二十一
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大統領は直ぐにも帰国したがっていたが、X国としては外交儀礼として、当初の予定通り本日夕方頃迄は滞在させることにした様だ。神田達は一旦支部へと引き上げて、幻影スクリーンで大使館ゲート前を監視する体制へと移った。
帰り際に神田が云った。
「後少しで、我々の任務も終わります。色々あった三日間でしたが、最後の最後迄気を抜かず、確り大統領を保護し切って見せましょう。皆さん、此処が正念場ですからね」
支部に着くと会議室へ集合し、今後の予定を確認することゝなった。
「未だ朝早い時間ではありますが、取り敢えず一旦は、お疲れさまでした」神田の挨拶でミーティングが始まった。
「元々大統領は、本日十七時頃迄滞在し、その後専用機で那覇空港から帰国する予定でした。専用機なので何とでもなりそうですが、滑走路も限られているので、当日にほいほいと離陸の予定を変更することは出来ないのですね。X国側としても大統領の都合をごり押しして混乱させるのは本意でないと云うことで、予定通り大統領は十七時頃迄滞在を続けます」
ここで神田は一旦言葉を区切り、一同を見渡す。
「もちろん、再度大統領の気が変わって外出する可能性もあります。然し我々は、唯待機することしか出来ません。監視は続けますが、一旦は自由に過ごして頂いて構いません」
軽く歓声が上がった。
「ただ、先程も云った通り、最後迄気を抜かず、自由と云っても待機であることはちゃんと意識しておいてくださいね」
神田は最後に釘を刺す様に、一同を見渡しながら言葉を添えた。
会議が解散になると、皆それぞれに思い思いの時間を過ごし始めた。蓮は相変わらず風呂に行き、知佳もそれに付き合う。ユウキはロビーでアニメのビデオを見始めた。
ロビーのソファで監視をしながらも寛いでいるクラウンの横に、神田が腰を下ろした。
「大統領出て来ぉへんなぁ。寝てるんちゃうか」クラウンが誰に云うともなしに呟くと、それに神田が応答した。
「結局のところ、アテが外れたんでしょうね。X国での米軍との関係性は、日本のそれよりもずっと対等なものですから。用地問題や騒音問題などがあったとしても、自国軍の場合と同じか、下手したらそれ以上に有利に交渉を進められる筈です。やはり日本は敗戦国であると云うことを、未だに引きずっているのでしょう。参考になる訳がないですね」
「何を見たかったんやろうなぁ。X国では何を困ってるんや」
「まあ、我々には与り知らぬことです」神田が冷たく切り捨てゝ、この話題は終わった。
蓮と知佳が風呂から上がり、濡れた髪をタオルで拭きながらロビーに顔を出した時、クラウンの幻影スクリーンでは大使館から慌てた様子でわらわらと人が出て来るのが見えた。同時に職員の一人が遣って来て、知佳達を追い抜くと神田の正面に回って声を掛けた。
「大統領が行方不明です、直ちに対応を!」
一報を受けて、神田は全員をロビーに招集した。
「大統領が行方不明になりました。急いで大使館へ向かいます!」神田の号令で、全員即座にコンテナに乗り込み、大慌てで出動した。
雲の上を通って大使館上空へと到着すると、クラウンと知佳は状況の調査を始めた。国際法の制限で中を直接確認することは出来ないため、クラウンは大使館全周の様子をスクリーンで確認する。知佳は大使館前で右往左往している者達の心を一つ一つ探り、有益な情報を集めてみた。
「最後に目撃されたのはトイレに立ったところで、でも本当にトイレに行ったか如何か迄は確認出来ないですね……あれ、それにしても……」
「どうしたの、知佳」蓮が不安げに訊く。
「いや、あの例の、秘書官の人が居ない。国防大臣も」
「それって、洗脳されてた二人じゃ」
「そうだよユウ君。二人とも見当たらないの。大統領が居なくなった後、誰もその二人を見てない」
「まさか、洗脳は解いたのに……」ユウキが不安気な顔をする。
クラウンが腕組みをして「後催眠の掛け方次第では、ユウキでは見抜けない所に残っていた可能性があるな。俺もフォローしておけばよかった」
「悔やんでいる暇はありません。何とか三人の足取りを探りましょう」
知佳はより広い範囲に能力を展開して、三人の意識を探し始めた。そして直ぐに目を見開く。
「地下です、この地面の下にいます!」如何やら知佳が捕捉した様だ。
クラウンはスクリーンの視点を地下へと移し、その様子を探ってみた。
「何や広い空間があるな。大使館の下にこんな地下トンネルがあるとは。――それにしても、何処から入ったんや?」
地下空間で視点を前後左右に動かして探ったところ、大使館の中庭に通じている様だった。
