世界の正午
今更になって、楽園主義に反対する声が上がるようになった。今までは民意に抑え込まれてきた少数派も、今では己の意見を発信している。そしてネット上でも、反楽園主義者による投稿が徐々に目立ち始めている。
「楽園システムは速やかにマイノリティを排除し、好都合な人間だけを集める邪悪な仕組み」
「罪のない人々が楽園主義に苦しめられてきた」
「ベーシックインカムのために孤児を引き取って薬で黙らせるのが流行った時は流石に戦慄した」
これらの投稿は物議を醸し、凄まじい閲覧数を叩き出していった。また、動画投稿サイトでも、楽園主義に反対する動画が上がってくるようになった。反楽園主義という流行に、様々な配信者が便乗していく。
「人権屋や凝り固まったリベラルが過去の仕草で嫌われるのはわかるんだけどさ、それにしたって楽園主義は人権を度外視しすぎじゃないかな?」
「楽園システムが稼働する前の基準で言えば、俺はわりと右寄りだけど、それでも楽園主義ほど極端なポピュリズムは容認できたものじゃないよ」
「楽園主義者は、全員バカです。今、財政が危機を迎えているのも、大体は楽園主義のせいです」
ようやく、極端な政治体制に反対する者が増えてきたといったところだ。
そんなソーシャルメディアを漁っているのは、デスクトップパソコンを操作する少女だ。この少女は、決して凡人ではない。
「面白そうなオモチャ、見つけたかも知れねぇ」
そう呟いた彼女は、ハッキングを趣味としている人物だ。彼女はその名を、サニー・ロックバードと云う。サニーの他にも、彼女と面識のあるハッカーが何人かいる。彼女は通話アプリを立ち上げ、「ハッキングサークル」というサーバーのチャット欄にメッセージを送信する。
「面白い話がある。約二日後……協定世界時刻の正午にアタシの家に来い」
地上から国境のほとんどが消えただけでは、時差という概念は消えない。そして、彼女がわざわざ協定世界時刻を基準とした時刻を伝えたことにも、大いに意味はある。最初に彼女のメッセージに反応するのは、安室花蓮というユーザーだ。
「どんな話?」
普段はネット上の関わりである相手が、こちらを自宅まで招待した――花蓮がその真意を知りたいのは、至極当然のことである。その後に続き、明光吾郎というユーザーも質問する。
「サニー。僕は貴方の実力を認めているが、貴方を理解したことはない。要するに、僕には貴方が何を考えているのかが、まるで見当がつかない。今度は一体、何を企んでいる?」
曲がりなりにも、彼はサニーを尊敬していた。さりとて、それで彼が怪しい誘いに易々と乗るかはまた、別の問題だ。
しかしサニーは、まだ目的を話さない。
「本題はサプライズにしておくよ」
そんな一言だけを送信した彼女は、すぐに通話アプリを閉じた。
*
二日後、サニーの家に、スーツケースを持った人物が二人訪れた。一人はフリル付きの服を着た少女で、もう一人は眼鏡をかけた地味な少年だ。この二人こそ、サニーと話していた花蓮と吾郎である。
「よく来たなぁ、オメェらよぉ。あ、この文化圏では、家に上がっても靴は脱がなくていいぞぉ」
無邪気な笑みを浮かべつつ、サニーはそう言った。
「花蓮ちゃん、天才ハッカーの自宅にお邪魔するゼ」
「我々で会うのは久しいな。邪魔するよ」
花蓮たちは軽く会釈し、眼前のハッカーに案内されるまま玄関に上がった。
さっそく、サニーは囁き声で話を切り出す。
「アタシたちは今まで、インターネットをこねくり回して遊んできたなぁ。そんなアタシたちが、世界を変えるなんて言い出したら、オメェらは乗るかぁ?」
何やら、彼女は常軌を逸した計画を練った様子だった。緊迫した空気が立ち込め、花蓮と吾郎は生唾を呑んだ。




