十二
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翌朝も早くから一行は活動を開始する。ある程度の大統領のスケジュールは把握しているが、どんなイレギュラーがあるか判らないので、早朝からクラウンの幻影スクリーンは開きっぱなしであった。誰でも見られる様に壁に貼り付けた状態で大使館のゲートを投影し、五人の誰かしらが常に画面を見ている状態を保ちながら、朝の支度をしたり、朝食を取ったりした。
「今の所動き無しですね」すっかり準備を済ませた神田が、画面を見ながらクラウンに確認する。
「そうですね。大人しいもんです。予定通りに出発するのだと思います」
他の面子も準備が完了した様子で、画面の前に集まって来ていた。
「大使館上空で待機しましょうか」
神田の指示により、一同は薄水色のコンテナの様な物に乗せられた。畳二畳分程の大きさで、四方の縁から稍内側あたりに簡易な|手摺てすりが付いている。
「一人一人を飛ばすより、この方が楽なので。ご協力ください」
コンテナ内には簡単な、それでも背凭れと肘掛の付いた椅子が、人数分用意されていた。気休め程度のベルトも付いている。そうした椅子が全て内側を向いて、向かい合った二辺にそれぞれ二脚ずつ、もう一つの辺の中央に一脚設えてある。その孤立した一脚に神田が座り、他の全員がそれぞれ着座してシートベルトを締めたのを確認すると、コンテナは上空へと舞い上がる。
「素敵な色ね、あたしこの色好きだな」コンテナを見渡しながら蓮が嬉しそうに云った。
「保護色なんですよ。地上から見上げても、空に溶け込んで見つかりにくくなってます」
「曇りの日でも?」クラウンが疑問を発した。
「実は色を蒼から黒っぽい灰色迄、略無段階に変更出来る様になってまして。センサーで自動的に、空の色に近い色に調整してるんですよ」
「はぁー、ハイテクやな」クラウンは感心して、溜息交じりに云った。
「一応保護はしている心算ですが、くれぐれも落ちないようにしてくださいね」神田が悪戯っぽく笑いながら云うので、ユウキは身を固くした。
「大丈夫でしょ、神田っちを信じなさい。落ちても屹度拾ってくれるよ」蓮が笑いながらユウキの背を叩いた。
そうこうしている間に一行は大使館上空に到達し、間も無く大統領の車が出て来るのを確認した。コンテナは空に溶け込んだ儘その車を追い掛け、いずれひめゆり平和祈念資料館に辿り着いた。
大統領の車列が緩と資料館の前に到着する。彼らは雲の上から、大統領が車を下り、資料館へと入って行く様子を見守った。入館後、大統領が館の職員から説明を受けながら展示室を一つずつ回って行く間、一行は上空から幻影スクリーンでその様子を見守っていた。この資料館は構造が単純なので、一々下に降りる必要は無かろうと云う判断である。大統領は終始、厳粛な表情で説明を聞いており、時折展示パネルを指差してはそれに就いての説明を求めている。
「結構真剣に見てはるのね」クラウンが感心した様に呟いたその時、スクリーンの片隅に不穏な影が過った。
「この人、殺意を持ってます!」知佳が指摘すると、クラウンはその者を画面中央に据えた。
「ナイフか。原始的やな」
「矢張りもう、大した攻撃手段は残していないようですね」神田はそう云うと、蓮に向かって「まずナイフ。それから本人を」
次の瞬間、神田の手にはナイフが、そして彼らの輪の中心には襲撃犯が現れた。
「えっ? へっ!? うううわ、雲の上!?」
襲撃犯は判り易く狼狽し、近くにいた蓮にしがみ付こうとした。
「きゃあ!」蓮が身を躱すと、神田が彼を組み伏せた。その儘捕縛するとコンテナの柵に固定し、手に持っていたナイフを細かく調べ始めた。
「このナイフ、どうも臭いんですよね。判然とは判らないんですが……」
「私達の手元に置いて調査を続けても構わないでしょうか」知佳がナイフを凝視した儘訊ねた。
「何か感じますか? 契約上は容疑者の引き渡しに就いて規定されているだけで、凶器や証拠物件等に就いては特に定めが無いので、持っていても構わないと思いますが、常識的に余りべたべた触る訳にはいかないですね。後から提出を求められる可能性も高いですし」
