五
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翌日も良い天気だった。蓮が布団を片付け、神田が再び一同を空中へと放り上げると、湖上の床は一瞬にして掻き消えた。雲の高さで、朝礼が始まる。
「皆さん、おはようございます。昨夜はよく休めましたか?」
神田の問いに、ユウキは赤面して俯き、蓮は楽しそうにニヤニヤしている。神田はそうした些事には目もくれず、
「湖を抜けた先、京都の山科に、我々の支部が在ります。朝食がてら、一寸其方へ寄り道します。皆さんも洗顔や歯磨き、したいでしょう?」
皆は銘々に頷き、賛意を示した。「お風呂は無いの?」とは、蓮の意見。
「お風呂は今回、一寸難しいですが、シャワーなら有りますよ」
「やったぁ! なんか体が汗臭くて、気になってたんだ」
「略野宿みたいなものでしたしね。着替えなども此方で用意した衣装がありますし、皆さんもどうぞご遠慮なく」
そんなことを云っている間に、どうやら支部の上空へ辿り着いた。一行は神田の案内に従って、玄関口へと降り立つ。其処は立派な建物で、周囲には美しい庭園が広がっていた。一同は歓迎の声と共に支部の職員達に迎えられた。
神田は皆を集めて、「此処では朝食やシャワー、及び必要な物資の補給などが出来ます。暫く休憩して、準備が整ったら次の行程に移りましょう」と云い残すと、何処かへと去って行った。残された四人は職員に依って建物の内部へと案内され、朝食やシャワーを済ませた。
用意された着替えと云うものは、揃いのコスチュームだった。男女とも同じデザインで、白いTシャツと、ジッパーによる前開きの襟付きシャツに、足首迄ある長ズボン。伸縮性のある真っ白な素材で、肩口から手首迄と、腰から足首迄、左右両側面に水色の二本線。胸元には「忠国警備」と刺繍がある。
「ジャージだ」知佳が云うと、「ジャージだね」と蓮が同意し、「ジャージかよ」とユウキが毒突くと、「ジャージやなぁ」とクラウンが嘆息する。
「ジャージ戦隊、チカレンジャー!」と蓮がお道化ると、「あたしの名前入れないで!」と知佳が抗議し、「地下アイドルみたいな名前、やめい」とクラウンがツッコむ。ユウキはケラケラ笑っているばかり。
「つか、ただくにけいびって何?」蓮の問いに、クラウンが「ちゃうちゃう、ちゅうこく、忠国警備や!」と訂正する。蓮は思い切り顰めっ面で、「だっせぇわ」と吐き捨てる。
そんな感じで四人わいわいと盛り上がっている所へ、神田が戻って来た。いつの間にか、神田も揃いのジャージ姿である。
「皆さんがシャワーや朝食を取られている間に、ちょっと上と会話して来たのですが、そこで重要な情報を得ることが出来ました」
「神田さん姿が見えないと思ったら、会議してたのか。勤め人は大変やね」クラウンが茶化す様に云う。
「会議と云うか、立ち話に近いものですが……それは扨措き、沖縄へ行く前にもう一か所寄り道をする必要が生じました」
「この旅も一筋縄ではいかんかー」
どうも先刻からクラウンの言葉のイントネーションが変だなと、知佳は思っていた。蓮も同様に感じたらしく、クラウンに直接質問を投げ掛けた。
「クラちゃん、もしや関西人?」
「えっ、喋り方変やった? ――あー、どうも地元付近に来た所為か、気が緩んでたなぁ。彦根がワシの地元や」
「いがーい! でもそうか、だから一目で琵琶湖って判ったのね」
「まあ、見慣れた景色やからねぇ」
神田は軽く咳払いをして私語を制すると、「次の目的地は、琵琶湖の近くにある彦根城です」
一同は驚きの表情を浮かべた。彦根城は歴史的な価値が高く、観光名所としても知られている。
「彦根城ねぇ。歴史的な場所に隠された秘密……面白そうやな」とクラウンは興味津々の様子だ。
五人は支部を後にして再び空中へと舞い上がった。神田の先導で琵琶湖の畔に位置する彦根城へと向かって行く。
「然し、昨日通り過ぎた辺りにまた戻されることになるとはなぁ」クラウンが稍不満げに呟いた。
「戻ってるんですか?」知佳の質問に全員が振り返る。
「知佳ぁ、あんた……地図の読めない女だったかぁ!」蓮が大袈裟に溜息を吐いて、知佳の肩に手を置いた。
「えー、ダメ?」
「いや、好いよ、知佳はそれで。そう云うところも、ポイントなのかもね」と云ってユウキを振り返る。ユウキは咄嗟に顔を背けた。知佳はきょとんとして、「ポイントって何?」と云った。
「ち、ちなみに僕は、名古屋で拾われたからな。お前らは東京から来たんだろ」ユウキは必死に話題を変えようと試みた。
「ぶー、川崎でーす!」蓮はいつでも楽しそうだ。
「川崎ってのは東京じゃないのか? そっちの地名はよく判んないよ。いずれにしても、僕ら最初から全然南下していないよね。沖縄にちゃんと間に合うのかな……」
「いざとなったら、あたしが!」蓮が自棄に自信たっぷりに云うので、神田は稍驚いた様子で「人を、と云うか、生き物を転送したことあるのですか?」
「てへへ、無いです」蓮が頭を掻きながら照れ臭そうに云うので、一同は不安な顔をした。
「でも……難しいことは判んないけどさ、今は彦根城だよ!」と知佳が能天気な調子で云う。
