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黒の街 小説版 3話「シュヴァリエ邸」



 黒の街を共同統治する五大組織の内の一つ、白薔薇の団。その本拠地、シュヴァリエ邸は黒の街の中央に鎮座(ちんざ)していた。

 シュヴァリエ邸、エルザの私室。


「いい湯だったよ。ありがと。マルグリット、ゾエ」


 エルザが声を掛けた先は、2人のメイドだった。

 利発(りはつ)そうな赤い髪のメイドと、知的な雰囲気の紺色(こんいろ)の髪のメイドが揃って頭を下げる。


「「過分なお言葉にございます。エルザ様」」

「最近、あまり屋敷に帰ってゆっくりする機会がなかったからねえ。何か変わったことは無かったかい」


 紺色の髪のメイド、ゾエが答える。


「エルザ様のご興味を惹きそうなことは何も。強いて言えば、マルグリットがまたお皿を割ったくらいのものです」

「おい!それは言わない約束だろ?!」

「まぁ、マルグリットったら。エルザ様の前でなんて口の利き方なのかしら」


 胸元のロザリオをいじりながらエルザが笑う。


「ははは。今月に入って12枚目だったっけ?豪気(ごうき)なもんだね」

「うぅ……申し訳ございません、エルザ様」

「いいさ。大して高いものでもないし、街の陶工(とうこう)の仕事がひとつ増える。悪いことばかりじゃないよ」


 談笑するエルザたち。そこへ、扉をノックする音が響く。


「入りな」

「失礼致します。エルザ様」


 入ってきたのはローランだった。手にはワインと(さかな)を乗せたトレイを(たずさ)えている。


「ライトボディの赤。マルコシアス様からです」


 ローランはエルザの(かたわ)らの小卓へとトレイを置くと、ワインをボトルからデキャンタに移し、下がった。

 エルザがグラスに手酌(てじゃく)でワインを注ぐ。


「んん。良いのをもらったね。今度何か返そうか」

「では、返礼品の候補を見繕(みつくろ)っておきます」

「頼んだよ。さて、ヴィヴィアン、セバス」


 エルザが呼ばわると、ドアの外からセバスチャンと、メイド服姿の女性、ヴィヴィアンが入ってくる。


「ここに。エルザ様」

「失礼致します。エルザ様」


 ご苦労、と2人を(ねぎら)ってからグラスに口をつけると、今度は2人のメイドたちの方に目をやるエルザ。


「ゾエ、マルグリット。アドリエンヌを探して呼んできな」

「「御意(ぎょい)に。エルザ様」」


 セバスチャン、ヴィヴィアンと入れ違いに部屋から出ていくゾエとマルグリット。


「さて、セバス。ライムライト輸送隊の件だけど、(からす)が力を貸してくれることになったよ」

「それはそれは。僥倖(ぎょうこう)にございますな」

「その通りだね。と、言うことで。こちらも輸送隊を増強する。他の人選は任せるが、アドリエンヌを入れるよ」

「……恐れながらエルザ様、申し上げても?」

「言ってみな」

「アドリエンヌ様は、確かに実力は申し分ないかと存じますが、如何(いかん)せん気まぐれです。それに、白薔薇の団の人員ではありません」

「確かに金で雇ってる以上、外部の人間だし、セバスの言うことも最もだ。不安要素はある。だが適任だ。実力もあるし、自分の判断で動けるし、何より万が一があっても替えがきく。ずっと屋敷と中央地区の警備だけさせとくのは惜しい人材だと思うね。どうだい?」

「……賢明なご判断かと」

「……言いたいことは分かるよ、セバス。だが失敗できないんだ。アドリエンヌは態度こそああだが今までに失敗をしたことがない」

「失敗をしたことがないのは私めも同じでございます」


 エルザがグラスを置く。


「自分を行かせろってのかい?……セバス。お前には残ってもらわなきゃ困る。他に適任のやつがいるなら聞くよ」

「私、もしくはヴィヴィアンを行かせるよう進言いたします」

「お前には残ってもらわなきゃ困るし、ヴィヴィアンは戦闘になったら……、あれだろ?」

「信用のおけないものを行かせるよりはマシでございます」


 エルザが再びグラスを指でつまみ上げ、口もとに運ぶ。


「平行線だね。ま、最終的にどうするかは決めるのは私だけど」

(おっしゃ)る通りにございます」

「……にしてもメイド2人が遅いね。時間ももったいないし、他の話を進めとこうか。セバス。スマイルとヘルタースケルターを調べたい。人選は任せる」

御意(ぎょい)に。……ライムライト輸送隊襲撃の件でございますか?」

「そうだ。最近スマイルのとこの動きがどうもキナ臭い。売り方も買い方も荒すぎる。……ヘルタースケルターが怪しいのは前からとしても、どうも何か、事を構えようとしてるように思えてならないよ」

