二
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知佳は結局、運動会が終わる迄保健室に居た。神田はあの後直ぐに部屋を出て行った。保健室を出る際に少し振り向いて、「今夜迎えに行きますよ」と云い残して行った。その後間を置かずに心配した両親が訪ねて来たが、一年生の弟の綱引きが始まる時間になると運動場へ戻って行き、その儘二度と訪ねては来なかった。
お昼の時間だけは両親の許へ行き、一緒に弁当を食べた。ほつれて垂れた鬢の毛もその儘に、努めて具合の悪い風を装い、食欲の無い振りをしつつも、空腹感を満たす程度には食べておいた。その後再び保健室へ戻り、後は寝て過ごした。
全ての競技が終わり、閉会式も終わって、家族と共に帰宅した。帰宅後は夕飯迄布団に潜り込んでいた。保健室で寝過ぎた所為で全く眠くはなかったが、取り敢えず具合の悪い振りは続けておいた。
「夕飯食べられそう?」
母が心配そうに寝室を覗き込んで来たので、「うん、だいぶマシになったよ。おなかすいた」と応えて、起き上がる。
自分が小さな嘘を吐いている負い目もあり、知佳は余り両親と会話をしたい気持ではなかった。話し掛けてくる母親には不自然でない程度の曖昧な返事を返しながら、殆ど押し黙った儘食べ続けた。そして食事が終わり掛けた頃、インタホンのベルが鳴った。知佳はぎくりとしてインタホンの画面に目を向ける。いきなり神田が来たのだろうか。親に如何説明しようか。一瞬の内にそうした心配が頭を過ったが、画面に映し出されたのは七三の中年男性ではなく、前髪を眉毛の高さで切り揃えた黒髪の少女だった。母親がインタホン越しに応対する。
「あら蓮ちゃん。どうしたのこんな時間に?」
「お見舞いに来ましたー。知佳さん元気になりましたか?」
級友の声は、場違いな位明るかった。知佳は彼女の訪問に驚きはしたが、同時に救われた様な気がした。食卓の気拙い空気から逃れる様に椅子から飛び上がって、後ろ髪を結い直しながら玄関迄トテトテと走って行き、ドアを開ける。
「やほ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。今ご飯食べてたの。――そうだ、一緒に食べない?」
後ろで母も微笑みながら、「よかったらどうぞ」と云った。
「家で食べて来たんだけど」などと云いつつも、蓮は招待に応じ、知佳の家族と一緒に軽い食事をした。蓮の気さくな話術によって、知佳と家族との間に漂っていたなんとなくギクシャクした空気も、稍薄らいだ様な気がした。
蓮は付き合い程度に軽く食べただけなので、知佳と略同時に食べ終わった。
「ごちそうさま。なんだか夕飯食べに来たみたいになっちゃって、ごめんなさい。知佳が元気になったことも確認出来たし、そろそろ帰ります」と知佳の家族に礼儀正しい挨拶をして席を立つと、「知佳、鳥渡一緒に来て」と知佳の左手を引き、玄関先迄連れ出した。
「今日はありがとう。心配かけてごめんね」
「いいの。そんなことより知佳、話しておかなきゃならないことがあるの」
その言葉と同時に知佳の頭の中に、蓮の思考が滑り込んで来た。
〈知佳、あたしの心が聞こえるでしょ〉
知佳は驚きの余り目を見張った。一歩後退り、手を振り解こうとしたが、蓮はそれをさせなかった。
〈やっぱり神田っちの云った通りみたいね……怖がらないで。あたしも同じなの〉
「えっ」
〈心が読めるわけじゃないよ。あたしのは別の能力〉
蓮の茶色い瞳が、僅かに赤みを帯びた。
「隠袋の中のビー玉、いつから入ってるの?」
蓮は悪戯っぽく微笑んだ。知佳は何事かと訝りながら、蓮に掴まっていない方の手で隠袋を確認すると、果たして其処には、蓮の云った通り小さなビー玉が入っていた。
「あれ、なにこれ……いつの間に?」
