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15 金もなければ役者もいない(前編)

「お金がない。」


 ダイニングテーブルに突っ伏すネム。正面には書類に目を通し忙しなく電卓を叩くチッチがいた。


「そりゃ今に始まった事じゃないだろ。」

「そーだけどぉー。そーじゃなくてー。」


 声の出せない兄と言葉が通じないペットを持つ二人の喋り相手は必然的に互いになっていた。


「でも早いとこ復活してくれて良かったぜ。部屋に篭ってるなんて聞いたからどうしたもんかと思ってた。」


 サルザ殺しの依頼を受けて以来、ネムは部屋に篭ってしまっていた。誰にも会わず、声すら上げないネムをチッチは心配していたらしい。


「飼い主の義務を放棄するなら殺さないといけなくなるからな。」


 正確には、心配していたのは金のほう。


「だって……。まさかたったの七日で借金があんなに増えるなんて思わないじゃん!!」


 切実に嘆くネムはダイニングテーブルをダンダンと叩く。


「だから言ったろ。アレは気分で仕事するクソ野郎だって。」


 実はネムが部屋に篭っている間、ロカが勝手に殺しの依頼を受けていた。そしていつも通りやり方で、いつもと同じ様にターゲット以外の人間を大量に殺してきた結果、たったの七日で五百万セリルの借金が更に増えていた。


「うう……、信じらんない。」

「今回は時期が悪かったな。」

「時期? 殺し屋に繁忙期でもあるわけ?」

「今は〝間引き〟の時期なんだよ。」


 〝間引き〟この言葉に背筋が伸びる。

 ウロボロンで生きる平民が一番嫌う言葉だ。


「殺し屋と〝間引き〟って関係あるの?」

「大アリだ。この時期は殺し屋も〝間引き〟を手伝うのさ。」


 〝間引き〟とは、この地下犯罪隔離都市ウロボロンで数ヶ月に一度発生する強制無差別殺人イベントである。


 無差別と言っても対象は平民。

 つまり犯罪者とその子孫に限る。


 地下に巣食う都市は開拓が難しく、それゆえに人口増加は様々な問題が生じるため、都市全てを壊しかねない。そこで貴族の中でも更に一握りの大貴族、都市の権力者達が始めたのがこの〝間引き〟


「でもそれってヘルドッグがやってるでしょ。」


 大貴族が管理する機関ヘルドッグ。

 依頼とそれに見合う報酬が用意出来れば誰でも殺してくれる殺し屋とは違い、大貴族の命令にだけ従うまさに忠犬。どこぞの駄犬とは訳が違う。


「手数が足んねぇーんだと。最近の人口増加は相当な問題らしいな。」

「ふーん。」


 彼らは黒い軍服を纏い、赤の鮮血を浴びて主人の元へ帰っていく。目が合えばもう助からない、そう言われるほどに圧倒的な戦力を誇っている。

 その正体、出自などに謎が多く、少数精鋭で構成されているという以外の情報は出回っていない。


「でも、間引きなら無差別でしょ。なんでロカの借金が増えてるの?」

「殺し屋協会にはヘルドックから対象の地区を言いつけられるんだ。そこに住む人、死にそうな奴らが間引きの対象なんだよ。」


 チッチのため息から伝わる嫌な予感……。

 まさかとは思うけど、


「ロカって地区をちゃんと理解……」

「してないな。アイツはどこからどこまでが該当区なのかさっぱり理解してない。」


 …………なんてバカな子。

 その飼い主だなんて、信じたくない。


 これじゃあ落ち落ち引きこもってもいられない。

 そろそろどうにかして金を作らないと家賃すら払えなくなってしまう。事態は思っている以上に深刻なのだ。


「ねぇー、チッチ。」

「あたい、今忙しいから。」


 チッチはロカの始末書、請求書、その他事務作業をする手を緩めない。

 

「まだなんも言ってない。」

「言わなくてもわかるぜ。金を盗めそうな奴探して来いってんだろ?」


 正解。

 まとまった金を持ってる人間が少ない。

 ここは金を使うことに特化した娯楽が多すぎるから。

 

 大金となると狙うは貴族相手になるが情報が手に入りにくい。情報を買う金もない。そこでチッチやチャチャに収集活動を手伝ってもらっていたのだが……。

 