「承知致しました。すぐにでも?」

「これが終わったら頼むよ。……来たね」


 ドアの向こうでパタパタと走る足音が聞こえ、しばらくするとマルグリットが入室して来る。


「呼んで参りました!」

「ご苦労」


 間をおいて、ゾエに(ともな)われ、メイド姿の女性が紙煙草(かみたばこ)(くわ)え、ふかしながら入ってくる。

 格好こそメイド姿だが、背に対物ライフルの形をした、魔具と呼ばれる魔力を用いる武器を背負っている上、その気だるげな立ち居振る舞いはとてもメイドのものとは思えない。


「……なに?ボス。忙しいんですケド」

「アドリエンヌ!エルザ様の前でその態度は何だ!」


 ローランが食ってかかる。が、アドリエンヌはどこ吹く風だ。


「今はボスと話してんのよ。ボーヤの相手は後でしたげるから引っ込んでなさい」

「なんだと……!貴様、」

「ローラン」


 エルザの制止がかかる。


「下がってな」

「……御意に。エルザ様」


 ローランが元の通り、座るエルザの後ろに下がる。


「私の近侍(きんじ)をあまりいじめるんじゃないよ」

「ゴメンなさい。だって可愛いんだもの。子犬みたい」

「それからアドリエンヌ」

「なに?」


 エルザがグラスを軽く振ると、中のワインがアドリエンヌ目掛けて飛び、煙草(たばこ)を的確に濡らした。


「禁煙だよ」

「……」


 アドリエンヌは無言で煙草を後ろに放り投げる。

 メイド2人が慌ててその後始末を始めた。そのメイドたちに、エルザは質問する。


「呼びに行った時何してた?」

「え?……えっと!その……」


 マルグリットはしどろもどろになるが、ゾエが冷静に答える。


「ポーカーをしておりました。呼びに行った時、丁度フォーカードを揃えてメイド1人の身ぐるみを剥ぐところでしたわ」


 エルザの目線がアドリエンヌに向く。


「賭け事は息抜き程度にしな」

「それじゃ賭けの意味がないじゃない」

「アドリエンヌ」

「分かったわよ。息抜き程度ね」


 あまり反省の見られない様子のアドリエンヌだったが、構わずエルザが続ける。


「さて、アドリエンヌ。仕事だよ。ウチがライムライトの輸送を(にな)ってる事は知ってるね?それの警護に加わって欲しい」

「嫌よ」


 にべもなく断るアドリエンヌ。

 その様子に堪忍袋の緒が切れた様子のローランが再び食ってかかった。


「貴様、いい加減に……!」

「ローラン。部屋から出てな」

「…………御意に」


 やっとのことで怒りを抑え込んだローランが、部屋から出ていく。


「嫌?何がだい。理由を聞かせな」

「しばらくしないうちに、黒の街で何かが起こる。そんな気がするのよ。楽しくなりそうだから、ここを離れたくないの」

「輸送隊の警護の方も、今回確実に何か起こるよ。前回所属不明の集団に襲われてね。二度目がない訳が無い」


 腕を組み、重心を片足に移すアドリエンヌ。


「んー、気乗りしないわね。他の人じゃダメなワケ?」

「頼むよ。他のやつでもいいが、あんたがいいんだ」


 アドリエンヌが目を細める。


「……ハァ。そう言われると弱いわ。じゃあ、1個条件」

「なんだい。言ってみな」

「仕事を終えたら、そこの執事さんと手合わせさせて」


 アドリエンヌはセバスチャンの方を指して言った。

 エルザがセバスチャンに目を向ける。


「……セバス?」

「私めは構いません」

「じゃあ決まりね。でしょ?」


 エルザが軽くため息をつく。


「はぁ。しょうがないね。死なない程度に頼むよ」

「それは保証できないわ。命を賭けないと意味ないもの」

「ほっほ。お手柔らかに」

「じゃ、ボス。私はその警護とやらの打ち合わせがしたいんだケド」

「セバス。頼んだ」

「御意にございます。では、アドリエンヌ様。こちらへ」

「オッケー。じゃあね、ボス」

「ああ。タバコは程々にしときな」


 セバスが、アドリエンヌを伴って部屋を後にする。

 その背を見送ると、エルザはデキャンタからワインを注いだ。


「やれやれ。頭が痛いねぇ。で、ヴィヴィアン」

「はい。エルザ様」


 ヴィヴィアンと呼ばれたのは、セバスチャンと一緒に入ってきたメイド姿の女性だった。

 彼女は、この屋敷に仕えるメイド長である。


「最近、屋敷がたるんでるよ。締め付けるのがお前の仕事だろ」

(おっしゃ)る通りでございます。面目ございません」

「私が甘やかすからって、それに追従(ついしょう)するんじゃないよ。私や他の人間がどうだろうが、お前はお前のやるべき事をやりな」

「はい。エルザ様」

「分かればいい。じゃ、ローランを探して呼んできな」

「御意にございます。エルザ様。失礼致します」


 部屋を後にするヴィヴィアン。

 扉が閉まるのを見届けると、座っていたカウチの背もたれに深々と身を沈めるエルザ。


「あ゛ぁ〜、かったるいねぇ。こんな役目どっかの誰かに押し付けてどっかバカンスにでも行きたいよ。ねぇ?マルグリット」

「えぇ?!私ですか?」


 未だカーペットの染み抜きをしていたマルグリットがビックリした様子で頭を上げる。


「そうだ。お前がやってみるかい?シュヴァリエ家の当主と白薔薇の団の団長」

「無理ですぅ!」

「皿割るくらいだしねぇ」

「うぐぅ……!」

「あっはっは」


 ひとしきり笑うと、エルザはグラスをぐいと傾けた。




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