七
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島へ近付くに連れて、知佳達は興奮を抑え切れなくなって来た。
「遂に沖縄に着いたな。此処からが本番や」とクラウンが意気込む。
「がんばろ」知佳が小さく囁く。
そして到頭、島の上空へ到達した。其処には美しい自然景観と、悠久の歴史が広がっていた。然し彼らの目的は、沖縄の美しさを楽しむことではない。
雲の上で一旦停留し、作戦会議が開かれる。
「X国大統領は、美ら海水族館に居るそうです」神田が眼下に小さく見える建物を指さした。
「あー、いいなぁ、私も行きたい」蓮が子供っぽく拗ねた声を出した。
そんな蓮の姿を優しく眺めながら、知佳は唐突に神田に向かって、「あの、あたし若しかしたら、大丈夫になったかも知れないです」
一行はきょとんとして知佳を見た。「何が?」蓮が聞く。
「あ、あたしね、聞きたくもないのに他人の声が聞こえてくるのが、すごく辛かったの。一年ぐらい前に急にこの能力に目覚めて、それからはずっと、辛い毎日だった」
蓮は崩していた姿勢を正し、温かい瞳で知佳を見た。
「でも彦根で、あたし、自分から聞こうって思う迄、あのスパイの人の声聞こえてなかったって、さっき気付いたんです。あたし、能力をコントロール出来る様になったのかも!」
「ホント?」蓮は嬉しそうに微笑んだ。丸で我が事の様に喜んでいる。
「うん、だから、あたし屹度皆の役に立てます!」
「知佳さん、云った通り、何とかなりましたね」
神田に云われて、知佳は大きく頷いた。
「こうなるって、判ってたのね」蓮が感心すると、神田は軽く笑った。
「ではここからの段取りですが、先ずは可能な限り大統領の近く迄進みます。その際にはクラウンさん、周囲の人々に気取られない様、幻覚の煙幕を張っておいてください」
「了解です」
「近付くとは云っても、我々の任務は飽く迄極秘任務です。大統領やその周囲のSP達に見られる様なことがあっては不可ません。常に死角に控えておき、有事の際には即対応出来る様に構えておくことになります」
「死角にいて、如何やって対象の動向を探るの?」蓮の質問にはクラウンが答える。「わしに任せんしゃい。ちゃんと監視出来る様にしたるから」
「そこはお任せしますね」神田は続ける「配置に就いてから後は、会話は声に出さず、テレパスで遣り取りしましょう。では皆さん、取り敢えず正面から入場します。煙幕張りながら入るのでチケットは不要です」
「それって不可ないことなんじゃ……」ユウキが心配そうに云う。
「国家レベルの任務なので、その点は気にしないでください。それだけの責任を負っていると云う訳ですが」
ユウキはぶるっと武者震いした。
「では行きますよ」神田の合図を契機に一行は地上へ降り立ち、美ら海水族館のエントランスへと向かった。
クラウンは幻覚場を生成し、周囲の観光客や大統領の警備関係者から、自分達の姿が認識されない様にする。知佳は周囲の人々の心の声を探り、不穏な動静が無いか確認しながら進む。
一行はエントランスをパスし、順路に従ってどんどん進んで行く。この水族館は入場したフロアが最上階の様で、進むに従ってどんどん下層のフロアへと移ってゆく。大水槽を回り込む通路へと向かっている時、クラウンが片腕を張って進行を止めた。〈ストップ!〉皆の頭の中に、クラウンの声が響く。〈この角を曲がった処に、大統領がいる〉
クラウンが僅かに目を細めると、周囲に一段と念入りな幻覚フィールドが張り巡らされ、一行は完全に周囲から見えない存在となる。クラウンが両手の親指と人差し指で長方形を作ると、其処は幻影スクリーンとなり、角の先に居る筈の大統領とSP達の姿が映し出された。
〈も少し見易くしよか〉
両手の間隔を広げるとスクリーンもそれに合わせて拡大し、その儘クラウンの手を離れて彼らの脇の壁に貼り付いた。そんな怪しいことが起こっているのに、一般の客や警備員達は全く無関心に通り過ぎていく。彼らには見えていないのだ。
〈此処に写ってるのは、幻覚やなくて現実やで〉
画面中央には大統領。周りをSPが取り囲んでいる。
〈SP達の護衛に抜かりはなさそうですね〉と神田が全員にテレパスを送ると、〈でも、何かが起きそうな気がします。心が乱れ掛けているSPがいるので〉と知佳が報告する。
