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17 幸運ガール

 『廃テマエ四地区。』

 そこは薬物溢れるゾンビタウン。


 何種類もの薬物が混じった空気が蔓延する。

 そこにあるのは電球の切れた街灯なのか、立ち固まった人間なのか、薄暗くて特定出来ないイカれた地区。


 悲鳴と奇声と発狂が仲良く轟き、海が見れなくてもここに来れば黄ばんだ海水と独特の臭いを放ち、ねっちょりと足裏に付き纏う砂利が観れるだろう。

 おまけに転がったエキストラ達は口から泡を出して迎え入れる歓迎ぶり。


 違法に違法を重ねて合法と化した密集住宅の窓からは常に煙が湧き出し、辺りは霧と見間違うほど視界が悪い。


 はっきり言って最悪だ。

 副流煙も大概にしろ。

 

 そんな願いが通じたのか、今回のヘルドッグによる強制無差別殺人イベントの対象区に抜擢されていた。


「ネム……、俺ぁもう、無理、かも……。」

「何言ってんの。あと少しなんだから頑張って。」

「あ、い……。」


 ほぼ野犬のロカは耳だけでなく鼻も良く、ここの空気は相当身体に合わないらしい。マスクを二重にしても『廃テマエ四区』に入って五分で根を上げた。


「ネムー、まだぁ〜。」

「あ、あった……。あそこだ。」


 指差したのは広場にポツンと立つ、白いテント。

 サーカスでもやるのかと思うぐらいの大きさ。

 入り口にはゾクゾクと人が吸い寄せられて行く。


 不思議なのは、テントに入る全員がワンポイントで白いアイテムを身に付けている事だ。


 白いハンカチ、ヘアピン、それにネクタイ。

 こんな汚い地区とは無縁のような人間も中に入っていく。


「ハオさんから貰った情報通りね。行くわよ、ロカ。」

「あいよー。」


 ハオから貰っていた情報通り、このテントに入るには白いアイテムを身に付けないといけないらしい。

 

 ネムは白いカチューシャを。

 ロカはなにも持っていなかったので仕方なくマスクにタバコを二本挟んで誤魔化した。


 テントの前に立つ警備員の男に睨まれはしたものの、なんとか無事、二人とも中に入ることが出来た。


「お集まりの紳士淑女の皆々様。」


 テントの中はサーカスと同じように中央にあるステージを取り囲むように客席が設けられている。ステージの端に複数置かれたお香のせいでテント内は外より一層甘い香りに包まれていた。

 

 ネム達はテントに入ってすぐの目立たない一番後ろの席に腰を下ろす。


「お集まりいただき誠に光栄至極の限り。今日という日が幸運になる事をお約束致します。」


 ステージ上には二人。

 口上を述べる白いスーツに身を包んだ仮面男。

 そして聖母マリアを思わせる修道女。

 彼女は祈りを捧げるように両手を組み、俯いているせいで顔が一切見えない。


 今回の目的はこの二人だ。


「皆様のお目当てであろう女神がこちらにおられるシュリーでございます。」


 仮面男が修道女を指差す。

 紹介されたシュリーはようやく顔を上げた。


 亜麻色の髪。

 スカイブルーの瞳。

 端正な顔立ちは絶世の美女と呼ぶに相応しい。


「彼女は神に愛されし存在。」


 客席から上がる感嘆の吐息。

 辺りの臭いで気絶寸前だったロカですら顔を上げた。


「その証拠に死の危機を幾度と乗り越え、つい先日のヘルドッグの襲来すら無傷で乗り越えたのです。」


 上がる歓声。

 連呼される『女神様』コール。

 仮面の男は勢いに乗る。

 

