十六
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突然神田が慌てた様子で戻って来て、「異変が起きた。急いで行こう!」と声を荒らげた。
いつもと違う神田の態度に、一同は一瞬言葉を失った。
「行くってどこへ? 遠隔では対処出来ない事態なんですか? 一体何が!」クラウンが神田に食って掛かる。
「駄目だ、ダメなんだ。とにかく行かなくちゃ!」神田の説明は要領を得ない。ユウキが神田の腕にそっと触れた。
「神田さん、落ち着いて」
神田は空気の抜けた風船の様に急激に大人しくなり、その場にへたり込んだ。
「すまない……皆。これは……個人的なことなんだ」そう云うと、壁に手を突きながら立ち上がり、蹌々踉々としながら再び会議室を出て行った。取り残された四人はポカンと口を開けた儘、暫くは身動きさえ取れなかった。
「いやいやいや、待てよ、何やねんて!」クラウンが激しく憤りながら、幻影スクリーンを開く。画面は神田を捉えている。
「身内の心は読めないの……」いつの間にか起きていた知佳が、申し訳なさそうに呟く。
「取り乱した中年程みっともないモンは無いで」言葉は刺々しいが、クラウンは落ち着きを取り戻しつつあった。
暫くは皆押し黙って神田の様子を観察していた。神田はホテル内を闇雲に駆け回っている様で、エレベータに乗って上がったり下がったり、階段でフロア移動したり、何処へ向かおうとしているのか全く予測がつかない。
幻影スクリーンではずっと神田を後方から追っていたが、突然踵を返した神田が急激に迫って来て、どアップに映ったかと思うと、画面から見えなくなった。
「おっと、視点を乗り越えやがった。うろうろしてゝ動きが読みにくいわ」
クラウンが視点を修正し、神田を俯瞰で捉える。神田は壁際に身を潜め、誰かを見張っている様だった。その視線の先を辿ると、開襟シャツに紺のスラックスと云う目立たない格好をした若い男がいた。その若者も物陰に潜む様にしており、その視線の先は……
「この人は読めるよ。――って、うそでしょ!」知佳が驚愕の声を上げる。
「なんやねん、どした」
「この人が狙ってるの、会談会場じゃない?」蓮が指摘する。画面にはホテル二十階の、「スカイビュープラザ」と云う大宴会場の入り口が映っていた。
「お、おう? そうか……いや、どう云うこっちゃねん、なあ、知佳……」
「神田さんの息子さん」知佳が凍り付いた表情で報告する。
「はぁあ!?」一同は驚嘆の声を上げた。
「まてまて。――え? 神田の息子が、敵方にいるんか!? あ、若しかして、若しかせんでも、闇バイトとか!?」
「闇バイトなんて……そんな、神田さんの息子さんが、そんなことします?」ユウキは信じられないと云った口調で反論する。
「神田さんね、パイナップルパークで捕まえた脅迫犯に対して、ものすごく怒ってた。なんであんなに怒ってるのかずっと判らなかったんだけど……」知佳が訥々と語り出す。「息子さんと重ね合わせていたのかも知れない……神田さん、自分のこと全然話してくれないから……あたしには読めないし……ずっと、一人で抱え込んで……」うっと嗚咽が漏れる。
「軽率やったな。気持ちなんか解る訳なかったんや。わし如きに……」クラウンも沈んだ声で引き継ぐ。「どう考えても闇バイトやな、あれは。一体どう云う経緯でそんなことになったのか解らんけど……」
「絶対、させない」蓮が険しい顔で、押し殺した様な声を発する。「させないし、死なせない」余人を寄せ付けない迫力があった。
知佳は、皆の気持ちを纏め上げて、画面越しの神田に向かって送り込んだ。神田の肩の辺りがピクリと反応する。
〈お願い、応えて〉一心に送り続けた。
神田は知佳からのテレパシーに対して、感謝の念を送り返して来た。
〈とにかく落ち着け、神田さん。接触しても好いことなんかない。距離を保って、機会を見極めろ〉クラウンが差し出がましい助言を神田に送ると、神田は鷹揚に〈解っていますよ。おかげでだいぶ落ち着いて来ました。皆さんの助力を願います〉
〈当たり前や! それがわしらの任務や!〉
暫く双方共に動きは無かったが、軈て会場のドアが開錠され、スタッフの出入りが激しくなっていった。神田の息子は未だ凝と様子を窺っている。
