11 真実と嘘は混ぜるに限る
「…………二億、セリル?」
借金?
肩代わり?
「はぁぁぁああああ!?」
ネムの声が部屋いっぱいに響いた。
「ロカの借金なんて知らないわよ。ていうか、なんで私が二億なんて金の肩代わりしないといけないわけ!?」
ロカとは今日あったばかり。
しかも一回殺されかけてる。
そんな奴の借金をなんで私が払わないといけないのか、さっぱり理解出来ない。
「だってあんた、シロアカの飼い主だろ?」
「飼い主にそんな義務はない!」
「ペットの尻拭きするのが飼い主だろが。」
ダンダンとダイニングテーブルを叩いて講義するものチッチは呆れ顔一つで大人の対応する。これではどっちが子供が分からない。
「だったら飼い主辞める。こんな奴の為に二億セリルなんて大金使いたくない!」
「ネムが言っちゃいけない事言ったぁ!!」
「ロカは黙ってなさい!」
「ひゃい。」
鬼神ごとく怒り狂うネムの前でロカが勝てるはずもなく、耳と尻尾を垂れ下げて帰宅。
「辞めれねーぜ。飼い主。」
「どーしてよ。」
「だってもうあたいが上に報告したからな。」
「取り消して!!」
「無理だな。飼い主辞めたきゃ死ぬしかない。」
飼い主とペットは一心同体。どちらかが死なない限り契約解除は出来ず、放棄すれば粛清されるという。
「私そんな話は聞いてない。成り行きで仕方がなく飼い主を名乗っただけなの。無効にして!」
「でも名乗っちまったんだろ。それで契約完了しちまってる。」
「こんなの詐欺じゃん。不当、不正許すまじ!」
絶対に二億セリルなんて払うもんか。
そもそもそんな大金持ってる訳がない。
「…………ねぇ、ちょっと待って。」
「なんだ?」
そうよ。大金過ぎる。
これはどう考えてもおかしい。
「協会に属する殺し屋って高級取りでしょ。なんでロカにそんな借金があるわけ?」
ロカはよく分からない殺し屋ランキング第三位なんでしょ。だったら相当な報酬を貰ってるはず。借金なんてまず有り得ないでしょ。
「……ああ、それはな。ほんっっっとうにあたいらも困ってる部分なんだわ。」
呆れ顔から怒り燃やす強烈な眼光へ。
その矛先はロカ。どうやらチッチにもロカに対して、だいぶ思うところがあるらしい。
「どういう事?」
「協会が定める『殺戮ダメダメ楽しく愉快に殺しましょう保険』があってな。」
「ダッサイネーミングね。なにそれ。」
チッチは「あたいもそう思う」と言いつつ、タンスから冊子を一つ取り出した。表題には『殺戮ダメダメ楽しく愉快に殺しましょう保険説明書』の文字が。
開くと細かい文字がぎっしり書かれている。
あまりの細かさに読むのを諦め冊子を閉じ、チッチに返した。、
「掻い摘んで説明してください。」
「はぁー。やっぱりペットと飼い主は似るんだな。」
「冗談じゃない。こんな奴と似てたまるか!」
隣のロカを指差す。
さっきまで話に入りたそうにしていたがそれも飽きたらしく、ダイニングテーブルに突っ伏して眠っている。
そんな姿にイライラして頭を思いっきり叩くもなんの反応もない。
「でも、シロアカもこの冊子渡したら一ページめくっただけで発狂してビリビリに破りやがったぞ。」
「私はそこまで凶暴じゃないわよ。」
更にもう一発。やはり反応はなく気持ち良さそうな寝息だけが聞こえてくる。
「要するに依頼にあるターゲットだけを殺しましょうって話だ。そこにかかったコストは協会が負担してくれる。だが、ターゲット以外の人間を殺したり、物を壊したらそこに掛かるコストは自分で負担しろよってこと。」
チッチが冊子を数ページめくり、図が載っているページをこちらに向ける。そこには負担する物としない物が明確に書かれていた。
「シロアカの借金の理由がこれだ。ターゲット以外の人間もその場に居合わせただけの人間も関係なく全部殺す。こいつは頭がおかしい。辞めろと言っても全く辞めない。」
馬鹿が過ぎる……。
冊子に書かれている死体処理は一人に対して百セリル。どれだけの人間を殺せば二億セリルなんて大金になるのか。
「通常、殺し屋は儲かる。だがヘマした時に金が掛かる。なのにシロアカは働けば働いただけ借金が増えてる。」
「有り得ない……。馬鹿すぎて信じられないわ。」
「そこで飼い主の出番ってわけ。普通は貴族だの命狙われることの多い金持ちがなることが多いんだ。」
つまり飼い主というのはスポンサーみたいなものなのだろう。活動資金を提供する代わりに命を守ると。我ながら早まった契約をしたもんだ。
「私にはデメリットの方が多いわね、これ。」
私を付け狙うのは今のところサルザだけ。
それもたった今振り切ってきた。
今後も狙われる恐れはあるけど二億セリルなんて金を払ってまで守って貰わなくていい。
「そこなんだ。あたいらが気になってるのはよ。」
「どういう意味?」
「あたいらは情報を開示したぜ。次はそっちの番。」
「……。」
ここまでのチッチの話はおそらく本当だろう。
サルザから騙し取った金目当てならもっと現実的な金額を提示してくるはず。二億なんて嘘みたい金額を言う訳ない。
この少女チッチはロカと違って馬鹿じゃない。
本質を見抜く眼を持っている。おそらくサルザより騙すのは困難だ。
「あんた、何者だ?」
「……。」
だから迷う。信用を得るにはどう話すべきか。
どこまでの真実を少女が〝嘘〟だと思うだろう。
「調べたがあんたに関して情報がなにも出てこなかった。取り引き、薬、身体売り。なにもしてない。あるのはニーダ邸で針子として働いてたってだけだ。」
そう。それが全て。
なんにもなかったの。
そんな小娘が殺し屋と契約に至るなんて、誰が信じる?