「廃テマエ地区は全四区からなる大きな地区。ヘルドッグの襲来でここに住まう人間のおおよそ七割が殺されました。」


 ブーイングは嵐。

 巻き起こるはボルテージ。

 薫りはベルリア。


「生き残った三割の人間も無傷では居られなかった。そんな中、たった一人。たったの一人、ここにいるシュリーだけがこの通り。傷一つなく、神々しく生き残ったのです!」


 期待と羨望はその女の肩に乗る。

 重さを感じない足取りで立ち上がった。

 民衆に答えるかのようにシュリーは口を開いた。


「私は神に使える身。残念ながら女神ではありません。ですが、皆々様に神のご加護が在らんことを祈りましょう。」


 綿菓子みたいに甘く余韻なく溶けてしまう声。

 愛らしく微笑む表情。

 身体全てで表す慈愛。


「私は時折、神より啓示を受けます。そのおかげで奇跡的にも命の危機を回避する事が出来ているのです。」


 純白は穢れることを知らない。

 神を盲目的に愛し信仰する力は偉大なり。

 そう強く訴えるシュリーにネムは落胆のため息を吐く。


「クソったれね。」

「クソ? あの女尻にクソ付いてんのか?」

「…………そんなとこ。」


 こちらの野犬にも同じくらい落胆した。


「本日、こうしてお集まり頂いたのには理由があります。先日、神より天啓を受けたのです。」


 ステージではシュリーが演説を続けている。


「この先も、大きな災いが起きる可能性があると。」


 シェリーの言葉にざわめき立つ客達。

 仮面男が「静粛にお願いします」と声を張るも会場は波紋のように音が大きくなる。こうなってしまうと客同士が暴れ出すのも時間の問題。その時だった。


「皆々様。どうか、どうか落ち着いて下さいまし。」


 一筋の涙が会場を制圧した。

 流れる涙はステージに立つシュリーのもの。

 蒼い瞳から耐え切れなくなって溢れ落ちた涙は息を呑むほど美しかった。


「まだ、希望はあります。どんなに辛い状況に陥っても皆々様を助け、幸運を運ぶ事が出来ますように。新興宗教マリアを立ち上げました。」

 

 シュリーが声高らかに張り上げるとステージの後方からシュリーと同じような白い祭服を身を包んだ男女が次々に現れた。状況から察するに彼らは皆、この宗教の信徒なのだろう。


 微笑むシェリーは更に続ける。


「今すぐに会員になられますと入会費五万セリルのところなんと、五百セリルでございます。更にこの幸運が訪れるありがたいタブレットを五錠差し上げます。」


 そう、この白いテントの正体は新興宗教を偽り荒稼ぎする詐欺集団なのだ。


 宗教に入会すると金が底を尽きるまで搾取され、借金を背負わされる。更にこの宗教団体の立ちが悪いところはあの幸運が訪れるありがたいタブレットにある。


 タブレットの正体は新種の薬物。

 仮面の男が薬物調合師らしい。

 

 巧みな話術と調合の腕で何人もの死人を出した事で最近ウロボロンに流されて来た極悪人だ。


 どういう経緯でシュリーと出会ったのかは分からないが二人は宗教に入会させ、薬物漬けにする事で金を毟り取っている。


 ここまでがハオのくれた情報。


 本来の目的はシュリーを丸め込み、こちらに引き入れた後、仮面男を騙して金を奪う作戦だった。芝居の出来る仲間を増やし、金も手にはある。


 まさに一石二鳥。

 そう思ってここまで脚を運んだが……。


「……帰るわよ。」

「あの女に話しかけねぇーのか?」

「いい。あれは駄目ね。仲間にしたくない。」


 そう吐き捨てるとネムはテントを後にした。


「おい、ネム。いいのか!?」

「言ったでしょ。クソったれだって。」

「でもよぉー。金持って帰らないとよぉー。ハオがそろそろやべぇ。最近笑いもしなくなったぞ。あれはやべぇ。」


 ロカに対するハオの圧が強くなったのは本当。ネムが交渉をした後ぐらいからだろうか。

 ロカにだけ真顔で見つめるようになり、あんなにお喋りだった人が一言も話さなくなった。


 音もなく近づき、じっと狙いを研ぎ澄ます。

 それは腹の減った蛇のよう。

 ロカが恐るのも無理はない。

 

 それでも、あの女は嫌だ。

 仲間に引き込むなんて論外。


「だってあいつ、役者のなんたるかをなにも分かってない。あんなの顔が良いだけの人形よ。いいえ、人形にも失礼だ。上部だけで取り繕った紛い物よ。」


 あんなに大きな(ステージ)を用意しておいて、大勢の客を入れて置いて、出来栄えが酷すぎる。


 修道女をするなら髪は全てベールに仕舞い込め。

 祈る手にロザリオを握れ。

 女神を信仰するなら銅像ぐらい用意しろ。

 そしてなにより。


「可愛いだけを全面に出して演じてる風なのが一番ムカつく。コネで主役取ったアイドルを見てる気分だったわ。」


 ああいう輩が一番嫌い。


「……でもそうね。金を騙し取るには打って付け。ちょうど災いも起こるみたいだし。」


 ニヒルに笑うネムにロカも釣られて無邪気に笑う。


「俺ぁなにすればいい?」

「ロカは……、実験台ね。」

「……どゆこと?」


 笑い続けるネムと引き攣るロカ。


「新興宗教を作るわよ。」

 

 二人は仲良く『廃テマエ四区』を抜け、我が家に向かった。

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