「息子さんは能力無いのかな」知佳の素朴な疑問に、「能力あればテレパス場に乗るやろ」とクラウンが答える。
「そうだね、じゃあ、何か武器とか持ってるかも」
「調べる」クラウンは画面を操作する。そしてジャケットの内側を見た時、血の気が引いた。「アカン!」
横からスクリーンを覗き込んでいて、事情を察した蓮は、然し直ぐには動かなかった。目を閉じて、意識を集中している。次に真っ赤に染まった眼を見開いた瞬間、息子は蹌踉け、遠くの空で何かが爆ぜた。
「爆弾ジャケットね。鳥渡、遠く迄飛ばす余裕無かったわ。彼の体から離した所為で起爆しちゃったし。被害出ないと好いけど……」
爆発はホテル上空で起きていた。ホテル内には大した被害は無かったが、大きな音と微かな振動により、二十階で会談準備をしていたスタッフ達は神経過敏になっていたこともあってか、誰しも不安な表情を浮かべて騒めいている。
クラウンは幻影スクリーンでフロアの隅々迄確認した上で、「クソっ、息子の姿がない!」と吼えた。
神田も息子が居なくなったことに気付き、〈息子が逃げた! あいつは能力者ではないから、すぐ見付けられると思いますが。クラウンさん、知佳さん、お願い出来ますか〉と云って来た。
知佳はテレパスで、クラウンは幻影スクリーンで、それぞれに神田の息子を探していた。神田は息子が居た辺りに、一枚の紙切れを見付け、内容を確認すると隠袋に入れた。
〈息子さん、下へ降りてくる様です。スピードからして、エレベーターだと思います〉
「素人が。すぐ確保したる」クラウンが全てのエレベーターを同時に映し出す。その中の一つに、神田の息子が居た。
〈神田はん、見付けたで〉クラウンがテレパスで語り掛けながら神田の画面へ目を移すと、其処に彼はいなかった。
〈神田?〉クラウンは慌てゝ、画面を切り替えた。そのフロアには既に神田の姿は莫い。
「おいおい、待てよ、今度は親父の方が行方不明や!」クラウンが叫ぶと、皆が一斉に振り返った。
「ちょっと、どうなっちゃってるの!」蓮が取り乱す。
「とにかく! 息子の方を確保する!」その息子は二階でエレベーターを降り、地上へ続く外階段を駆け下りていた。其処へクラウンの幻覚場が下りて来て息子を包む。息子は必死に抵抗するが、クラウンの能力には敵わない。幻覚は彼を階段近辺の狭い空間に閉じ込め、其処から逃亡することを妨害し続けている。しつこく抗うも次第に疲労が蓄積し、動きも鈍くなってゆく。
弱いながらも抵抗を続けていた息子の動作が、突然固まった。何かに自由を奪われている様で、身動き一つ出来なくなっている。
「これは」クラウンが画面の視点を移動させる。上空から、鬼の形相の神田が舞い降りて来た。
「達也! お前どうしてこんな……」
「と……父さん……」神田の息子が声を振り絞る。
神田は悠然と息子の前に降り立つと、思い切り左頬を殴った。
〈わぁ、動き封じてそれは、フェアやないで!〉思わずクラウンが指摘すると、神田の力が僅かに抜けた。
〈そう……私はどこかで間違えて仕舞ったんです。こんな……殴る心算で此処へ来た訳では……〉
〈まあ落ち着け。落ち着いてください。一旦、会議室へ〉
神田は頷くと、息子の達也を拘束した上で、彼を抱えて高砂の間へ戻って来た。
「お帰り、神田っち」蓮がニコリともせずに、神田を迎え入れた。
達也が椅子に縛られて、尋問が始まる。
「達也。私はお前を、X国へ引き渡さなければならない」
息子――達也は目を潤ませた。神田の言葉に動揺を隠せない。
「大丈夫ですよ、達也さん。私達はあなたを傷付ける心算なんかないから」蓮が優しく語り掛けると、知佳もそれに続けて、「神田さん――あなたのお父さんは、大統領を護衛する為に最善を尽くしているの。あなたのしようとしていた事の為に、私達はあなたをX国に引き渡さなければならないけど、神田さんは何時でもあなたのことを思っている筈。屹度X国にも、上手く説明してくれると思います」
達也は蓮と知佳を一瞥し、「なんだよお前ら。小学生? 小学生なんかに何がわかるんだ……」と云って顔を伏せた。蓮はカチンと来て、「ガキ扱いしないでちょうだい、あたしレディなんだから」
「蓮、何云ってるの?」知佳がそっと蓮をいなす。
「達也。この子達は私のチームメンバだ。お前にとやかく云われる筋合いのものではない」神田は冷徹に云う。