「ランキング上位ランカーのシロアカは今までどんなに言っても飼い主を作ろうとしなかった。今も隣で眠って頭を叩かせるなんて、正直信じられないぜ。」
住んでいる世界が違う二人だった。
トップアイドルがなんの取り柄もない高校生と恋に落ちるぐらい、絶対に交わることはなかった。
「それにニーダを殺したのは明らかにシロアカだろ。殺しに癖が出てた。それなのに巷じゃサルザが殺した事になってる。一体どういう事だ?」
信じられない奇跡が起きている。
それが今の現状。
「ロカ、起きて。」
「…………ん?」
いつの時代、どこの世界でも奇跡を運命に変えるには物語が必要。
「あの手紙、今持ってる?」
「いんや、食っちまってもう持ってない。」
「…………食った、ですって?」
「腹ぁ減ってたんだ。しゃーねーだろ。」
「はぁーー……。」
なんて、好都合なのかしら。
人は心のどこかで自分じゃない自分を求めてる。
「私が、手紙を出したの。」
自分と重ねられる主人公を夢見るの。
「ニーダ邸で一生を終えたくない。自分の力はこんな物じゃない。私に羽ばたく翼を頂戴って。」
物語に必要なのは共感と裏切り。
「シロアカは文字が読めなかったはずだ。百歩譲ってシロアカに手紙が届いたとして、それで二人が繋がる訳がない。嘘並べるならもっとマシなもんにしろよ。」
そしてリアリティー。
「嘘じゃない。ニーダ邸の家紋を描いたの。それを百通ぐらい適当に出した。一人ぐらい、面白半分に来るんじゃないかと思って。」
「え!? ネムは俺じゃなくても良かったのか!?」
「当たり前よ! むしろあんた以外が良かったわ!」
手紙なんか出した覚えもない。百枚の便箋を買う金があったら豪華な晩飯を食べたい。
一歩間違えば殺されるような馬鹿げた話。
でも貴女は信じるわ。
だって私を調べたんでしょ?
見てたのでしょ?
「ありえない……。」
サルザから金を騙し取ったことも、罪をなすり付けたのも、知ってるんでしょ?
「私が一番びっくりしてるの。でもチッチの話を聞いてロカが来たのに納得したわ。こいつ、金とか命とかに執着がないの。飼い主に求めてる物が根本的に他と違う。」
ロカの事もだいぶ詳しいんでしょ?
ロカが一度も短剣に手を掛けなかったのがその証拠。
「求めるものってなんだ?」
「〝ワクワク〟出来るかどうか。だからね、私言ったのよ……。」
ネムになったあの時に。
私が主人公になった時に。
「あんたの人生めちゃくちゃにしてやるって。」
「…………こりゃ、たまげた。相当イカれてる。」
それは褒め言葉として聞き流そう。
隣のロカが「ゾクゾクしたぁー」と笑みを浮かべている。それがトドメになったらしい。
「じゃ、じゃあサルザは? どうやったの?」
興奮気味のチッチがテーブルから身体を乗り出す。
ようやく垣間見た少女らしい姿だ。
「簡単よ。ロカがやった。」
「俺ぁ信号弾打ってパンパンで登場して無口になってただけだ。」
「それが全てよ。」
「どーゆー事だ?」
チッチとロカが二人揃って首を傾げた。
話はサルザが扉を開く直前に戻る……。
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