リズムゼロ
自らが対話を望んだ以上、玲威には質問に答える義務がある。あれから彼は、己の過去について簡潔に説明した。その途中、サニーは適度に相づちを打っていた。そして相手が話し終わるや否や、彼女は言う。
「大体わかったぜぇ。オメェ、本当は楽園主義に納得しきれてねぇだろぉ?」
確かに、玲威は祖父の死に囚われ、そして自らの本心を偽ろうとしていた身だ。そんな彼の中に楽園主義を厭う気持ちがあったとしても、何ら不思議ではない。さりとて、それが彼の心機一転を意味するわけではない。
「そんなはずはない。私の見てきた全てが、多数決の正しさを説いてきた。それは確かに不愉快な経験ではあったが、紛れもなく良薬だったのだ」
そう断言した玲威は、少しばかり陰りのある表情をしていた。彼の中で、わずかな迷いが生まれつつあるのだろう。あるいは、彼は自分が画面越しに会話している天才ハッカーを恐れ、心を揺さぶられているのかも知れない。いずれにせよ、楽園システムを破壊できる望みはある。
引き続き、サニーはジャブを入れていく。
「ほざけぇ。オメェは腐るほど多数決に負けてきたんだろぉ? そんなオメェが溜飲を下げるには、主体性を諦めるしかねぇ」
「なんだと……?」
「だから大切な爺さんが亡くなったことにも、オメェは納得しようとしているわけだぁ」
天才ハッカーは全てを解き明かす。それが電子媒体であろうと、そうでなかろうと、そんなことは問題ではない。この少女は、文字通り全てをハッキングできる――少なくとも、彼女の仲間たちはそう信じている。花蓮はチョコを食べ進めながら、彼女の話に聞き入っていた。その横で、吾郎も真剣に対話を聞いていた。サニーは依然として飄々とした態度を維持していたが、そこから醸される雰囲気はどことなく頼もしかった。
少しばかり、玲威は取り乱し始める。
「黙れ……私は、私は……」
「仮にもしタイムマシンが発明されたらよぉ、オメェは昔の自分に楽園主義を主張できるのかぁ?」
「黙れと言っているんだ!」
もはや今の彼は、冷静ではない。そこにいるのは、楽園主義を主張するだけの機械的な男ではない。この時の彼は、まごうことなく一人の「人間」であった。
一方で、サニーは相も変わらず対話を楽しんでいる。
「えらく取り乱してんなぁ。図星を突いちまったかぁ? まぁ良い。オメェ、芸術には詳しい方かぁ?」
そう訊ねた彼女は、無邪気な笑みをこぼしていた。様々な学問を追究してきた玲威も、芸術分野にまでは精通していない。そして、それは彼自身も自覚していることである。同時に、彼には芸術が今の話とどう関係しているのかがわからない。
「いや、芸術のことはあまり知らない。だが、それがどうしたというのだ。今、我々は、正義について話している」
彼がそう受け答えたのも無理はない。何が正義で、何が非正義か――それを論じるのに、芸術の入り込む隙などあるのだろうか。無論、サニーは決して、相手を弄んでいるわけではない。彼女が芸術の話を持ち出したことには、大いに意味がある。ここで一つ、サニーはとある芸術作品について語る。
「まぁ聞いてくれよなぁ。その昔、妙なことを考えた芸術家がいてよぉ、そいつはリズムゼロって作品を生み出したんだぁ」
「簡単に言えばよぉ、観衆は六時間、その芸術家に何をしても良いんだぁ。それがそいつの作品だったわけだが……」
「その芸術家は全裸にひん剥かれたり、刃物で傷つけられたりよぉ、それはもう地獄絵図だったって話だぜぇ」
「何せ皆がそれを許されていたからなぁ。皆がそれを許されると思ったからなぁ」
「言うならば、人間ってのはそんなモンなのさぁ」
その話は、玲威からしたら初耳だ。しかし、あの過去を過ごしてきた彼にとって、「民意の醜さ」はあまりにも慣れ親しんだものであった。




