
「降臨の儀の最終準備を致します。」
おずおずと開かれた口から出た声は、飴のように甘くコロコロと暗く狭い室内に響く。
「もうしばらくお待ちください。」
こじんまりのした室内に設けられた舞台の床には意味深な五芒星の陣が描かれている。その星の先端五つに置かれた蝋燭にネムは火を付けた。
準備は整った。
騒めく観客に目をやる。
舞台に立つと観客席は思いの外よく見える。探し人が見つかるぐらい眺めがいい。
ひっ迫し助けを求める最前列。
面白半分に集まった野次馬集団。
出入り口に近く、舞台から一番遠い場所にフードで顔を隠した大人が五人。
舞台に集まる瞳は口以上に物をいう。
期待をこちらに向ける。
『裏切ってくれるなよ』と、言いたげに。
――もちろんよ。舞台に立つ責任が果たすわ。
ちょうど探し人も見つけた事だね。
舞台袖にはチッチとロカ。
唯一の出入り口にはチャチャと店長。
販売ブースにはハオ。
全員総出の大芝居。
さて、開演と行きましょう。
「今より降臨の儀を取り行います。」
ネムの瞳から色が消えた。
誰もそんな事は気にしない。
腐った世界は人も腐敗させていくらしい。
皆、早く儀式を始めろと騒ぎ立るだけで娘を気遣う者は誰一人としていない。
異様な光景が広がる。
灯りは五つの蝋燭だけ。
薄暗く、ネムは五芒星の陣の中で祈るように座った。
静まり返る室内。
ネムは呪文のような言葉を繰り返す。
「どうせハッタリだ。こんなしょうもない物に騙されるな。」
客席から一つ声があった。
それを皮切りに数人の大人が口々に罵る発言を繰り返す。
「なにがバラ喰いだ。詐欺に決まってる。」
「騙されるなよ。金が目当てだぞ。」
じゃあなんでここに来た?
そう言いたくなるがいつの時代もどんな世界にもクレーマーはいるだ。それに今回はこのクレーマーこそがターゲット。
――集中しろ。私は誰だ?
――悪魔に対価を払え。
――呼び寄せろ!
ネムが五芒星の陣の中で突然倒れた。
儀式は失敗に終わったと思われたその時だった。
五つの蝋燭が同時に揺らめいた。
この部屋に窓はなく、風が通り過ぎるなんてありえない。小さくなった灯りが元の落ち着きを取り戻すまで数秒。
暗がりの中、なにかが目を覚ました……。
『お黙りなさい。』
たったの一言。第一声。
それだけのはず、なのに……。
電撃が走る衝撃。
肌が、全身が、粟立つ。
室内の空気の色すら変わったんだ。
例えるのなら、疑惑と不安の青から誘惑と魅力のピンクへ。
舞台に立つ娘が、変えたんだ。
誰が観ても変わったと分かるほどに。
髪も瞳も着ている服も一緒なのに、纏う雰囲気がまるで違う。娘ではない女がそこにいる。
そんなわけがない。ありえない。
経過した時間はたったの数秒。
祈りを捧げていた娘がいないわけがない、のに。
『誰が我を呼んだ?』
飴玉みたく甘いコロコロした愛らしい声は枯れた。
そんな可愛い物じゃない。
欲望掻き立てるサキュバスの囁きのそれ。
甘ったるく絡み付きドロドロと堕落へ引き込む。
『我を呼んだからには対価を払う準備は出来てるんだろうな?』
ゆっくりと錆びついた機械みたく立ち上がる姿は異質。人間の動きをしていない。まるで、まるで本当になにかに〝取り憑かれた〟みたいだ。
『まさか、我を知らずに呼び寄せたのではあるまい。』
ギロリと光る黄金瞳。
客席がたった一人の娘の目力に負けた。
さっきまで嬉々としてクレームをつけていた大人達はどこへ行ったのか。そう思うぐらい室内は静まった。
『我は悪神カリであるぞ。』
信じれば救われる神を祀る新興宗教マリアに対し、新興宗教バラ喰いは、対価を払い望みを叶える悪神を呼び寄せる悪魔信仰である。
誰だ、あれを神など称したのは。
あれは地獄に棲まう悪魔そのもの。
傲慢と快楽と欲望の限りを好む者。
簡単に言葉を言葉を吐き出す事は許されなかった。黄金の瞳に見つめられ、客席の誰もが穴の空いた笛みたく微かな空気を出すので精一杯。
額から冷や汗が噴き出す。
感情が抉り取られるみたいに。
そんな中、果敢に飛び込む愚か者が一人。
「カリ様、救って頂きたい者がいます。」
黒いフード付きのマントを羽織った子供だ。
悪神に懇願する声から察するに少女。
「あたいの兄がバラ病にかかったのです。どうか、どうか救って下さい。」
もう一人が舞台袖から出てきた。
白銀の髪に赤い瞳が印象的な青年。
彼の顔色は誰が見てもわかるぐらい酷い。
目の下のクマは濃く、目は焦点は合わない。
凍えるぐらい寒い室内で全身から汗を吹き出す。
両手で抑えられた口からは時折、呻き声が漏れ出ていた。
一人では歩けないらしく、妹の肩を借りてヨボヨボと足を引き摺っている。
『なにを支払う?』
この悪神はタダではなにもしてくれない。
「あたいの寿命を十年。それから有り金を全部。」
差し出した金はおおよそ百セリル。
子供にしてはよくここまで集められた物だ。
『ふむ。どれどれ。』
悪神は親指と人差し指で輪を作り、その穴から妹と青年を覗きこんだ。
『良いだろう。対価として認めてやる。お前、口の中にある物を吐き出せ。』
悪神は青年に向かって右手で指差した。
『対価として我が助けてやろ。』
悪神の言葉にバラ病患者は両手で覆っていた口を開放し、勢い良く咳き込んだ。
「ゲボォ、ゲボッ、オゲェェェ。」
ひらひらと、ひらひらり。
青年の口から赤が舞った。
バラの花弁が大量に吐き出された。
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