16 金もなければ役者もいない(後編)
「良いねぇ〜。ゲームしようか。どんな内容だい?」
カウンターに横並びで座るとハオは掛けていたメガネを少しずらしてこちらを見つめてくる。
まるで目の前の餌をどう絞め殺して遊ぼうか考えているようだ。
「簡単なゲームよ。今から十個、あなたの質問に答えるわ。でも私は全て真実を話すとは限らない。だから見抜いてよ、私の嘘を。」
メガネの奥から覗く翡翠の瞳が弧を描く。
指はカウンターをトントン叩きリズムを作る。
「嘘を見抜ければ真実を教えてくれるのかい?」
本心の全く読めないハオ。
瞳の奥は笑っていないのに、笑顔を決して絶やさない。
「いいえ。私は質問に答えるだけ。あなたは見抜いた真実だけを情報として売ればいい。あなたは心を読むのが上手いんでしょ?」
ロカが言っていた心を読むって言うのは相当な洞察力があるという意味だろう。
「あれはシロアカが子供だからだよ。俺にそこまでの能力はないさね。だから質問を十五個に増やしてくんない?」
今だって言葉巧みに自分に有利なように持っていこうとしている。本当に侮れない。
「十個。それ以上はダメ。」
「あらら、いけずな娘さん。まぁ十個で良いか。もう始めるよ? 全部答えてくれたらネムちゃんの欲しい情報をあげる。」
「分かった。じゃあ一つ目。」
ネムは両手を突き出し大きく開くと右手の親指をおった。
「そうさね〜、ネムちゃんの産まれはどこ?」
「知らないわ。どうせどこぞの女が金欲しさに産んだんでしょ。」
吐き捨てるネムに感情はない。
前世も含めて親運はなく、母親と思われる女の顔すら知らない。ウロボロンではよくある話。
「次、二つ目。」
続いて右手の人差し指指をおる。
「ニーダ邸はいつから働いてたの?」
「物心ついた時からね。」
右手の中指をおる。
「人を騙す技術はどこで教わった?」
「教わってない。人をずっと観察してきた賜物ね。」
「シロアカを知ったきっかけは?」
「ニーダ邸にロカが来た。」
「どうやってシロアカの飼い主になったの?」
「ふふふ、誘惑した。」
右手の指を全ておって拳になる。
質問の半分が終わった。
「なにか楽しい事でもあったんかい?」
「いいえ、なんでもないの。続けて。」
「そう。じゃあ遠慮なく。続きかー、あと半分ね。ネムちゃん嘘付く気ないでしょ。」
ハオはつまらなそうにカウンターに突っ伏した。
「そんなの分からないわ。もう嘘が混じってるかも。」
「ないね。嘘はない。」
断言するハオ。
ハオの言う通り、今回嘘を付く気はさらさらなかった。それでも『嘘はない』と言うところにロカと同じくハオへの恐ろしさを感じた。
「ほら、六個目。」
「そぉーさねー、この都市は好きかい?」
ウロボロンが好きか嫌いかなんて考えた事もなかった。改めて言われると難しい。
「…………分からない、わね。」
「じゃあ貴族になる気は?」
「それはないわ。そんなのつまんないじゃない。」
「アヒャヒャ、ネムちゃんらしいね。」
高笑いして、一呼吸おいたハオが真面目な顔をした。
「地上に出たいと思う?」
地上に行く方法はただ一つ。
都市の中心にあるエレベーター『天龍』に乗る。
ただ、平民はその権利がない。
過去に何人もの犯罪者、その子孫が『天龍』に乗ろうと画策したらしいが全て失敗に終わったと聞く。
理由はウロボロンという都市の地形が関係している。
中心にある『天龍』を山の頂上と例えると麓の平民地区までは信じられない程の標高があるのだ。
まず、平民と貴族が暮らす地区の間に二十五メートル程の標高差があり、更に貴族と『天龍』がある大貴族が暮らす地区の間にも同じくらいの差があるらしい。
つまりは平民地区から大貴族地区まで建物二十階程度の高さがあるわけで、正攻法で『天龍』に乗るために必要な大貴族の許可なんて平民が貰えるはずかないのだ。
貴族達は平民地区へ移動する術を知っている。
