相続争い
玲威の人生において最も悲劇的な期間を選ぶとしたら、それは彼が十八歳の頃だろう。その当時、彼には寝たきりと思しき祖父がいた。これを受け、十数名の親戚一同が玲威の自宅に集まり、そして話し合う。
「そろそろ、潮時じゃないかな」
「やっぱり、尊厳死を選んだ方がいいんじゃないかな。おじいちゃんは、もう十分生きたと思うから」
「おばあちゃんと同じところに送ってあげようよ。その方が、おじいちゃんのためにもなると思う」
おおよそ、彼らの考えは一致していた。彼らは皆、動かなくなった親戚に安楽死を施すことに積極的であった。一方で、玲威はまだ迷いを見せている。しかし今まで己の意見を否定されてきた彼は、なかなか発言する勇気を振り絞れない。おそらく、また多数決に負けるだろう――彼にはそんな考えがあった。
その日の夜、玲威は祖父に、一枚の写真を見せた。そこに写っているのは、祖父とその家内だった。その時、玲威の見間違いか、あるいは真実か――祖父の目から、一筋の涙がこぼれた。否、見間違いなどではない。祖父の頬には、確かに涙が伝っている。
それは翌日のことだった。
「爺さん、意識があるかも知れない」
玲威はそんな話を切り出した。無論、彼の親戚はその話を信じはしない。
「そんなわけないでしょ。お医者さんも、もうおじいちゃんが目を覚ますことはないって言ってたよ」
「そうだ、そうだ。つらいことだけど、現実から目を背けてもどうにもならないだろ」
「玲威、気は確かか?」
親戚たちは口々にそう言った。当然ながら、玲威が祖父の命を諦めていないことには理由がある。
「昨晩、俺は爺さんに、爺さんと婆さんの写っている写真を見せたんだ。爺さんは、泣いてたよ……」
それが彼の掲げる根拠であった。それでも、彼の話に耳を傾ける者はいない。
「そんなの、生理現象だろ」
「そうだよ。俺たちは何度も爺ちゃんに話しかけたけど、反応はなかったぞ」
「じっちゃんはもう……死んだようなモンなんだよ」
親戚たちがそう思ったのも無理はないだろう。何しろ、玲威の祖父は微塵も動かないのだ。そんな祖父に意識がある望みなど、あまりにも非現実的だ。
一方で、玲威には変わった見解がある。
「ALSって、知ってるか? 日本では『閉じ込め症候群』とも呼ばれているんだけど、この病気は、体が動かないのに意識だけ残っているような状態になるらしい。治療法は確立されていないけど、ALSから回復した人の前例もある」
彼がそう語った時、その周囲の親戚たちは眉をひそめた。玲威の言動が、何かしらの形で彼らの気に障ったようだ。
結局のところ「多数決」により、祖父の安楽死が確定した。
親戚たちが本性を露わにし始めたのは、まさにそんな時だった。彼らは遺産の相続権を巡り、論争を繰り広げだしたのだ。
「オレは息子だぞ! オレに相続権がある!」
「私の方があの人に気に入られていた! 私に相続権がある!」
「いや、あの人の介護をしていたのは僕だぞ!」
もはや彼らからしてみれば、祖父の死は遺産を発生させるための一大イベントに過ぎなかった。無論、玲威はそれに反感を覚える。
「そんなことで争うな。爺さんが悲しむ」
彼はそう言ったが、母親がそれに反論する。
「ボケが回って私たちのこともわからなくなった他人を、家族だとは思わないよ。生かしておいても金の無駄だったし、やっと遺産を相続できる段階になったんだよ」
彼女の発言に、親戚たちもうなずいた。その後に続くように、父親も言う。
「皆がおじいちゃんを要らないと思っていたんだ。だから要らなかったんだよ」
この瞬間、玲威はとてつもない戦慄を覚えた。同時に、彼を繋ぎ止めていた最後の鎖が千切れる。
皆が正しいと思うことが正しい――そんな価値観が、玲威の全てを呑み込んだ。




