十
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パイナップルパーク上空に着いた時、下界には何やら不穏な気配が充満していた。
「大統領はどうやら昼食を取っている様ですね」神田が云う通り、対象は「休業中」の札が掛かったレストランで食事をしている姿が窓越しに見えた。この日の為に特別に用意されたメニューを楽しんでいる様だ。
「あの人!」知佳が指差した先に、ドリンクを盆に載せて運ぶウエイトレスがいた。「あの飲み物はだめ!」
それを受けて蓮の目が赤く光り、次の瞬間にはそのドリンクが彼女の手に握られていた。
「テトロドトキシンだ!」ユウキが即座に指摘する。
「テトロドトキシンは、強力な神経毒ですね。一般にはフグ毒として知られています」神田が補足説明してくれた。
「彼女が大統領を狙ったの? どうして……」知佳は両手で口元を抑えて、幻影スクリーンに映る、線の細い悲しげな顔をしたウエイトレスを凝視している。
クラウンも凝と画面を見据えて、「あのウエイトレスに、敵意や邪念のようなものは無さそうに見えるけどな。依頼主が誰か知らんが、彼女が自分の意志で毒を盛ったなんて、余り考えたくないわな」
「あの人、脅されているみたい」知佳が眉を顰めながら云う。「小さな弟さんが、人質に……」
「マジか!」ウエイトレスにドリンクの幻覚を与えながら、クラウンが吼える。
「やり方が汚いよ!」ユウキが怒りに震えながら、「弟って何歳ぐらい?」
「ユウ君と同じくらいか、もっと小さいかも」知佳がユウキに気を遣いながら答えた。
ウエイトレスは空の盆を持って、大統領の横に立った。大統領は怪訝そうに彼女を見て、通訳に向かって何事か云っている。
「あ、ミスった」クラウンが舌を出した。ウエイトレスは彼女自身にしか見えていない幻のドリンクを、テーブルに置こうとしているところだった。クラウンが幻覚を掛け増しすると、大統領や周囲の護衛達にもドリンクが見える様になる。大統領が「ワォ」とか云っている。手品とでも思ったか。
「凡ミスですね。気を付けてください」神田がニコリともせずに注意すると、「すみません……」とクラウンが悄らしくなった。
知佳は脅迫者が近くに居ないか、手当たり次第に周囲の人々の心を探索していった。知佳の頭の中には、人々の心の声が次々と響いてくる。それを一つ一つ丁寧に選別してゆく。昨日迄は出来なかった芸当だ。今迄は一斉に聞こえ過ぎて、只の雑音でしかなかったのに、今はオンオフが出来る。聞きたい声だけに集中出来る。大統領の声、護衛のSPの声、その隣のSPの声、その向こうのSPの声、厨房の料理人達の声、レストランの責任者の声、近くにいる施設スタッフ達の声、その奥の……
「見付けた!」知佳が喜びの声を上げると、他の者も一斉に彼女に注目した。
「人質になっている人を見付けました。それと……」知佳は一瞬の間を置いて、「脅迫している人も見付けた!」
ウエイトレスは厨房の隅、料理人達の死角となっている物陰で、打ちひしがれていた。自分の肩を抱き、小さく震えている。その脇には、若い男が眉一つ動かさず、無表情に腕組みして立っている。二人の姿は上空から直接確認することは出来ないが、知佳は確実に彼らの心を読み取っていた。
「弟さんは、フルーツコーナーの奥に閉じ込められてます」
「フルーツコーナーやな」クラウンが幻影スクリーンを出し、建物内部を探し始める。
「先ずは人質の解放が先、その後で脅迫者を確保する」神田が指示を出す。
幻影スクリーンの片隅に、手錠を掛けられて柱に繋がれている少年の姿が映った。
「見付けたで。この子や」クラウンはその一角をズームし、皆に見えるよう画面サイズを拡大した。
神田が念動力で手錠を外すと、知佳が少年に念を送る。〈今よ、逃げて!〉
少年は一瞬吃驚して辺りを見渡したが、両手が自由になっていることに気付くと、一目散に出口へ向かって駆け出した。クラウンが幻覚に依って道順を示すことで少年の逃亡を助け、それと同時に蓮が脅迫者を此方へ転送した。