クラウンは思わず笑みを零し、神田は大きく頷いた。「そうですね、まずは彦根城の任務を滞りなく遂行しましょう」
一行は彦根城の天守の上に、雲を纏いながら天から降り立った。
「雲、外して好いですよ」クラウンが告げると、神田は左腕をさっと払った。彼らの周りを包んでいた雲が晴れ、敷地内を一望出来る様になった。
「こんな晴れた日に屋根の上にジャージ戦隊がうじゃうじゃ居たら、騒ぎにならない?」蓮が不安そうに云うと、クラウンがカカッと笑う。
「観光客も城の職員達も、皆幻覚を見ているのさ。屋根の上には誰もいない、と云う幻覚をね」
「あー、そういう使い方も出来るのね」蓮が感心した様に云う。
「で、これからどうするんです?」知佳が神田に問う。
「何か聞こえませんか?」神田から逆に問われて、知佳は目をぱちくりさせた。
「えっ……あ……」急に眩暈を覚え、その場に蹲る。「この……下に……」知佳は眼下に突き出した、三角屋根を指した。
「破風か? 彼処には鉄砲狭間があるが」クラウンが云う。
「では、其処に行ってみますか」
その時、何か微かな音が、破風の内から聞こえて来た。
「あの音は何だろう?」ユウキが不安そうに云うので、皆で耳を澄ませてみる。
クラウンが暫く聞き込んでから、口を開いた。
「お祭りの音みたいやけどな……笙の音の様な」
「城の中でお祭りが開かれている筈はないですね。何か異変が起きているのかも知れない」と神田が嫌そうな表情を浮かべた。
神田が破風の中への入り口を探していると、「違う! 待って!」知佳が叫んだ為、皆は動きを止めた。「行っちゃだめ」
「知佳、何を聞いたの?」蓮が不安そうに訊いた。蓮を見た知佳の顔は、すっかり怯え切った様子だった。
「生贄……殺せ……祟り……」蒼褪めた顔で呟く。
「何? どうしたの知佳!」
その様子を見ていた神田が怖い顔をして、「ユウキ君、知佳さんを頼みます。君の力で落ち着かせてください。クラウンさん、僕と同行してください」そして一瞬だけ何かを躊躇う様に黙った後、「蓮さん、お願い出来ますか?」
「えっ」蓮はたじろいだ。
「沖縄よりは大分近いですよ」
「ウソ、あれは冗談……未だ人を転送したことないのに」
「信じてますから」神田はクラウンを振り返った。クラウンも蓮を信頼した目で見ていた。
「神田さんはな、うちらの能力を正確に分析出来る能力もある。せやからリーダーでけるんや。信じていいで」
「どうなっても……知らないから……」
蓮の目が赤く光り、二人の体は一瞬にして掻き消える。次の瞬間笙の音が止み、ドタンバタンと云う音に代わって、軈てその音も止んだ。
「何が起こったの?」と蓮が困惑しながら独り言を云うと、ユウキがそれを引き継ぐ様に、「破風の中で何が……知佳さんが聞いたものはなんだったんだろう」と続ける。
知佳はユウキの治癒能力に依って少しずつ落ち着きを取り戻していた。すっかり顔色も良くなり、体を起こして破風の方に目を遣った儘暫く凝としていた。音が止んでから数秒しか経っていないが、非道く長く感じられる。知佳は微かな不安を感じながら、テレパスを飛ばした。
〈神田さん、クラウンさん、大丈夫ですか? 聞こえますか?〉
然し返答は無い。破風の中で何が起きているのか。知佳は蓮とユウキに向き直り、「此処に残っていても不安だよ。私達も破風の中に行こう」
蓮は一寸嫌そうに顔を歪めたが、知佳とユウキが信頼の籠った澄んだ眼を蓮に向けると、蓮も愈々肚を決めて、「ううん、もう、ホントに……どうなっても知らないからね!」と怖い顔をした。
「いくよ!」彼らの体は蓮の能力に拠って包まれ、次の瞬間、破風の中に姿を現した。
「待て待て待て! 狭い狭い!」三人が転移した瞬間、クラウンの叫び声が上がった。先ずクラウンが、続いて神田が這う這うの体で破風の間から這い出すと、小部屋の中は子供三人となった為、幾分余裕が生まれた。
「アホたれ、上で待ってろや。危ないやろが!」クラウンが方言丸出しで叱り付け、神田が「まあまあ」と宥める。
「大方片付いた後ですから、まあ結果的に危険は無かったんですが。出来れば勝手な行動は慎んで戴けると有り難いですね」神田の云い方の方が、単調な分だけ余計に怖い。
「ごめんなさい……テレパスの応答がないし、二人の状況が読めなかったものですから……」知佳は悄らしく謝罪しながら俯いた途端、「きゃあ!」と叫び声を挙げた。足元に誰かが横たわっている。
「笙の音を出していたのはその男でした。今はちょっとお休みいただいています。――テレパスしてくれていたのですか、それは失礼。鳥渡気付きませんでした。何か妨害されていたのかな」
神田は倒れた男の傍らに転がっている通信機を取り上げ、スイッチを切った。それと同時に何か頭の中がすっきりした感じになった。
「テレパスの妨害目的ではなかったのでしょうが、どうも我々とは相性の悪い周波数帯を使っていたのかも知れませんね」
「此処での用事は終わりや」とクラウンが云うと、「道々説明させて頂きます」と神田が次いだ。
彦根にとって返させたのは ChatGPT です。彦根城なんか行ったことないので必死に調べました。
描写に間違いがあったらごめんなさい……