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02 演じてみせるが、あわよくば穏便に帰って欲しい

 雷に打たれたような強い衝撃だった。


 顔の左に走る痺れ、口に広がる鉄味。

 頬を打たれたんだ。いや、それよりも衝撃的だった。


 過去の自分をまさか、こんな局面で思い出すとは。

 今、まさに私は――。


「おい、ブス。屋敷の人間はこれだけか?」


 ――殺されかけている。


 なんで、どうして?

 ここは安全なんじゃなかったの?

 

 死体なんてウロボロンでは見慣れたものだが、ここまで積み上がると恐怖で思考も纏まらなければ、言葉も出ない。出ない言葉の代わりに頭を震えに任せて上下に振ってみせた。


「…………おかしい。」

 

 積み上がった死体の山の頂点に座る男こそ、この惨状の張本人。武器は短剣たったの一本。屋敷の窓から刺すネオンサイン頼りの室内では表情は分からない。それでも、血で染まったような大きな紅い瞳だけはしっかりと見てとれた。猫みたいに夜目が効くのか男はこちらを捉えて離さない。


「いるはずなんだ。ブス、知らない?」


 知ってるはずないでしょ。

 言い返したいが、声にすれば確実に殺される。

 あっさりと、それはもう簡単に。


 屋敷には家主と商人が合わせて二十人ほどいたはず。その中には腕に覚えのあるガードマンだっていた。それなのに、今は死体の山に埋もれている始末。


 次元が違う。

 背を向ければもう命はないと分かる。


 まるで蛇に睨まれた蛙のよう。

 蛇は余裕綽々で、咥えたタバコを吹かせ短剣を投げて遊び始めた。


「俺ぁ気が短ぇから、そう長くは待てない。いつもそれで怒られてんだ。」

 

 どうすればいい、なにを言えばいい。


 ――どうすれば、生き残れる?


「ブス、なに笑ってんだ?」


 どうやら、私は生きたいらしい。

 前世であんなに死にたがっていたのに。

 今世だって救えないクソみたいな都市に放り込まれて、毎日びくびくしながら屋敷のメイドとして息を殺して生きてきた。


 それでもまだ、死にたくないと思っているらしい。

 この馬鹿みたいな執念を笑えないはずないじゃない。


「知ってるわよ。」


 いるはずと言った。

 知らないかと言った。


 探してるんだ、人を。


 この屋敷にはもう、私しか残ってない。

 ならば――。


 ――演じてやるわよ!!


「ブス、嘘じゃねぇだろうな。」

「ええ。」

「嘘だったらぶっ殺す。」

「殺したら永遠に会えないでしょうけど、いいの?」


 メガネ越しに挑発する視線。

 翼を羽ばたかせたみたいにふわりと立ち上がった。

 もうそこに、メイドの女なんていない。


「…………ブスのくせに調子乗りやがって。」

 

 急変した態度に男は投げて遊んでいた短剣を強くに握りこちらへ向け、立ち上がった。

 死体の山を器用にピョンと跳ねて降りてくる。彼の間合いに入れば後はない。


「さっきからブスブスって。調子乗ってるのはそっちでしょ。」


 軽く殺せる女と思わせるな。

 この場の絶対的支配者は誰なのか、思い知らせろ。

 

「…………はぁ?」


 男との距離は人間五人分。ここまでこれはお互いの容姿がよく分かる。

 

「ブスに見せたのよ。でも、気がつくと思ってんだけど、検討違いだったかしら。」

 

 ここはなんでもありの犯罪都市ウロボロン。

 可愛い、綺麗、美しいは武器にならない。それらを持つものは真っ先に誘拐されレイプされて花街に売られるのが落ち。碌な目に遭わない。


 だから隠していたのよ。

 あまりに目立ちすぎるから。

 ただ、今はこれが武器になる。


 メガネは放り投げた。

 黄金のビー玉瞳がよく分かるように。

 

 メイド帽子を外せば珍しい赤髪が露わに。

 

 顔に塗ったそばかすと目の下の分厚いクマを腕で強引に掻き消した。


「お前……、何者だ?」


 思わせろ。会いたいのは私だと。

 私で違いないと言わせてやれ。


 ――それは一体、どんな女性?

