十三
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展望台の麓、ピートの目の前に、突如として神田以下五人の姿が立ち現れた。
「見付けたで、覚悟せぇや!」五人の中のクラウンが叫ぶと、大量の蛾の幻覚がピートに襲い掛かる。ピートは微動だにせず、片手でそれらを払い除けた。次いで神田がピートの手にあるナイフを取り上げようとするが、神田の念力はピートの結界に弾かれた。蓮の力も及ばない。
〈おいおいおい、お前ら本気で来てるのか? 余りにお粗末だな〉ピートは不敵に笑いながら、目の前の五人に襲い掛かる。五人は防戦一方となり、堪らず北へと逃走した。ピートがそれを追い掛ける。
「やっぱりアイツ、単純馬鹿やで」一部始終を幻影スクリーンで確認していたクラウンが、楽しそうに云った。五人とも資料館上空から動いてはいなかった。
程なくして、五人の姿を模した幻影が南の方から飛んできた。その後ろをピートが追い掛けて来る。
「あの人――ピートさんは幻じゃない。本物だよ」知佳が太鼓判を押す。
「よし、行くぞ!」神田が檄を飛ばした。
五人は一斉に身構えた。クラウンは贋物の五人を自分達に十分引き付けてから消すと、ピートの前に仁王立ちする。ピートは一瞬不意打ちを食らった様な顔をしたが、直ぐに気を取り直して、〈さて、楽しませてもらおうか〉と不敵に笑った。
〈ピートさん、念の為確認しておきますが、我々に降伏する心算はありませんか?〉神田がテレパス場を用いてピートに語り掛けると、ピートはワハハと大笑いしながら、〈何を寝ぼけたことを云っているんだ。本よりお前らだって、そんな気は無いだろうに!〉と云って、衝撃波を繰り出した。ユウキがバリアを張ってそれを防ぐと、今度はクラウンが挑発をする。
〈二言は無いな? ようしその覚悟があるなら、掛かって来るが好い!〉
「なんか悪役みたいなセリフだね」蓮が知佳だけに聞こえる位の声で、そう小さく囁くので、知佳はくすっと笑って仕舞った。
そんな二人の様子などお構いなしに、戦闘は開始された。神田が念動力による衝撃波で遣り返せば、ピートは矢張り念動力でその攻撃を跳ね除け、透かさず神田の手元のナイフを操って攻撃をして来る。神田も二度同じ手には掛からぬとばかりに体を躱し、ナイフの制御を奪って床上に叩き付ける。その間にもクラウンが幻覚の洪水を起こし、然しピートに無効化される。ピートも同様に幻覚の大火で遣り返すが、クラウンの一喝で全て押し返し、ピートは自分の起こした炎の幻覚に巻かれて仕舞う。
そんな攻防の中、蓮が知佳に質問をしてきた。
「あのさ、あたしたちの心の中って、知佳、読めないんだよね?」
なんでこんな時に、と思いながらも、人の好い知佳は答えて仕舞う。
「そうだね……テレパス場に乗ってると、相手が送ろうって思った思念しか聞こえて来ないし、こっちから覗こうとしても覗けないよ」
蓮は鳥渡考えるようにして、「あいつ、ピートもさ、知佳のテレパス場に乗って来てるよね」
「あー、うん、そうだね。能力者なら誰でも乗れるのかな」
「昨日もそうだったけど……何で知佳、あいつの場所とか名前とか、ボスの名前とか判ったの?」
思わず知佳は蓮を見詰めた。本当だ。何でだろう。「――そうか。隙間があるんだ」
知佳は蓮のヒントに活路を見出した。テレパス場に乗っているにも拘らず、ピートの心には覗き穴が開いているかの様に、幾つもの隙間がある。先刻迄は特にそうしたものを意識せずに、漫然とピートの中を読んでいたのだが、他の人より若干読み難い気がした理由も判った。本来読めない筈なのに読めていたのだと云うことにも気付くことで、どうすれば読めるかも漸く認識出来た。此処からは知佳が明確に主導権を持って臨むことが出来る。
知佳はピートの心の隙間から、慎重にその中へと下りて行った。
ピートとの戦いは相変わらず続いていた。これだけ激しくぶつかり合っていれば、地上から直ぐに気付かれそうな気もするが、ピートの能力かクラウンの配慮か、将又何か別の要因の為なのか、地上の観光客やSP達、施設職員含め誰一人、頭上での激しい戦闘に気付く者は無かった。
戦況はどうも五分の様である。一つ一つの攻防ではピートを押している様でもあるのだが、何しろピートの手数が多く、それを捌くのに手一杯で今一歩踏み込んだ攻撃に移れていない。
「そろそろあいつのスタミナが切れそうなものですが」ピートのスタミナ不足を思い出して、神田がポロリと零した。
「そうですねぇ。栄養剤でも飲んだか、ヒロポンでも打ったか……思っていたより長続きしてますね」クラウンも同意しながら、ピートの攻撃を撃ち返す。
