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黒の街 小説版 8話「みんなのわくわくギルド」



 一方、温室を後にしたスマイルは夜を待って黒の街の地下の、自身が設けた実験施設へと戻っていた。

 下水処理施設の一部を改装して作られたその施設群では、謎の液体で満たされた人間の身体ほどもある円筒容器が立ち並び、怪しげな機材が蒸気を噴き出しながら唸りをあげている。その中を鼻歌混じりで闊歩(かっぽ)するスマイルだったが、ふと違和感に気付き、足を止める。


「あれ〜?変だな。キミたち、ちゃんと見学の申し込みしたかい?無断で入ってもらっちゃ困るんだよね」


 スマイルがそう言うと、立ち並ぶ円筒容器の間から2人の男が姿を表した。彼らは『(いばら)』と呼ばれる白薔薇の団の諜報を担う者たちで、セバスチャンの命によりスマイルを調査していたのである。

 そんな彼らの姿を見てもスマイルに慌てる様子はなかった。


「無断で立ち入った人は機密情報保護の観点から死んで頂く事になってるんだけど、どう?」


 スマイルがニタァとピエロメイクを歪めて笑う。

 (いばら)たちがそれに動じる様子はなかった。男のうちの一人がスマイルに毅然(きぜん)とした様子で対峙(たいじ)する。


「スマイル・ザ・ジョイボーイ氏ですね?当施設は違法です。取り調べを行うため、貴方を連行します。ご協力頂けますね?」

「ハハッ。違法?他人(ひと)が管理してる施設に断りもなく立ち入って調査するのも違法だろ?」

「先日の五席会議にて、白薔薇の団団長エルザから調査協力の要請があった際、了承されたはずですが?」


 スマイルがわざとらしく、してやられたと言わんばかりのジェスチャーをとる。


「あぁ。そう言えばそうだっけ?確かにエルザ君のことは歓迎するって言ったかもしれないなぁ。でもキミたちは……ハハッ。勘弁してくれよ。確かにちょーっとばかし違法かもしれないけど、迷惑にならない程度の(ささ)やかな人体実験をしてるだけだろ?それもこれも黒の街のみんなのためを思ってのことだ。見逃してくれよ」

「詳しいお話は取り調べでお聞きします。ご同行下さい」


 (いばら)たちが詰め寄るが、スマイルの余裕は揺らがなかった。


「そうツレないこと言わずにさぁ。ゆっくり話し合おうよ。そうすればきっと分かり合えると思うんだ。長い目で見れば、ボクのやってることはキミたち全員にとって有益なものになる。だからほら、捕まえるのはそれからでも遅くないんじゃないの?」


 (いばら)たちが、()れた様子で更にスマイルに詰め寄る。


「大人しくご同行頂けない場合、実力行使の上で強制連行します。スマイル氏、賢明な判断をなさって下さい」


 スマイルがため息をつき、やれやれと言った風情(ふぜい)で両手を上げる。


「賢明な判断、ね。わかったよ」


 (いばら)たちが、スマイルに歩み寄る。

 一歩、二歩。そして、スマイルに手が届く距離になる。すると、スマイルがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「……と言うとでも思ったか?っていうのがお約束だよね。ハハッ」 

