在るべき姿
花蓮と吾郎は度肝を抜かれる。
「サニーの『ハッキング』は相変わらずだゼ。インターネットだけじゃなくて、人間も世の中もハッキングするんだもん」
「やはりサニーには敵わないな」
あの少女は只者ではない――二人は改めてそう確信した。当のサニーは、褒められて調子に乗っている。
「ククッ……もっと褒めてくれても良いんだぜぇ?」
どれほどの切れ者であっても、彼女はまだ少女だ。人の心を操るような手段を用いる彼女も、人並みに心を持ち合わせているのだ。
玲威には一つ、理解できないことがある。
「……何故だ。先程、君は人間にはあまり期待していないと言っていたはずだ。そんな君が、民意を動かしたというのか……?」
そこで疑問が浮かんだのも当然だ。たった今彼と話している少女は、民意に理想を求めていない。そんな彼女が、民意をもってこの戦いを終わらせたのだ。無論、それもまたハッカーとしてのサニーが持つ技巧の一環である。
「まぁ、人間はセンセーションに操られる生き物で、なおかつエコーチェンバーにはハマりやすいからなぁ。反楽園主義者を増やせば増やすほど、その思想は伝播していくわけさぁ。言うならば、アタシは人間にハッキングしたってところだなぁ」
花蓮の言った通りだ。この天才ハッカーはインターネットだけではなく、人間も世の中もハッキングするのだ。何はともあれ、ハッカーチームは楽園システムに勝利した。そのほとんどは、サニーの功績であった。
無論、玲威も結局は人の子だ。
「これから、どうすれば良いのだろう」
そう呟いた彼は、本気で思い悩んでいる様子だった。無論、ここで彼に追い打ちをかけるほど、サニーも無粋ではない。
「まぁ、あまり気負いしすぎるモンじゃねぇ。人間は間違える生き物だぁ。オメェも、アタシも、どっかで間違えるんだぁ」
「私は、間違っていたのか」
「あらゆる事象はやがて在るべき形に収束する――だっけかぁ? その言葉だけは、オメェ自身の本心が辿り着いた答えだろぉ?」
どうやらあの対話には、楽園システムの停止を確認する以外の意味もあったらしい。あのやり取りを介して、彼女は玲威本人が自力でたどり着いた哲学を読み取っていた。玲威は穏やかに微笑み、受け応える。
「そうだな。君の言う通りかも知れない」
心なしか、彼の表情は安堵に満ちていた。その横で、弓狩もつられるように微笑んでいた。楽園システムから解放された世界が今後、どのような変化を遂げていくのか。それは、サニーにさえわからないことだ。さりとて、玲威の未来に希望を抱くことは難しくはない。
「アタシも、オメェも、これからを生きていくぞぉ。人は楽園を築けねぇとは思うし、正しさにたどり着くこともできねぇとは思うが……正しさに歩み寄っていくことはできる。その道中で迷い、道を踏み外す者もいるが、オメェはもう大丈夫だろうよぉ」
そう語ったサニーは、全てをやり遂げたような笑みをこぼしていた。
*
それから数日後、玲威は街を練り歩き、何もかもが変わった光景を眺めてみた。まだ完全に全てが元通りになったわけではないが、世界は「在るべき姿」に近づこうとしている。弱者が生存でき、強者も過剰な負担を課せられない社会は、今や目の前まで来ている。この時、玲威は己の過去を振り返っていた。
それから彼は、街外れにある墓地を訪ねた。墓前で合掌し、暫し無言になった後、彼は口を開く。
「爺さん。もう二度と、私は道を踏み外さない」
そう――彼は久しく、あの祖父の墓を訪れたのだ。この時の彼は、希望に満ちた横顔をしていた。
一発の銃声がしたのは、まさにそんな時だった。
右胸から血飛沫を散らし、玲威は崩れ落ちた。雑木の陰で、銃を持った男が呟く。
「これが民意だ」
御神玲威という男は、決して許されたわけではなかった。




