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楽園に非ざる星  作者: やばくない奴
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13/51

トリガー

 今回発生したテロは、大規模なものだった。数多の血が流れ、数多の悲鳴がこだます街は、さながら戦場のようだった。また、怒り狂う集団に荒らされているのは、外気に触れた屋外だけではない。何台もの満員電車の車両内で、塩素系漂白剤と酸性洗剤を用いたテロが行われた。無論、これは毒ガスを発生させる本人の人体にも影響が出ることだ。つまるところ、ビクティムには「己の命さえも投げ出す覚悟の人間」が一定数存在しているのだ。もはや彼らを突き動かす怒りは、常軌を逸している。世界に人権を奪われた弱者たちは、決して烏合の衆ではない。


 この事件は速報として報じられた。人々はテロリスト集団に怯え、家から一歩も動き出せない有り様だった。街や列車には勇敢な機動隊が次々と駆け付けていったが、テロが収まる様子はない。阿鼻叫喚の地獄は、留まるところを知らない。


 そんな中、ミントに覆われた住宅で、一人の女が思い悩んでいた。

「オレはもう警察じゃねぇ。だけど、だけど……」

――佐原芽衣(さはらめい)だ。今の凄惨な状況を前にして、彼女は何か行動せずにはいられない様子だ。そこで彼女はクローゼットを開き、その奥に保管されていた銃を手に取る。無論、今の彼女が人を撃てば、それは一般市民による銃殺となる。

「やるしかねぇ……よな」

 そう呟いた彼女は、すぐに防弾服と防弾ヘルメットを着用した。このままでは、彼女は犯罪者になるだろう。同時に、彼女は民意に嫌われて解雇された身の上でもある。民意が彼女の無罪を主張することなど、先ずありえないことだろう。無論、それも彼女からすれば承知の上だ。

「すまねぇな……勇樹(ゆうき)。アンタは、オレが撃たねぇと……!」

 いよいよ、芽衣の最後の戦いが始まる。



 幸い、機動隊は防弾ヘルメットを着用しており、その顔面は光沢のあるバイザーによって隠れている。テロが行われているという異常事態の中、芽衣がその存在に気づかれることはなかった。彼女は機動隊の中に溶け込み、テロリストを次々と狙撃していく。その姿は、一切の迷いを感じさせないものだった。そうしてテロリスト陣営を崩していった末に、彼女はビルの屋上に辿り着いた。そこで彼女を待ち受けていたのは――


「お前、佐原芽衣だろ?」


――岸間勇樹(きしまゆうき)だった。何やら、彼は芽衣の存在に気付いている様子だった。

「何故、オレだってわかったんだ?」

「願望だよ。俺を討つのは、俺の理解者であって欲しい……ただそれだけのことだ」

「勇樹……」

 まさに今こそ、テロリスト集団の親玉を仕留める絶好の機会だ。しかし芽衣の両腕は震えている。ここに来て、彼女は発砲を躊躇し始めたようだ。その様子に痺れを切らすのは、勇樹本人である。

「撃てよ、芽衣。この先、俺が中途半端に生き延びたところで、ビクティムの起こしたテロは風化するだけだ。俺が劇的な死を遂げることで、俺の主張は完成する。生きることを奪われた人々を、俺の死をもって象徴するんだ」

「だ、だけど……オレは、アンタと……もっと、ちゃんと話したかった」

「それで結果が変わるとは思えないな。さあ、俺を撃て。撃て! 俺は元から、死にたかったんだ!」

 それは、街を巡る轟音にもかき消されない怒号だった。芽衣は歯を食いしばり、それから銃のトリガーを引いた。この一撃により勇樹は後方へと倒れるが、その表情は笑っていた。そのまま彼は、無造作に屋上の淵から落ちていった。


 これで全ては片付いた。


 芽衣は膝から崩れ落ち、大粒の涙をこぼす。

「これで、良かったのか? この世に、正義なんかあるのか?」

 結局、己の軸を持っていた彼女でさえ、正しさというものを理解しきれずにいた。


 その日の夜、芽衣は自らの意思で刑務所に出頭した。彼女の沈みきった想いは、決して晴れることはなかった。

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