「私にも特殊な能力があるってこと。私達、仲間なんだよ」
知佳はビー玉を手に握り締め、当惑しながら蓮の目を見詰めた。一日に余りにも重なり過ぎている気がする。能力の所為で倒れ、能力を知る男が現れ、そして能力を持つ友人の告白。「――なんで今日なの」
蓮はそれ迄握っていた知佳の手を放し、少しバツが悪そうに笑った。「最近迄自分の能力に気付いていなかったの。でも神田っち――神田さんが教えてくれたんだ。あの人も特別な能力を持っているんだよ」
知佳は依然として困惑してはいたが、それでも少し、嬉しかった。自分だけが孤独な存在ではなかった。同じ様な境遇の仲間が居たのだ。そして、神田もその一人なのだと云う。
「説明は済みましたか」
突然の声に驚いて振り返ると、其処には神田が立っていた。
「知佳さん、あなたの能力は我々のチームを繋ぎ止める為に不可欠なんです。あなたは他人の思考を読むことが出来ます。然しそれが全てではない。或る特性を持った者同士の中にあなたが居た場合、そのグループのメンバ同士が相互にテレパスで会話出来る様になるんです。――あなたは気付いていましたよね? 私や蓮さんの思考が、無制限にあなたに流れ込んでは行かないことに」
そこで神田は言葉を切ると、知佳の目を凝と見つめた。
〈我々同士の場合、誰に何の様な思考を送るかを選択することが出来ます。仕組みは私もよく判らないんですが、恐らくあなたが或る種の場――テレパス場とでも呼びましょうか、そうしたものを形成して、その場の中でのみ我々は心での会話、即ちテレパスを自在に操ることが出来る様になるのだと思います〉
〈どういうこと……〉
知佳の思考が二人に向かって流れ込んだ。
〈やり方、解ったみたいね〉
蓮が知佳に向かって、優しく微笑んだ。神田も笑みを浮かべて知佳に応える。
「理解して戴けたでしょうか。あなたのこの能力を使えば、私達チームは言葉に依らずに互いの意思を伝え合うことが出来る。これは時に、迚も有用なんです。またその副作用として、我々仲間の思考はあなたに無節操に流れ込んだりしない。これは、テレパス場に参加している身内の心は、あなたには読めないと云うことでもあります」
知佳は何故神田に、警戒心と同じぐらいの安心感を覚えたのか、漸く理解した。何のことはない、神田の心の声が聞こえなかったからだ。それは取りも直さず、「神田は知佳に負荷を掛けていない」と云う事実の表明なのである。
「それで私の能力はね、先刻鳥渡見せたけど、テレポーテーションなの。とは云っても、自分をテレポートさせたことは未だないんだけどね」
蓮はそう云うと、少し含羞んだ。
「所で先刻のビー玉、未だある?」
そう云われて知佳は握っていた手を開いてみたが、其処にビー玉は無かった。隠袋の中も確認してみたが、中には何も無い。
「あれ?」
蓮がくすくす笑いながら握っていた右手を開くと、其処には先刻のビー玉があった。
「なにそれ、手品」思わずそう云って仕舞ってから、知佳はハッと口を噤んだ。そう云う言葉を蓮が喜ぶとは思えなかった。
然し蓮は気にした様子もなく、「そうだよね。あたしも思ったよ。手品師としてやっていけるんじゃないかって」コロコロと笑いながら、「でもこれは手品では説明出来ない」
右手の上のビー玉が微かに震えると、少しずつ薄らいでいき、それと同時に知佳の鼻先に同じビー玉がぼうっと浮き上がって来た。軈てビー玉は蓮の掌から完全に消え去り、同時に知佳の鼻先で完全に実体化して、ぽとりと足元に落ちた。
「特別にゆっくりやってみましたー! どう、驚いた? これが私の能力」蓮が自慢げに胸を反らせた。
知佳は目を丸くして、「ええっ、すごい!」と感嘆した。
蓮の登場と命名と、能力をテレポートにしたのは、全て ChatGPT です。
作者がしたのは性格付けだけ……