神田は腕を組んで悩まし気に、「流石に大使館の中に踏み込む訳にはいかないですね……一寸無謀かも知れませんが、蓮さん」と云って蓮に視線を投げた。
「そう来ると思ってました! このスーパーレディ蓮さんにお任せあれ!」蓮が明るく応じると、クラウンが眉を歪めて、「そんな云い方されると、なんか信用でけんくなるわぁ」と情けない顔をした。
それでも他に手段は無いので、一行は近くの林の中にコンテナを下ろすと、テレポート先の地点を改めて確認した。
「カフカみたいに蟲と混ざりたくないし、そや、ユウキ、こっちとあっちにバリア作られへん?」
ユウキは上手く理解出来ない様で、首を傾げながらクラウンを見た。神田が補足説明をする。
「クラウンさんが云いたいのは恐らく、テレポート先に我々五人が入れる位のバリアを予め張っておいて、中に虫や水滴などが侵入するのを防いだ上で、此方でも同じ大きさのバリアに入っておいて、バリアの中身を丸きり入れ替えるようにテレポートしたいと、そう云うことだと思います」
「そうそう、神田さんありがとうございます。ユウキ解ったか?」
「ちなみに、クラウンさんが引用したかったのは『ハエ男の恐怖』と云う映画で、カフカとは無関係ですね。映画の方は転送装置に蠅が入り込んでいた為に転送後に蠅と合体して仕舞う話ですが、カフカと云う作家の書いた『変身』はある朝起きたら虫になっていた、と云う話です。全然別物ですよ。それに蓮さんの能力では、転送物体同士が混ざり合うなんて現象、起こり得ないと思います」
「え、えゝねん、神田さん、そんな指摘は!」クラウンは真っ赤になって顔を背けた。
「まあ、物質の合成こそ起きないものゝ、水族館でのクリーチャーの様に、境界に居るモノが寸断されたりとかはあるかも知れないので、提案自体は素晴らしいことだと思います」
ユウキは一寸笑いながらも、クラウンと神田が説明した通りに二つのバリアを張り、そして蓮がその中身を綺麗にテレポートさせた。
無事に地下の暗闇の中に降り立つと、神田が懐中電灯を点けて頭上に掲げた。
「さあ進みましょう。足元と頭上に注意してくださいね。ユウキ君、出来ればバリアは張った儘で。知佳さん、どの道を辿ったか判りますか?」
「はい、追い掛けられます」
知佳は対象の記憶を辿りながら、先頭に立って道案内をする。進むに連れて段々周りの様子が変わって来た。最初はある程度人の手が入っていて、舗装こそされていなかったがそれでも、壁も床もそこそこ平らで綺麗だった。然し今は壁はごつごつした岩肌のようだし、足元も凸凹で、天然の洞穴の様である。
そうして其処を過ぎるとまた少し様相が変わり、床面は多少ましになって、壁面には所々穴が穿たれており、古びた薬瓶や空き缶、襤褸切れや紙片の様なモノ迄がちらほらと目に付き始める。嘗て人手で整備されていた様でいて、然し随分と荒れ果てゝいる。
「まさか。此処は、防空壕の跡?」神田が戸惑いながら呟く。「どこから迷い込んだんだ……大統領達は?」
「この角を曲がった、直ぐ先に居てます」クラウンが幻影スクリーンを見ながら囁く。「催眠状態の二人も一緒です」
「二人とも、心の矛盾が増大していて、葛藤で千切れそう」知佳が口元を手で押さえながら、悲壮感たっぷりに報告する。
「最早一刻の猶予もなりませんね。なんとかなりませんか」神田がクラウンを見る。クラウンは強張った表情で「遣って、みましょうか!」と云うなり、強めの幻覚場を展開した。秘書官と大臣は幻覚に翻弄されて、少しずつ毒気が抜かれて行く。クラウンの指示の下でユウキもその作業に参加する。ユウキがクラウンの幻覚に浄化の力を添えると、秘書官と大臣は脱力し、その場にへたり込んだ。顔付きがみるみる穏やかに変わっていき、拡散していた瞳孔が収縮し、虹彩に活力が漲ってくる。
「クラウンさん、僕はまた見落とすかも知れない。ちゃんと残らず除去出来る様にサポートして」ユウキはいつになく真剣な声でクラウンに助力を乞う。
「云われなくとも、判っとるわい」クラウンは一瞬微笑み、また直ぐに真剣な表情に戻って解除を進める。
知佳は二人の心を深く走査しながら、洗脳の残滓を見逃すまいと集中する。
皆が洗脳解除の作業に専念している間、蓮は出しっ放しになっている幻影スクリーンの隅に、拘束されてぐったりしている大統領の姿を見付けていた。彼女もまた負けずに集中力を高め、瞳を深紅に燃やすと、大統領の姿が消えた。
「大統領を大使館に戻しました」蓮が告げる。
それと前後して洗脳の浄化も如何やら片が付いた。クラウンは大使館のゲート前に倒れ込んだ大統領と、それを取り囲むSP達の姿を確認し、「おっけい、蓮、ありがとな」と労った。