「ッ……!!」


 (いばら)のうちの一人がとっさに長剣を抜き、斬りつける。

 しかし、斬りつけられたスマイルからはふざけたパフ音と共に紙吹雪が盛大に噴出し、次に身体が膨れ上がったかと思うと破裂した。

 どこからともなくスマイルの声がする。


『おいおい、そんな物で斬られたら死んじゃうだろ?死人に口なしって言葉知らないの?』

「くっ……!いったいどこへ?!」


 焦った様子で背中合わせに立ち、周りを警戒する(いばら)たち。

 そして彼らの頭上には、天井に逆さに立ち、満面の笑みで彼らを見下ろすスマイルの姿があった。

 何かに気付き顔を上げる(いばら)たちだったが、一足遅く、スマイルの手から数個、黄色いボールが放たれる。

 ボールからは黄色い煙が勢いよく噴き出した。


「ゴホッ……!ゴホッ……!くっ……!!」


 たまらず煙の中から転がり出る(いばら)の一人。とっさに周囲を見回すと、すぐ目の前にスマイルの姿がある。

 男は、スマイルに斬りつけた。スマイルはそれを長剣で受ける。


「ハハッ!無駄なことはやめなよ。自分がマズいことになるだけだよ?」

「抵抗するなスマイル!大人しくしろ!」


 何合か打ち合う2人。剣を合わせる度に火花が散る。

 果敢に攻める(いばら)の男に対して、スマイルは多少遅れを取っていた。形勢有利と見るや畳み掛ける(いばら)の男。


「降伏しろ!スマイル!!」

「降伏するのはそっちだろ!2対1で勝ち目があると思ってるのかい?!」


 どういうことだ?2対1で有利なのはこちらのはずで、今のスマイルの発言は妙だ。

 打ち合う最中、そんな考えが一瞬(いばら)の男の脳裏をかすめるが、目の前でスマイルの体勢が崩れた。千載一遇のチャンスと言わんばかりに、男が渾身の一撃を見舞う。


「はぁぁあっっ!!」

「……っ!!」


 男の一撃を受け、スマイルの剣が弾き飛ばされる。

 続けざま、男が突きを放った。


「ッ……!!」


 長剣がスマイルの腹に深く突き刺さり、赤黒い血が剣を伝ってどろりと床に垂れる。

 男はスマイルに刺さった剣を、抜かずに手放した。

 スマイルが床に倒れうずくまる。


「無傷で確保は出来なかったか……。動かないように。下手に動けば処置が……っ?!」


 男が絶句する。

 男が見下ろす先、つい先程まで男の足下でうずくまっていたスマイルの姿が、もう一人の(いばら)の物へと変わっていたからだ。

 混乱する男。

 そして次の瞬間、男の背中に熱い衝撃が走った。目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

 事態を飲み込めないまま自身の腹に触れると、どろりとした感触があった。見ると、腹から剣の切っ先が突き出ている。


「あ……、は……っ……?」

「ハハッ。いけない子だねぇ。任務中に居眠りかい?随分いい夢見てたようじゃないか。どんな夢見てたのかな?もしかしてボクを追い詰める夢とか?それともボクと間違えて味方をやっちゃう夢とか?ハハッ!ハハハハハハッ!」


 スマイルが男の身体を蹴って、突き刺していた剣を引き抜く。 

 男の身体は地面に崩れ落ち、床に大量の血液を垂れ流し始める。


「いやぁ、惜しかったねぇ〜。実に惜しかったね。まともにやり合ってればキミたちの勝ちだったろうにねぇ?ボクは他の5大組織の脳筋どもと違って戦うのは得意じゃないからねぇ〜。そんなボク相手に実力を出しきれず文字通りの犬死にだなんて、死ぬほど残念だったねぇ〜。文字通り死ぬほど、ね」


 スマイルに背中から突き刺された男はすぐに動かなくなり、剣が腹に突き立ったまま苦しげに(うめ)くもう一人の男が取り残される。

 そこへ、2人分の足音が近付いてくる。片方は重々しく、片方は軽やかだ。軽やかな方の足音の主がスマイルに声を掛けた。


「やっほー、団長。……あれ?お客さん?」

「団長じゃなくてCEOと呼んで欲しいね、リトル・トラジティ。なぁにもうお(かえ)りになるところさ。土にね」

「ふーん」


 言うと、リトル・トラジティと呼ばれた小柄な少女は、地面に横たわって(うめ)く男に近寄る。


「なにこいつ、白薔薇?うえっ、金持ちのクソ野郎じゃん」

「ハハッ。言葉遣いが汚いよリト」

「ごめんなさーい。えいっ」


 リトル・トラジティ、通称リトは、男に深々と突き刺さった剣の柄を蹴った。男が生気のない(うめ)き声をあげる。


「……ぐあぁ……ッ……!」

「面白くなーい。もっと派手に悲鳴あげてよ」


 そこへ、リトと共に現れた足音の主、体格の良い男が制止に入る。


「やめろ。見苦しいぞクソガキ」

「はぁー?あんたに止められる(いわ)れはないんですけどー」

「目障りだ。やるんだったら俺の目につかないところでやれ」

「は?あんたが出てけば?」


 スマイルが、二人の間に割って入った。


「はいはい。喧嘩はよそでやってどうぞ。リト、(あお)らないの。ラッキーボーイも子供相手に大人気(おとなげ)ないよ?」


 ラッキーボーイと呼ばれた大柄な男が鼻を鳴らす。


「ふん。下らねぇ。そもそも俺は物音がしたから見に来ただけだ。用事がねえんだったらそこのガキの言う通り出てくからな」

「いーだ!とっとと出てっちゃえ!」

「ほーら、やめなってば。用事はあるよラッキーボーイ。この死体たちを処理してくれ」


 ラッキーボーイが床に転がる(いばら)たちを一瞥(いちべつ)する。


「……息があるようだが?」

「遅かれ早かれだろ?ま、痕跡を残さないようにしてくれれば方法は任せるよ。任せて大丈夫だよね?」


 ラッキーボーイが無言で(いばら)たちを担ぐ。


「流石、頼りになるね」

「チッ。いい加減に暴れさせろ。こんな下らねえことするためにてめえと組んでる訳じゃねえ。いつまで経ってもおっ始めねえようならてめえから潰すからな」

「怖いなぁ。洒落になってないよ?……ま、もうじきさ。少なくとも下準備は今日であらかた整った。あとは細部を詰めて、仕上げに移るだけだよ」


 しばらく、スマイルに穏やかではない目を向けていたラッキーボーイだったが、再び鼻を鳴らすと何処かへと大股で歩き去っていった。

 その後ろ姿を見てリトが(つぶや)く。


「んっとーに、なんなのあいつ。ああいうのしか取り柄がないくせして」

「ハハッ。まぁそう言うなよ。彼は貴重な戦闘要員だ。キミと同じくね。仲良くやってくれないかな?」

「絶っっ対ヤダ」

「まったく困ったちゃんだね。……さてと、そろそろボクはいつもの場所に行くよ。ショーの時間だ。キミも来るかい?」


 懐中時計を見てスマイルがリトに尋ねた。


「えー?いつものって、いつものでしょ?毎日毎日よくやるよね。観客も一人しか居ないのにさ。その観客も……」


 途端、スマイルの表情が能面のような冷たい表情へ変わる。


「それ以上言ったら怒るよ」

「……あっ。ご、ごめん」


 動揺するリト。それを見たスマイルはいつもの笑顔に戻る。


「いやいや、いいんだ。すまなかったね。観たかったらいつでもおいで。場所は分かるだろ?大歓迎だよ」

「う、うん」


 未だ気圧(けお)された様子のリトを放って、スマイルが(きびす)を返し歩き出す。

 地下の闇へと消えていくその後ろ姿を、リトは一人見送っていた。




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