少年は無事、姉と合流した様だ。ウエイトレスは嬉し涙を流しながら、弟の体を抱き締めていた。
「扠、この脅迫者の意図や背景を探る必要があるな」転送されて来た脅迫者を拘束した後に、神田がその男を睨み付けながら云った。
「只の金の為だけでは、ないんやろね」
「この人の心の中を探ってみます」知佳は早速男の心の中へと下りて行った。
クラウンはにやりと笑いながら、「楽しみやな。結果次第ではタダじゃあおかんでな」
クラウン達の遣り取りを聞いていた脅迫者は、真っ青な顔をして「すっ、すっ、すみませんでしたあぁっ!」と叫びながら土下座した。――捕縛されている上に空中に浮かんだ状態なので、上手く出来ずにくるりと宙返りして仕舞ったが。
「なんや、おまえ」クラウンが呆気に取られて、ひっくり返った頭の弱そうな男を見た。
「わわわたわたしは、たたたのまれて」
「はぁ? お前Y国の工作員と違うんか?」
「めめめ滅相もござんせん、純粋な純血日本人で!」
神田は知佳を見た。知佳はそれに応える様に「バイト……だったようですよ。少なくともこの人自身に、積極的な悪意や害意は無かったみたいです」
「如何なってんねん最近の日本は……」クラウンが額をペチと叩きながら嘆いた。
「それでも、X国には引き渡さざるを得ませんね。少なくとも監禁や脅迫をした時点で、あなたは立派な犯罪者です」神田は冷酷に云い放ち、血の気の失せた哀れな男を海の彼方へと抛った。
「あんな程度の低い者迄動員しているところを見ると、愈々Y国は、策が尽きて来たのでしょうね」
神田は吐き捨てる様に、そう云った。先刻からずっと神田は怒っている様だ。今迄の敵に対してここ迄の怒りを見せたことはなかった。知佳は気になったが、この仲間の心は此方から覗くことは出来ない。飽く迄送って貰った念しか認識出来ないのだ。知佳が神田の目を凝と見詰めていると、神田はハッっと気が付いて、
「ああ、ごめんなさい。取り乱して仕舞いましたね」と云って、またいつもの冷静な神田に戻って仕舞った。
結局、何に対してそこ迄怒っていたのか、知佳には解らなかったが、クラウンは何か判った様な顔をして、「あいつはほんま、今迄の中で一番虫が好かんですわ。神田はんの云いたいこと、判る気がしまっせ」と、珍しく関西弁で神田に云う。神田は鳥渡困った様に、苦笑した。
「よく判んないな」知佳は呟いた。
神田は気拙そうにしながら、「少し感情的になって仕舞いました。ただ、この任務には特別な思い入れがあるんです。それだけに、敵の行為が許せないんですよ」
彼の言葉が、嘘と迄は謂わないものゝ、今回の怒りの説明にはなっていない様な気がした。美ら海で遭った敵に対しては誰一人、ここ迄の怒りを見せてはいなかったのだから。怒りの対象は、彼の脅迫者だろうか。それともそれを背後で操っていた誰かだろうか。バイト感覚で簡単に犯罪に巻き込んで仕舞うシステムそのものだろうか。いずれにしても、なぜそうしたものに対して殊更に怒りを表明するのだろう。知佳はうーんと腕を組んで考えた。
「珍しいこともあるもんね。知佳が何か必死に考えてる」
「ほえ?」蓮の言葉に知佳は虚を突かれて、間抜けな応答をして仕舞った。
「考えるの苦手って云ってたじゃない?」
「あれ、ホントだ……あーそうかぁ。能力をコントロール出来る様になってきてから、頭も空っぽにならなくなってきたかも」
「成長ってこと?」
「能力覚醒前の状態に戻っただけかな」
神田はその遣り取りを、微笑ましく眺めながら云った。「能力の制御が出来る様になったと云うことは、能力と普段の思考へ割くエネルギーのバランスが取れる様になったと云うことですからね。本来の思考活動を妨げる様な、過度の能力の発露を抑制出来ていると云うことでしょう」
知佳は嬉しそうにして、控えめにうふふと笑った。
この回も ChatGPT はストーリーを流していくだけで、あまりクリエイティブではありませんでした。