ユウキはほぅっと長い息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。クラウンも横に屈んで片手を顔の横に差し出すと、ユウキはその手を軽く叩いた。パンと云う小気味良い音が辺りに響く。
「お疲れ」とクラウン。「ありがとう」とユウキ。
大統領がSP達に担がれる様にして立ち上がり、大使館へと入って行く様を確認しながら、一同は今助けたばかりの二人に視線を戻した。秘書官と国防大臣は、洗脳から解放された余韻の所為か、その場にへたった儘ぼーっとしている。その様を見て神田が知佳に指示を出す。
「あの二人の記憶を辿って、誰がいつ、どの様にこの強固な洗脳を仕込んだのか、探してみてもらえますか?」
知佳はこくんと頷くと、改めて二人の心に静かに下りて行った。大統領を誘拐する指示は、如何やら初日に車で外出した際に誰かから受けたものだ。更に過去へと遡り、洗脳に心が支配された記憶迄遡ると、そこからは注意深く、術が掛けられた瞬間をビデオを逆再生する様に辿って行く。二人は別々に洗脳を受けた様だが、その記憶の様子は殆ど同じだった。矢張りアロマだ。この香りは何なのだろう。誰かが語り掛けている。顔が判らない。云う通りにしろ。云う通りにする。解ったな。わかった。この光が合図だ。光。この光を見たら自由意志は消し飛ぶ――
「知佳!」蓮が知佳を揺さぶり、ハッと我に返る。
「え、あたし……」
知佳は二人の記憶の中の洗脳者の術に落ち掛けていた。二人の意識にシンクロした為か、それとも術者の掛ける暗示が強力過ぎて巻き込まれ掛けたのか。
「アロマの様な香りの中で、誰かが不思議な声で語り掛けて来るんです……云うことを聞け、光が合図だ、って」
ユウキとクラウンが難しい顔で知佳を見詰めていたが、殆ど同時にほっと溜息を吐いて顔を見合せた。
「大丈夫や、知佳ちゃんはやられてない」
クラウンの言葉に、神田もほっと息を吐いた。
「香りと云うのは恐らく、何か向精神薬の成分が混ぜ込まれていたのでしょう。そうして意識を混濁させておいて、ある特定の周波数の音声で暗示を掛けた、と云ったところでしょうかね。然し肝心なのは、それが誰に依るものかです。そこ迄は追い切れませんでしたか?」
「すみません……」知佳は小さく項垂れて、「もう一度、チャンスをください」と云った。然し神田は難しい顔をして腕組みして仕舞った。
「危険ではないですかね、クラウンさんはどう考えますか」
「ワシも同じです。追求したい気持ちはあるけれど、今の知佳ちゃんの状態ではリスクの方が高いかと」
知佳は急度顔を上げて、「でも、読むなら今なんです! この機を逃したらもうチャンスは巡って来ないかも……」
「でももう一度記憶を見たら、また洗脳シーンで同じことになるんじゃない?」蓮が心配そうに云う。
皆ぐうと押し黙った儘、時だけが過ぎてゆく。そうしている間に秘書官と大臣は次第に人心地を取り戻して来た様で、目を瞬いたり、周囲をきょろきょろと見渡したり、何事かぶつぶつ呟いたりし始めた。
「もう時間がないな。これ以上は引っ張られへんで」幻影スクリーンを見ていたクラウンは、稍焦った調子で告げる。
「今回は諦めましょう。またいずれ、機会が訪れるかも知れません。それ迄にどう進めればよいか、確り計画を立てゝおくことにしましょう」
神田の決断により、二人をテレポートで大使館前へと転送することになった。
「殆ど正気に戻ってる様なんで、一旦幻覚で誤魔化すから、その隙に」クラウンの指示により、蓮はタイミングを合わせて二人を転送した。
「残念……」知佳は唇を噛んだ。
「ボクだって悔しいけど、今は諦めるしかないよね。それに多分、この洗脳者を突き止めることは、僕らの責務の範囲内ではない。神田さん、そうでしょう?」ユウキはそう云って神田を振り仰いだ。
「はい。それは全くその通りです。我々の使命は大統領を護ること。背後の指示者や黒幕を暴き立てることは、期待されていません」
「それでも、それが警護に直結することだってあるじゃない?」
蓮が自信無さ気に反論するが、「そうだとしても、それは飽く迄付随的なものであって、危険を冒して迄積極的に取り組むような事案ではないんです。これ迄に判明した事実は全て上に報告していますが、本来そうしたことは我々の任務ではないんですよ」と神田に一蹴されて仕舞った。
「もう好いよ。皆有難う」知佳は寂しそうな顔をして、蓮に微笑み掛けた。「あたしが鳥渡ワガママ云ってみただけ。別になんてことないから」
蓮は口を開いたが、結局何も云わずに口を閉じた。皆も微妙な表情の儘何も云わず、再度テレポートで、地上に停めておいたコンテナへと戻った。
知佳による追及を続けるか、それとも諦めるかは、ChatGPT に決めて貰いました。
結果的によい決断だったと思います。