「あたいらがどれだけ情報を持って来ようとケチつけるじゃねーか。」

「だって芝居出来るのが私しかいないんだもん!」


 問題はまさに人手不足。

 どこの業界も即戦力がゲット出来ないのが世の常。


 ロカに仕込もうと努力はした。

 残念なのはアレが考えて動くことが出来ないこと。

 脊髄反射だけで生きてる様な奴になにを仕込んでも無駄だった。


 チャチャは喋れない。

 チッチは容姿が子供過ぎる。


 戦力が増えない。金も増えない。

 まさに負のスパイラル。


「簡単に騙せる貴族どっかにいない?」

「……いたら今ごろ没落してるだろ。」

「だよねー。」


 サルザの時が奇跡に近かった。

 ロカも『喋るな』『待て』とかの簡単な特技なら出来るのだけど、『誰かに扮して喋る』が出来ない。


「こうなったらお金を騙し取る為にまず仲間を集めないといけないわね。」

「だな。頑張れよ、ネム。」

「もっと協力してくてれもいいじゃない!」

「借金返済の期限伸ばしてやってるだろ。」

「あーーーー、聞きたくない!」


 仕事に精を出すチッチと耳を塞いで現実逃避するネム。

 大人子供が逆転している二人だが、ロカの借金が減らないこと頭を抱えているのは同じ。


「……ハオさんに聞いてみたらどうだ?」

「ハオさんに? どうして?」

「アイツは情報屋っぽいこともしてる。」


 この建物の一階で経営している解体豚小屋ブッチぶち、略してカイブタの従業員ハオ。


 彼は……、正直苦手だ。


「ハオさんかー……。」

「背に腹はかえられねぇーだろ。」

「一緒に来て。」

「やだね。」


 チッチも苦手意識があるらしい。

 強い拒絶を口にする。

 

「あの人を好きなのはカイブタで一緒に働いてる店長ぐらいだろ。」

「確かに……。」

 

 ロカについて来てと言っても逃げるだろうし、チャチャは声が出せないためずっと笑ってるだけになる。


「しょうがない。一人で行くか……。」


 ネムは重い腰を上げ、部屋を出た。


「ブッチブッチ鳴らせ〜、ブーブーブー。解体、加工、販売なんでもブヒブヒ、超ハッピ〜。楽しい夢見て身体置いけ、豚になれ。」


 店内のBGMに合わせて響く歌声。

 ハオが歌っている。箒で掃除しているのに通った跡から埃がちらほら。そして塵取りもない。

 

 もはや行動次第が謎な男。

 それがハオ。

 口が達者で頭の回転が速い分、ロカよりも厄介。


「おや、おやおやおや。ネムちゃんじゃない。どうしたのかな。そろそろ金が底ついた感じかい。ならカイブタを利用しなよ。おすすめはやっぱり目ん玉かなー。その黄金色はそれなりに高値で買って上げられるよ。」


 第一声がこれだ。

 息継ぎもなし。

 ニタニタ笑う表情すらいけ好かない。


「あの、相談があって……」

「ああ、店長ね。でもねー、今店長忙しいから相手してらんないと思うよ。今、間引きの時期だから解体屋も忙しいわけ。どんどん死体は持ち込まれるし、そうじゃない変なものまでやってくるし。だから圧縮してプレスしてポイってすんの。ねぇ、大変でしょ?」


 どう大変なのか、最後の方は全く理解出来なかった。この男は一言に百倍の文字数で返してくるので中々会話が進まない。

 

 これも彼を苦手もする部分。

 だから皆がハオ〝さん〟と距離を置きたがっているのに本人がそれを全く理解してくれない。


「そうじゃなくて、ハオさんに相談があるの。」

「俺に? なになに〜。嬉しいなぁ〜。俺をご指名なんてネムちゃんは見る目あるね。パンツ売って金儲けするならやっぱり俺と組むべきだよね。俺は金儲けの上手いお友達も多いよ。」


 ぐんと距離を詰めてくるハオ。首から鎖骨にかけて這うように彫られた蛇の入れ墨と目があった。


「その金持ちの情報は少し欲しいの。」

 

 彼との交渉は心して掛からないとこちらが食われる。

 

「アヒャヒャ、なるほどね。」


 空気が変わった。

 威圧感が増す。

 店内の陽気で不気味なBGMが気にならなくなるぐらい、目の前の男は威嚇してくる。


「して、どんな情報が欲しいのかい。俺はどれほどの対価を得られるだろう。吐いた言葉は戻らないよ。しっかり考えて口を開くことだね。」

 

 しっかり考えて口を開け、なんて。

 笑える。


「盗みが出来そうな金持ち、もしくは人を騙せるぐらい演技に自信がある人間を探してる。」


 そんな余裕があるならあんたを頼ったりしてない。

 こっちだって気合い入れてここに立ってる。


「ふーん。俺が貰える対価は?」

「私の情報。」

「アヒャヒャ、ネムちゃん。自分を過大評価し過ぎてないかい。誰が君の情報なんて欲しがる?」


 さすが、嘘が上手いこと。


「それなりにいると思うけど。」

「こりゃまた凄い自信。」


 ハオは敵に回したら厄介極まりないだろう。

 出来ればこちらの陣営に引きずり込みたい。

 願わくば一緒に詐欺に加担してくれたら心強い。

 

「だってそうでしょ。ロカは殺し屋協会内では飼い主を付けない事で有名だった。それが急に一人の娘を選んだ。知りたいと思うのは必然でしょ。そしてなにより金になる情報よね?」

 

 でも今はこの交渉で私の価値を測り、高価だと思わせることが目標になる。さて、この男にどこまで通じるか。


「だから私とゲームをしましょ?」

「ネムちゃん。あんた、本当に良い度胸してるね。」


 ――ああ……、ワクワクする。


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