結局ナイフに就いては、手元に残して引き続き調査を続けることとなった。襲撃者はいつも通り、海の彼方の回収部隊へ向けて抛られた。
凝とナイフを見詰めていた知佳が、徐に顔を上げると、「残留思念って云うのかな。なんか……あ、そうだこれ、昨日の能力者の念が籠ってる!」
「なんやて? あのへなちょこ能力者か」
「而もなんか、新しいんだけど……あの人捕まえたのって、昨日の朝だよね? でもこれ、どう長めに見積もったとしても、今日、日が変わってからの念だよ!」
神田とクラウンが目を合わせた。一同に緊迫した空気が走る。
「あいつ、脱走したってことか?」
「回収部隊やX国の受け入れ側に就いては、能力者への対策が十分でない、と云うことはあり得ますね」神田が唸る。
「わしらの様な能力者が関わっていると、想定出来なかったんか」
「いや、程度の問題とは思います。彼は――多才な能力者でしたから」
その時、ナイフの表面が俄かに曇り、幽かに震えると、神田の手からすうっと抜け出した。神田は慌てゝ取り縋ろうとするが、ナイフは素早く移動し、神田の右肩に突き立った。
「つぅっ!」神田が苦痛に顔を歪める。ナイフが勝手に神田から抜け去ると、傷口から血が迸った。
「かっ、神田さん!」ユウキが慌てゝ傷口を塞ぐ。瞬く間に傷は薄くなり、痕も残らない程綺麗に消えた。
「油断しました。ユウキ君ありがとう」もう痛くない筈だが、余韻の所為か神田は顔を顰めた儘、然し視線はナイフから外さない。神田は左手を翳すと、念動力でナイフの動きを抑え込んだ。
〈チクショウ、この馬鹿力め!〉ナイフの、基昨日の能力者の思念が、全員の頭に谺する。
「てめぇ、やってくれたな!」クラウンが凶悪な表情になって、ナイフの束に手を掛けると、刃の部分に金髪碧眼の白人の顔が浮かび上がった。
〈どこから操作してけつかる!〉
〈云うわけねぇだろー、ヒヒヒ〉
〈ねぇ、ピートさん〉知佳がさらりと名を呼んだ。
〈あ? な、なんで俺の名前を!〉
神田は恐ろしい形相になってナイフに映る男の顔を睨み付けながら、〈ピート、お前の魂胆はお見通しだ。我々が居る限り、好き勝手な真似はさせないぞ!〉
ナイフの中のピートは、傲慢な笑みを浮かべた。
〈ふん、大した自信だな。だがな、お前達に俺を止めることなど出来ないさ〉
〈覚悟しておけ! 其処から逃げるなよ!〉
神田は激高している様に見えて、昨日の恐喝者に対して見せた程の怒りではないことを、知佳は感じ取っていた。いつもの冷静な怒りでしかない。矢張り知佳にはその辺りの機微がよく解らない。判らないけど取り敢えず今は、ピートだ。知佳はピートの念の軌跡を辿ってみた。念波の強さからして、そう遠くはない筈。緑が見える。木だ。森、否、これは公園か。何か特徴的な物が近くに無いか……海が近い様だ。そして……
「展望台かな」
「何か見えましたか?」知佳の独り言に神田が反応する。
「この近くの公園で……海が近くて……展望台……噴水もあります……」
「公園はいくつかあると思いますが……その条件だと、一番近いのは平和創造の森公園かな」
クラウンが幻影スクリーンの視点を飛ばす。
「展望台の近くでええか?」
「うん」
早速展望台の麓辺りに、不自然な人影を見付けた。金髪天然パーマの白人が、神田を刺したのと同じ形のナイフに向かって、何事かぶつぶつ呟いている。
「ピートを展望台の麓に発見しました」クラウンが神田に報告した。
「我々はこの持ち場を離れる訳にはいかないんですよね。ピートを如何にかして、此方へ誘導出来ないですかね?」神田が首を捻って悩んでいると、クラウンが「それなら、私が幻覚でピートの注意を引くことが出来るかも知れません」と提案した。
「ではそれで、やってみましょうか」神田は提案に乗り、クラウンは早速、ピートの方角へ向けて幻覚を飛ばした。
ナイフが怪しいってのは、ChatGPT が云い出したことです。御蔭で効果的なストーリー展開に持っていけました。