一同は幻影スクリーンに映る大統領とSP達の表情や動きを注視し、異変を逸早く察知しようと身構える。その時、神田が何かに気付いた。
〈知佳さん! この男の心が読めますか?〉神田はスクリーン上の、右手をズボンの隠袋に突っ込んでいる一人のSPを指した。
〈隠袋に手を入れるなんて怪しすぎやな。何を持っている……〉クラウンも彼に注目した。
知佳はその男の心の中へと侵入すると同時に、その様子をストリーム配信の様にリアルタイムで全員に伝える。暗い空間が見える。――何かが光っている? 知佳は更に意識を集中して、その正体を見極めようとした。
「やばっ!」蓮がいきなり叫び、目が赤く光ったかと思うと、遠くで花火の様な音がした。知佳は急に目の前が白くなった気がして、男の心から抜け出した。
〈えっ、どうしたの蓮。会話はこっちで……〉
〈ごめん、思わず叫んじゃった。でも、なんとかしたわ〉
スクリーン上で、男が奇怪しな動きをしていた。どうも慌てゝいる様だ。
〈知佳、あいつの心の中身を配信してくれてたでしょ。御蔭で気付いたの。爆発直前に排除出来たわ〉
蓮はウインクした。神田もクラウンも、唖然としていた。蓮が自己判断で危機回避してくれたこともそうだが、自分がそのことに気付けていなかったこと、一歩間違えば取り返しのつかない失態に繋がっていたであろうことを思うと、卒倒しそうな程のショックを受けていた。そして同時に、知佳も蓮もこのチームに必要不可欠な存在であると云うことを、強く再認識させていた。
〈蓮さん、よく気付いてくれました。御蔭で助かりました〉神田は素直に謝意を表した。
〈知佳の御蔭ですよ。この子の能力が無かったら、気付けなかったんですから〉蓮は照れ臭そうに含羞んだ。
男は相変わらず、隠袋の中や手元を何度も確認したり、キョロキョロと辺りを見回したりして居る。
〈蓮、爆弾は何処にほったんや?〉クラウンが不安げに確認を求めた。
〈海の上かな。破片が散ったとしても海に落ちてる筈よ〉
クラウンは幻影スクリーンをもう一枚開いて、海上を丹念に確認し始めた。
〈漁船とか、海水浴客とか、色々あるからな。その辺り配慮してくれてるなら好いけど……〉
〈あ〉蓮の顔付きが曇る。
〈いやまあ、大丈夫そうやな。でも次からは鳥渡考えとかなあかんな。ほぉる場所もある程度決めとこうか〉
〈うん……わかった〉
蓮の同意を確認して、神田が仕切り直す。
〈その件に就いては早急に認識を合わせておきましょう。でも今は取り敢えず、安全の確認をお願いします。知佳さん、他のSP達に不穏な心の動きがないか、確認出来ますか?〉
〈わかりました。確認します〉
知佳がSP達の心を走査している間、他の四人は幻影スクリーンで視覚的に異常の有無を確認してゆく。
〈今の所、不穏な動きはなさそうです〉
たっぷり時間をかけて、知佳はSP達の確認を遣り切った。大統領一行はその間に、大水槽の正面のスロープを下り切っている。
企てに失敗したSPは、気付かれないよう巧みに大統領の側を離脱し、建物の外へ出ていた。SPに化けたY国の工作員だったのだろうか、然し逃亡したところでY国ではもう生きられまい。彼の逃亡の様子は、クラウンにより確りと捕捉されていた。SPが水族館から出たところでクラウンの幻覚トラップに嵌り、そこを神田に念動力で捕縛された。SPは捕縛された状態の儘、海へ向かってすっ飛ばされた。
〈えっ、海に捨てちゃうんですか?〉幻影スクリーンに映し出された一部始終を見届けてから、知佳が訊いた。
〈いやいや〉神田は笑いながら、〈あの先、水平線の彼方に回収部隊がいるんです。後はX国の特殊チャンネルを通じて、その儘身柄を引き渡すことになります。Y国に帰して粛清されるよりは、希望が持てるかも知れませんね〉
知佳は思わず、自分の肩を抱いた。いずれにしてもあの男に未来は無さそうな気がした。
〈さて、監視の続きをしましょう。これで終わりってこともなさそうですからね〉
画面は再び、大統領を捉える。SP達は同僚が一人減った事に、気付いていないようだ。
沖縄に着いたらズンドコズンドコ大統領に近付いて行くのは、ChatGPT の悪い所です。何なら声掛けがちなので、必死で抵抗しました。
そんな性急に近付いたらまるで暗殺者の様で……このメンバー、そこそこ遠隔で対応できるんですけどね……