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楽園に非ざる星  作者: やばくない奴
記憶と理念
38/51

遠足

挿絵(By みてみん)

 その昔、まだ玲威(れい)が九歳の少年だった頃のことであった。


 当時小学校に通っていた彼は、とある話し合いに参加していた。その内容自体は、決して不穏なものではない。遠足で山に行くか、それとも海に行くか――ただそれを決めるだけの、ありふれた話し合いであった。生徒の多くは、山を好んでいる。

「山がいいよ! 山なら色んな昆虫が採れるじゃん!」

「クワガタ捕まえたい!」

「標本なんかも作りたいね」

 そう――彼らの間では昆虫が流行っており、それゆえに山がより好まれているのだ。しかし玲威の考えは違う。

「先生、海にしよう」

 その一言に、周りの生徒たちは耳を疑った。当然、彼は周囲の反感を買う。

「なんだよ、玲威! お前、空気読めよ!」

「お前だって虫とか好きだろ!」

「いつも図鑑を読んでるじゃねぇか!」

 事実、玲威は海よりも山を好んでいた。それでもなお、彼が海を選んだことには、当然ながら事情がある。彼は一人のうつむいた生徒の方に目を遣り、それから再び教師の方を見た。

秀太(しゅうた)は体が弱いから、何かあった時に山奥にいたらまずいだろ。海の方が、何かあっても対処できるんじゃないの?」

 この当時、玲威は今より真っ当な感性を持っていたようだ。それでもなお、生徒たちは反論を繰り返す。

「秀太だけ休めばいいじゃん!」

「なんで秀太のせいでオレたちが山に行けねぇんだよ!」

「秀太のこと好きなのか? どうなんだ?」

 無論、玲威は別段、秀太に特別な感情を抱いていたわけではない。彼は半ば呆れつつも、冷静に切り返す。

「好きじゃなかったら、庇っちゃいけないのか? 遠足は皆が楽しむものだろ。誰も欠けちゃダメだろ。秀太だってクラスメイトだし、仲間だろ!」

 その言い分に反論できる者は、その場には一人もいなかった。これで秀太も、無事に遠足を楽しめるだろう――玲威はそう確信した。さりとて、ここに集まる者たちは小学生だ。まだ幼い彼らには、己の欲求以上に正しさを優先する意思などない。


 多数決の結果、彼らは山に行くこととなった。


 その結果に対し、玲威は不平を言う。

「先生! なんで皆、秀太のことを考えないんだよ! 山奥は海辺と違って、ライフセーバーはいないし、治療室だってないだろ!」

 確かに、体の弱い生徒を山に連れて行くわけにはいかないだろう。しかし、多数決では圧倒的に山を選んだ生徒が多かった。その上、教師もそれを問題視していない。

「玲威、これは多数決で決まったことです。とりあえず、これで話し合いと投票は以上になります」

 当然ながら、玲威は納得していない。そんな彼をなだめるのは、秀太本人である。

「もういいよ、玲威。ありがとう。ボクのことは、気にしなくていいからさ」

「だ、だけど……」

「ボク一人のために、皆の行きたいところを諦めるわけにもいかないよ」

 そう語った秀太は、まるで自分自身を納得させようとしているかのようだった。



 *



 遠足当日――生徒たちが山道を進んでいった道中で、秀太はおぼつかない足取りになり始めた。彼の火照った体からは、不健康な汗が流れている。

「先生、体調が悪くなってきました」

 秀太は言った。無論、これは玲威が予測していた通りの出来事であった。

「だから言ったじゃん! 先生、なんで海にしなかったんだよ!」

 玲威が憤るのも当然だった。しかし、教師はそれを深刻には受け止めない。

「遠足に来ることを選んだのは秀太くんでしょう?」

 その言い分に、生徒たちは同調する。

「そうだよ! なんでアイツ来たんだよ!」

「せっかくの遠足なのに!」

「先生、コイツ置いていこうよ!」

 相も変わらず、彼らは身勝手であった。その光景を前に、玲威は素朴な疑問を口にする。

「皆が言うことなら、正しいの?」

 教師は答える。

「そうですよ。玲威くん一人の意見も大事ですが、皆の意見はもっと大事にしないといけません」


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