「ああそうかい。こいつらも能力者か、それは結構なこったなぁ!」語気は荒いが、表情はどこか寂しげだ。知佳はそっと、達也の心の中に降りて行った。
「お前、死ぬところだったんだぞ」神田は稍語調を和らげて云った。「この子達がいなかったら、お前今頃……」
「勝手なことすんなよ!」達也の目から涙が落ちる。「納得済みだったんだよ!」
「達也……」
知佳が寛悠と顔を上げ、神田と達也を見比べてから、「ものすごく、グルんグルんに捻じれてるのね……でもあなた、悪い人じゃない」と囁いた。「あなたには何か、能力者に対する黒い感情があるのね」
達也はそれには答えず、小さく呻きながら頭を垂れた。知佳は緩と達也の心を辿ってゆく。
「そう、きっかけは、十三年前」知佳の言葉に、達也がピクンと反応する。「あなたは私と同じ、小学生だった。お父さんはあなたの親友の父親を――」神田が唇を噛む。知佳は続きの言葉を飲み込み、眼を細めて凝と達也を見据えた儘、優しい声音で「――そうなんだ。それは辛かったね」と呟いた。
「私は未熟だったんだ」神田が弁明する。「私は公安の捜査官だった。彼もまた能力者で、然し悪事に手を染めていた。私は只、逮捕したかっただけなんだ……わたしは」
「父さん。好いんだ。もう過ぎたことだ」達也は苦しそうに声を絞り出す。
「事故だったんですよね」知佳が続ける。「相手が放った石礫を、神田さんは避けようとしただけ。能力を使って防いだだけ。でも能力の制御を誤って、その石礫は相手に跳ね返って……」
「もう好いって云ってるだろう!」達也が激高する。知佳は調子を変えずに、「好いと思ってないから、此処迄来たんです。父親に反発したくて、そんな父を持った自分を呪って、あなたは志願して仕舞った」
知佳は達也の心との対話を続けていく。
「その人にあなたが遭ったのは、大学の食堂でしたね」達也は目を剥いた。「OBと名乗るその人は、あなたにある考えを吹き込んだ。ずっと心の片隅に燻っていたあなたの不安や不満は、その人によって剥き出しにされ、そして増幅されていった」
「誠治さんは、僕を理解してくれたんだ」「違うよ。あなたを利用したの」知佳は畳みかける。
「あなたの恐怖と怒りを巧みに操って、自分の思い通りに行動させるよう仕向けた」そこで神田に顔を向けて、「達也さんはね、バイトで此処に来たんじゃないの。無報酬で、只々心酔する人物に、この命を捧げるために」
「まさか……」神田はすっかり蒼褪めて、膝を突く。
「洗脳が解けるには、未だ時間が掛かりそう。X国には、その点を確り云い含めておかないと」
神田は首肯くと、「達也。必ず迎えに行く」と云い、達也を水平線の彼方へと抛り、回収部隊に引き渡した。いつもより優しい抛り方だと、知佳は感じた。
そうして息子を片付けた後、クラウンに向かって次の指示を出す。「さてクラウンさん、大統領の様子を確認して戴けますか」
クラウンは神妙な表情の儘幻影スクリーンに視線を落とすと、会見会場と大統領のスイートルームを覗いた。
「会談は爆発の影響で延期になっている様で、周囲には混乱が広がっています。大統領は一旦自室に戻っていますね。取り敢えず会場の収拾付けますわ」クラウンはそう云うと、会談会場のフロア全体に幻覚場を展開し、人々の混乱を鎮め、爆発の記憶を薄めてゆく。「何人か他のフロアに避難したな……めんどくさぁ、全体遣っとくか」そして幻覚場を、ホテル全体へと広げる。
クラウンが作業している間、手持ち無沙汰な蓮が知佳に話し掛けた。「あんた凄かったよ、迫力! なんかカウンセラーか何かみたいで、カッコよかったし!」
知佳は薄い笑みを返すと、深く溜息を突いて、「はあぁぁ、つかれたぁ」と云って椅子に深く身を沈めた。
「ところでユウ、あの人の洗脳あんたなら解けたんじゃないの?」蓮が文句を付けると、ユウキは口を尖らせて「あんな何年も掛けて定着させられた洗脳、幾ら僕が超人でも簡単には解けないよ」
「誰が超人よぉ、調子乗んな無能!」
「あっ、ひどい!」
蓮とユウキの喧嘩を遠い意識で聞きながら、知佳は再び微睡んだ。
メンバーを会議室から出そうとするのも ChatGPT の暴走です。何のために会議室とったんだと。まあその御蔭で、神田の人間味が出せましたね。