 ――ああ……、いるじゃない。


 彼女の指先は男を一直線に指差した。

 声にもう、震えはない。


「テストにも合格出来ない駄犬はいらないの。」

「テスト、だと?」


 私に期待する人はいない。

 私を知ってる人はもう誰もいない。


 ――吐き気はない。


 ここはウロボロン。

 全ては自己責任。騙された方が悪いし、盗まれた方が悪い。殺された方に問題があり、最後に笑った奴が勝者。


 単純明快、毎日が狂喜乱舞の大宴会。

 そうさ、ここは自由の都市。


 ――私が求めてやまなかった楽園よ!!


『だって、その方が面白いじゃない。』


 傲慢、高貴、支配。

 そんな言葉が似合う大人の女性。

 

『私に会えて嬉しいでしょ?』


 ――ここでなら演じきれる!


『私がアンタの全部を使ってあげる。』


 男はなにも言わずにどんどんこちらへ迫ってくる。

 ここで引いては彼女に成りきれない。心臓を騙して背筋をピンと張ったその時、頬の横に物凄い風が通り過ぎた。


 短剣が飛んできたんだ。

 あと数ミリ横だったら間違いなく刺さって死んでいた。


 ――やっぱりダメ、なの?


 嘘だとバレた?

 それとも私では、彼女を演じきれなかった?


 思考はぐるぐる。爆発寸前の心臓。背筋を通る汗も何もかも気取らせない。まだ、死んでない!


 その間にも男はどんどん迫ってくる。

 男との距離は片腕分。完全に男の間合いだ。


「お前があの手紙の差出人か?」

「そうよ。」


 こよなく自由を愛する彼女なら、きっとこう言う。

 本当みたいな屈託のない笑顔で、軽やかに嘘を付く。


「……名前は?」

「手紙に書いたでしょ。」

「俺ぁ字が読めねぇ。」

「はぁ? じゃあどうしてここに来たのよ?」


 間近で見る男はまだ若かった。それでも鋭い瞳とスタイルの良さで大人びて見える。白銀のボサボサ髪は手入れなんて縁遠く、あちこち返り血で塗れていた。


「鳥が書いてあった。」


 脳が焼き切れるほど回転させた。意味不明だ。

 まるで十秒以内に答えないと死ぬクイズをさせられてる気分。


「家紋のことかしら?」

「そぉー、それだぁ。」


 男はニカッと笑った。

 びっくりした。まるで自分とそう変わらない歳に見えたから。いや、この感じはまるで、ではなく当たりなのではないだろうか?


 ――…………ん? おかしい。


 家紋が鳥なんて山ほどある。字が読めないと言った。

 この屋敷の家紋はカラスだが、ワシやフクロウなんかもある。字が読めないなら探している相手の名前すら分からない。もしかして、この男。


 手当たり次第に鳥の家紋の屋敷を殺し回ってる、なんてことは……、流石にないか。


「前の鳥の家は男ばっかで全員殺すの大変だぁ。今日会えて嬉しい。」

「嘘でしょ。」


 まさかこの屋敷や家主ニーダの事をなに一つ知らないで皆殺しにしたなんて。信じられない。


「ここで、何軒目?」

「ええーー、さぁー?」


 男は事の重大性を一切理解していないらしい。

 咥えていたタバコを捨て、ニヤリと笑った口元から覗く八重歯が狼みたく獰猛で、全身に寒気が走る。


「それで、俺ぁ合格?」


 それでも男は待ってはくれない。

 私の両肩に腕を置き、引き寄せられる顔はタバコ一個分の距離。今すぐに逃げ出したい気持ちに駆られるのをグッと押し込める。鳥肌を隠せる長袖のメイド服で良かった。


「テストは合格だよね?」

「近い、離れて。」

「合格、だよね?」

「…………。」


 不合格とは言えない圧に負け、「そうね」と返した。


「嬉しい。嬉しいなぁ〜。」


 最初の殺戮の限りを尽くした男と印象がガラリと変わった。これが本来の性格なのだろうか。

 男は完全に手紙の主が目の前にいると確信したらしく、ホッとした。


 殺される確率はだいぶ低くなったはず。

 後は大人しく帰ってくれるのを待つだけ……。


「これからはずぅっと一緒だねぇ〜。」


 こいつ、今、なんで言った?

 

「…………え、どういう、事?」

「手紙をくれたって事はあんたは俺のこと好きってことだろ。俺もあんたの顔好きぃー。」


 やばい。

 こいつはマジもんのやばい奴。

 

「好き同士だから、俺を飼ってくれるよね?」

「さっぱり意味わかんないんだけど!?」

 

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