そんな中、知佳がテレパス場でピートに語り掛けた。
〈ピートさん、ピートさん! シルヴィアさんのことはどうするの?〉
ピートの動きがぴたりと止まった。
〈なっ、お、お前……〉ピートは真っ赤になってプルプルと震えている。
「知佳、また読めたんだ?」蓮が耳元でひそひそと訊くので、知佳もひそひそと返す。「うん、断片的にだけど。でも彼の大事な人の名前」
その隙に神田の念動力がピートを組み伏せた。ピートは束縛から逃れようと足掻くものゝ、一度萎えた勢いは最早戻っては来ない様だ。
〈きっさまああああ!! どうしてその名前を! いつのまにいい!!〉もの凄い形相で知佳を見上げて来る。
知佳は目を閉じた儘凝としていたが、軈て緩目を開けると、〈ピートさん、婚約者を国に置いて来ているのね。この任務のことは何も云わずに〉
〈黙れ黙れ黙れー!〉
〈あなたも判っているでしょう。お胎の子が、もう直ぐ〉
ピートは無言で、項垂れた。
〈ピートさん、シルヴィアさんは本当に心配していると思う。ずっとあなたの帰りを待っている筈です〉
〈……シルヴィア……くそっ、お前らなんかに何が判るんだ……〉
知佳は優しく語り掛け続ける。
〈ピートさん、もうこんな無益な戦いは止めて、シルヴィアさんの許へ帰ってあげてください。一人で産むのは心細いと思います〉
ピートの視線が揺れる。知佳の言葉は確実に彼の心に響いていた。
〈……そう……だな……俺は、シルヴィアの許へ行かなければ〉
神田が隙を突いてピートを捕縛した。そしていつもの様に海へ抛ろうとするのを、「待って!」と必死の様相で知佳が止めた。
「神田さん、何とか出来ないの?」泣き出しそうな顔で知佳が懇願する。神田は困った様に「いや、でも、X国との契約ですし」
「だって結局、この人何もしてないよ?」
「何もしてなくは無いねん、神田さんを刺したから。でもまあユウキが治してもうたし、結果的に何も出来てないことには変わらんか。――ま、無能やもんな」クラウンが茶化すと、言葉が判ったのか雰囲気を察したのか、〈なんだと!〉とピートが反応する。
「まあ、引き渡したところでまた逃げるんやろうけど」クラウンがにやりと笑う。それを受けた神田は暫く考え込む様にしてから、「少々考えます」と云ってどこかへ電話を掛け始めた。幾つかの遣り取りの後、蓮を招いて何事か云うと、蓮の手に小さな部品が現れた。神田はそれを受け取り、ピートへ向き直ると、〈このトレーサーをあなたに埋め込むことで、力を封じると共に、X国の監視下に置きます〉
蓮の目が赤く光り、小さな機械は消えた。ピートの体内へと転送された様だ。
〈日本なら、安全かも知れませんね〉神田は意味有り気に付け加えた。
ピートがY国の任務に失敗したことは誰の目にも明らかで、その為Y国に帰ることは何よりも危険であると云うことも皆は承知していた。帰国などしたらその場で拘束され、粛清されて仕舞うだろう。然し日本に残るなら。この儘亡命して仕舞うのなら。神田の言葉はピートにそうした連想をさせるには十分だった。
然しピートは苦悶の表情になる。
〈でも、シルヴィアが……〉
シルヴィアはY国で彼の帰りを待っているのだ。家になんか帰れる訳もないのに。
〈彼女のことは後から考えるとして、とにかく今はあなたが生きなければ〉知佳の言葉は正論ではある。然しピートには決められない。
その間ずっと、クラウンと蓮がヒソヒソと遣っているのに、知佳は気付いていた。何やら企み事をしている様である。然し仲間の心は読めないし、声も小さいので何をしようとしているのか迄は判らない。
神田はピートに向かい、〈立場上我々があなたに何かの便宜を図る訳にはいかないですが、我々としても犯人を捕り逃すと云う失策はあり得る訳で……〉
なんとなく歯切れの悪い説明をしていると、〈ねえねえ〉と蓮が声を掛ける。〈この人で合ってる?〉
蓮の傍らには、色の白い金髪女性が立っていた。神田は度肝を抜かれ、何か云おうとしたが、それより早くピートが反応した。
「シルヴィア!」そしてY国語で何事か叫び続ける。
「よかった、合ってたみたい」蓮がクラウンと|北叟笑ほくそえみ合う。
「どうやって……否、どうやっては判ります。クラウンさんが見付け出し、蓮さんがテレポートで……然しY国って凄く遠いんですよ。あなた達の能力は、そこ迄発達していたのですか!」神田の狼狽っぷりは滑稽な程だった。
「出来そうや思てやってみたら」「出来ちゃったね」二人はケタケタ笑っている。
この回はあまり ChatGPT の創造性は発揮されていません。