平民はその術を知らない。
これが現状。都市の闇だ。
現に、ここからじゃ遠すぎて『天龍』が動いているのかすら確認できない。それを踏まえて思う。
「今はいい。現実的じゃないもの。」
「アヒャヒャ、確かになー。」
「ハオさんは? 地上に出たいの?」
「俺はー、どうだと思う?」
質問を質問で返されても困る。
それに表情が変わらない相手の思想を読むなんて至難の業だ。ハオはそのぐらい自身のコントロールに長けている。
「知らないわ。でも私にお金が貯まるまではここに居てもらわないと困る。」
「こっちとしても借金返して貰わないといけないしね。ネムちゃんが望まなくてもいる予定だぜ。」
ハオはアヒャヒャとまた奇妙な笑い声を上げ、「借金の踏み倒しはよくないよ」と脅しとも冗談とも取れる言い方をしてくる。
「分かったから、次の質問を。」
「そーさねー、なんで俺のとこ来た?」
「どう言う意味かしら。」
やっぱり聞いてきたか……。
「ネムちゃんが欲しがってる情報なら俺のとこ来なくても良かったはず。金がなくても今みたいに自分の情報を売ればそれなりに良い情報屋からネタを貰えただろ?」
ハオの言う通り、自分の情報を差し出せば腕の良い情報屋から情報を買うことが出来ただろう。
でもそうはしなかった。
もちろん理由がある。
「ハオさんは私の情報を売らないと思ったから。」
「…………それは分からねぇぜ。」
ハオの笑顔の後ろから殺気が漏れ出している。
これは返答次第で首が飛ぶかもしれない。
蛇に絞め殺されるみたく、喉を通る空気が薄くなるのを感じた。
「私、ひとつカードを持ってるもの。」
「ほほーん。どんなカードがお兄ちゃんに教えてみ?」
ハオはニヤつき口角が上がる。
どれほどのカードかとても楽しそうに期待している。ネムはゴクリと唾を飲んで口を開いた。
「私が役に立つってこと!」
たった一言、自信満々に言い放つ。
「…………え、それだけ?」
この返答は予想していなかったらしい。
ハオが初めて笑顔を崩した。
「そう。それだけ。」
「アヒャヒャ、アヒャヒャヒャ!」
「だから先行投資でお願いします。」
「アヒャヒャヒャ、アヒャ、アヒャヒャ!」
これが今できる私の精一杯の誠意の見せ方。
金もコネもなんにもない。詐欺師としてやって行くには少しの情報だって売りたくない。だったらもう、出来ることなんてこのぐらいだ。
「あー、サイコー。あんなに自信満々にカード持ってるとか言って、出てきた言葉が役に立ちますって。アヒャヒャ、もっと他にもあっただろ。あーダメだ。面白すぎ。ネムちゃん、最高だよ。」
真剣に頭を下げるネムをハオは涙が出るほど笑っていた。ハオが落ち着くまでしばらくかかったのは言うまでもない。
「ああー、笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだ。だから、今回はこれで勘弁しといてあげる。ちょうど良さそうな情報もあったしね。」
「ほんと!? ハオさんありがとう。」
さっそく情報を教えてと強請るネムにハオが人差し指を突き立てた。
「待て待て。俺はまだ九個しか質問してない。あとひとつ答えてよ。」
「えー、もういいじゃん。これもう意味ないでしょ。」
「ここまできたら一応な。」
さっきまでの殺気も殺伐とした雰囲気もなくなった。
「シェーシャって聞いたことあるか?」
「……ないわ。もういいでしょ。情報教えてよ。」
「はいはい。そう急かさなくてもたっぷりとゆっくりと長々と教えてあげるからさ!」
ハオはなに考えいるか分からないし、ずっと喋り続けてくるのは苦手なままだけど、少し打ち解けられたような気がした。
…………………、たぶん。
「端的にお願いします。」
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