同調圧力
玲威が中学生の頃、クラスでは「バトル少年院」というアニメが流行っていた。当時、教室内はその話で持ち切りだったため、玲威もそのアニメを見てみたことがある。その内容は、彼の興味を惹くものではなかった。
彼の友人たちの中でも、彼がバトル少年院を知っていることが大前提となっていた。クラスでそのアニメを見ていない者が、ごく少数だったからだ。
「玲威は、昨日のバトル少年院、見た?」
「昨日も凄かったよな! カッター男の正体が……おっと、見てなかったらネタバレになっちまうか!」
「あのアニメはスゲェよ! 毎週の楽しみなんだ!」
友人たちも皆、バトル少年院に熱中していた。しかし玲威にとっては、そのアニメは自分の趣味ではない。
「ああ、いや……俺は三話までしか見てないんだ」
一応、彼は第三話までアニメを見ていた。その上で、彼はその内容が自分の好みではないと判断したようだ。
「おい、正気かよ!」
「なんでだよ! そこから面白くなるのに!」
「もったいねぇ! 人生の半分くらい損してるじゃん!」
彼らは悪い友人ではなかったが、玲威の理解者にはなり得なかった。そんな彼らに対し、玲威はこう訊ねる。
「じゃあ、お前らはなんで、バトル少年院を見ているんだ?」
無論、その質問に他意はなかった。そして、友人たちもそれを理解していた。そこで彼らは答える。
「皆が面白いって言ってるからだよ」
「そうそう、皆見てるんだよな」
「毎週あれを見ないと、話についていけなくってさ」
おおよそ、それは玲威の求めていた回答ではなかった。同時に、それは彼が薄々感づいていた答えでもあった。結局、正義や善悪だけでなく、エンタメの質も多数派が選んでいるのだろう――そう感じた玲威は、愛想笑いを浮かべるばかりであった。
別の日、玲威は校内の人だかりから、囁き声を聞きつけた。少しばかり、彼は聞き耳を立ててみることにする。
「アイツ本当にウゼェよな。絶対さぁ、センコーに媚びてるじゃん」
「後アイツ、女子と話す時だけ、露骨に反応が違うんだよな。アレ、マジでキモくねぇ?」
「ゆうかさん、おはようございます。石川啄木の詩集、なかなか面白かったですよ」
「ちょっとやめろよ。アイツの真似すんなって」
「お前本当上手いよなぁ」
何やら、このグループは特定の生徒を貶める話をしているようだ。正義感の強い玲威には、それが何となく許せない。
「あまり人のことを悪く言うな。学び舎に未熟者が集うのは当然だろう。俺たちは、まだ学んでいる途中で、誰一人として完璧ではないんだ」
気づけば、彼は口を出していた。当然ながら、生徒たちは彼の言いなりになどならない。
「そんなつまんねぇこと言うなよ」
「そうだよ。皆アイツのこと嫌ってるよ?」
「女子からもゴキブリって呼ばれてたしな」
それが彼らの答えであった。数人の意見は一致しており、それに反対する者はこの場に一人――玲威しかいない。どこまでいっても、人数がものを言うようだ。玲威は深いため息をつき、その場を後にした。
後日、教師の都合により、授業が自習の時間になった。他の生徒はトランプゲームをするか、あるいは雑談を楽しんでいた。その中で唯一、教科書や参考書を読んでいたのは、玲威一人だけであった。そんな彼に、同級生が声をかける。
「御神は真面目だな。皆ダラダラしてんのに。はぁ、だりぃなぁ」
もはや学業に励むべき時間にさえ、それを覆す同調圧力が生じていた。それで生徒たちが学力を身に着けられなくとも、それは自己責任だ。ただそれだけの話だったが、玲威は頭を抱えていた。彼の脳裏には、先日のグループが特定の生徒の陰口を言っていた場面が繰り返されていた。同時に、彼は自らの脳内で繰り返す。
――皆が正しいと思うことは正しい。




