14 詐欺は悪質で卑怯な行為です。
「私、帰る家がもうないの。こいつのせいで。」
隣のロカを指す。
元々、ニーダ邸で住み込みをして働いていた。
残念ことに主人はロカに殺され、貴族との協定はゴミくずになった。あそこにもう安全はない。
なにより、ネムとロカを捕まえる為にサルザの部下がニーダ邸の辺りを見張っているだろう。
「じゃあ、俺もここ住む。」
「なんでよ。あんたは自分の家に帰んなさい。」
「そんなのねぇーもん。」
「嘘付くな!」
憎まれ口もお構いなしに抱きついてくるロカを引き剥がす。
「いや、嘘じゃねーぞ。ロカは家なんて持ってない。」
会話に割って入ったチッチが「だからいつも探すのに苦労するんだ」とぼやく。
「じゃあどこで生活してるわけ?」
「どっかそこらへんの高い場所。寝れにゃあどこでもいいかんな、俺ぁ。」
これは本当か、とチッチに目配せすると「マジだ」と呆れた視線が返ってきて絶句する。
「どおりで服があんなに汚かったわけだ。」
応急処置で執事の服に着替えさせたのに、既にネクタイはどこかに紛失しているし、手袋は指先にもう穴が空いている。
こんなに悔しい事はない。
せっかくのニーダブランドの服がロカの元の服と同じ末路になる日はそう遠くないだろう。
「話を戻すが、ここは狭いから四人で住むのは無理だ。」
隣のチャチャも両腕でバツを作り首を横に振る。
確かにこの地下室は生活感があって安心できる空間だけど、広さ的には1LDK程度。
四人では狭過ぎる。
あれ? なんでロカも一緒に暮らす前提なのよ。
「あの、私だけでいいんだけど……」
声はチャチャがなにか思い出したらしく、チッチの肩を叩いたことで掻き消されてしまった。チャチャは身振り手振りでなにか必死に伝えている。
関係性の乏しいネムとロカにはサッパリ伝えない意図が分からず、チッチ任せ。程なくして「ああ、そうか。」と両手を打つ音がした。
「店長に相談すりゃなんとかなるかも。今、左側の地下が物置きで無駄になってたはずだ。」
思い返せば店に入った時、左側にも扉があった。
どうやらあちらにも部屋があるらしい。
ただ……、別に他の部屋に住む事を望んでない。
住み続けるなら出来るだけ家賃は抑えたい。
だからここに三人で住んで家賃も三で割ってくれたら助かると思ったのだ。
「私はここでいいって……」
「そうと決まれば店長のとこいこーぜ。」
話は勝手にどんどん進んでいく。
それはもう物理的に。
「ちょっと!」
ぐいっと引っ張られる腕の反動で脳が揺れ、ロカにされるがまま走る事に。
勢いよく扉を蹴り開け、階段を走り上がると、後ろからはチッチの怒鳴る声が聞こえた。
抵抗したいのに、食べ過ぎで腹から物が逆流しそう。喉に上がる液体を抑えるのに必死でそんな余裕がない。
「きも、ちわるい……。」
振り絞った声はロカに届かず、走る走る。
口内に広がる酸っぱい香り。
これは、やばいやつ。
「店長ー。俺とネムをここに住まわしてくれ!」
一階の店内、カウンターをバシバシ叩きながらロカが叫ぶ。
「なんだよ、いきなり。」
「俺とネム、ここ住むから部屋貸してくれ。」
「また唐突だなぁー。まずそこの嬢ちゃんは何者だ?」
ちょっと待って。
話に入りたいのに、気持ちが悪くて口を開けない。
「俺の飼い主だ!」
「おま、やっと見つけたんか。じゃあようやっとツケを払って貰えるだつー事だな。いや、めでたい!」
ツケ?
こいつこの店にも借金してんのか!?
「だろぉ! で、住んでいいよな?」
「住んでもいいが、左は今物置きになっててちぃっと片付けないといけねぇーぜ。嬢ちゃんはいいのかい?」
よくない……、非常によくない!
第一にこいつと一緒に住みたくない!
「私、は……、あ……やばっ」
ああ……、
今日の一食目をあんなに食べるんじゃなかった。
「オェェェェエエ……。」
胃の中にあった物が全部、店の床に広がっていく。
揺れる視界、香る酸味、ぼやけていく声。
記憶はそこで途切れた。
「おし、契約完了だ。」
――なに、なんの契約?
「うス。店長あんがと。」
――誰が? なんの?
「掃除道具は店の使え。」
「掃除かぁー。まぁ、しなくても住めるだろ。」
――住、む……?
――ここに、住む…………、はっ!?
「ロカとだけは住みたくない!!」
「え、もう契約しちまったぞ。」
飛び起きたネムの視界に飛び込んで来たのは契約書に母印を押すロカの姿とチッチの声。
「嘘でしょ!?」
「いんや、ほんと。」
「イヤぁーーー……。」
項垂れるネムの右肩を叩くチッチ。
「契約解除は? まだ出来るわよね!?」
「そりゃ無理だぜ、嬢ちゃん。」
笑う店長と左肩を優しく叩くチャチャ。
「家賃だがな、五十日で一人あたり百セリル。契約更新は三百日に一回。とりあえず二百セリル払ってくれ。」
渡された契約書には汚いミミズ文字と母印が二つずつ。知らない間に右手の親指が赤く染まっていた。
「それとこっちが借用書な。」
「シャクヨウショ?」
「シロアカがこの店にも借りてる金額だ。」
更に渡された紙にはかろうじて読める字体で『シロアカは五百万セリルを借用しました。』の文字と母印がしっかりされている。
「え? えぇ? 待って。意味わかんない。」
「ネムちゃんかわいそー。金必要なら目ん玉売るか?」
頭の上からまた声が増えた。
笑顔の瞳が全然笑っていないハオだ。
「殺し屋協会の借金が残り一億九千万セリル。」
チッチとチャチャが両肩に力を込める。
「解体豚小屋ブッチぶちの方が五百万セリル。」
ハオが頭を撫でる。
「家賃が二百セリル。」
店長が目の前で笑う。
「合計、一億九千五百万二百セリル。まさか私に払って事じゃないわよね?」
誰でもいいから嘘だと言ってくれ。
この圧ある四人から逃げる術を教えてくれ!
「「「よろしくー。」」」
こんなの、悪質な詐欺じゃない……。
私よりタチが悪い集団詐欺だ。カツアゲだ。
「ネム、これからよろしくなぁ〜。」
「私の、自由が、遠退いていく…………」
とびきりの笑顔を振り撒くロカを最後にネムはまた、意識を手放した……。
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