黒の街 小説版 18話「紫煙と傭兵とライフル。そして疑問」
ライムライトの輸送はコストがかかる。
臨時政府が管理する生産施設から黒の街まで運ぶのに、どれだけ急いでも2〜3日はかかるうえ、4台の大型重装甲運搬車を50人のチームが護送用の装甲車両に乗り込んで護送するのだ。
エルザの頭を悩ませる、白薔薇の団の人的資源の不足の主な原因はこれである。
エルザに雇われた傭兵、アドリエンヌ・ガルシアにとってはそんなことはどうでもよかったが。
その証拠に、彼女は今も周囲の哨戒を手伝わず、運搬車の荷台の屋根の上でのんびりとタバコをふかしていた。
小脇に、巨大な対物狙撃銃型の魔具を抱え、メイド服のスカートが乱れるのにも構わずにだらしなく座りながら、いつもの眠たげな顔で紫煙を肺に出し入れしている。
ライムライト輸送隊の車列は、途中何度か野生生物やドライフラワー病患者の襲撃にあったものの、大きな被害もなく、今は黒の街から程近い大型の高架橋を通り過ぎようとしていた。
しかし、車列が高架橋の中ほどに差し掛かった時だった。先程まで何分かに一度ポツポツとしか音を立てていなかった通信用の魔具の向こうから、突然慌ただしいやり取りが流れ始める。
『前方に敵性反応あり!進路を塞がれました!』
『戦闘態勢!!A1からA4までの部隊で進路を開け!強引に突破するぞ!!速度を緩めるな!!』
『後方にも反応があります!挟まれまし……ッ!!撃ってきました!!魔具で遠距離から攻撃を受けています!!後方の敵部隊からです!!』
『前の奴らも撃ってきた!!対応指示を!!』
『先程の指示は撤回する!!全車両を停めてAチームを戻せ!!護送車を盾にしてライムライトを死守しろ!!この場で迎え撃つぞ!!』
『鴉の忍者部隊が陽動と側面からの攻撃支援を申し出ていますが!』
『了承した!!鴉が攻撃を逸らしてくれている間に前方の奴らを片付ける!!おい傭兵!仕事だぞ!!』
騒がしく鳴り続ける通信用魔具を金具で肩に留め、狙撃銃を手にアドリエンヌが立ち上がった。
丈の長いメイド服が強風を受けてひるがえり、運搬車が車体と荷台の側面を前方に晒して急停車する。
だがアドリエンヌは、ヒールを履いているにも関わらず激しく揺れる屋根の上で危なげなく立っていた。
一呼吸、紫煙を吐き出す。
「やっと?焦らしすぎよ」
アドリエンヌが魔力を全身にみなぎらせる。
スコープを覗き込むと、前方には、全員ローブ姿でフードを目深に被り、正体を隠した敵集団が見える。
アドリエンヌはその姿を認めるや否や、敵集団に向けていきなり一発撃った。
排莢するとすぐさまスコープを調整し始める。
『おい!傭兵!戦闘を開始したのか?こちらの指示を待て!!』
「スコープを調整しなきゃいけないの。撃たないと分からないわ」
『とにかく指示に従え!!いいか!我々が前方の部隊に攻撃を仕掛ける!!その間、後ろの……』
「そんなのナンセンスよ。私が前を相手にしてくるから守りを固めてなさい」
『なに?!おい、待て!!』
無線から聞こえる制止の声には一切耳を貸さず、アドリエンヌがとてつもない勢いで車の屋根から、身体を前方に跳ね上げ、飛び上がる。
あっという間に、応戦を始めようとするライムライト輸送隊の車列を後方に置き去りにすると、高架橋を吊っている高強度ワイヤーを固定している巨大な留め具に照準を合わせた。
「『skallSHREDDER』」
引き金が引かれる。
赤黒い閃光が銃口から吹き出し、少し遅れて雷鳴のような銃声が轟く。
高強度ワイヤーを繋ぎ止める留め具は、他のワイヤーに影響を与えないよう絶妙に狙い撃たれ、破壊される。
次の瞬間だった。
太く頑丈な金属製のワイヤーが宙を暴れ狂うべく解き放たれ、ライムライト輸送隊を襲った敵集団は、その暴力の軌跡の前に身をさらけ出すこととなった。
この世の物とは思えない風切り音が聞こえる。
『伏せろ!!全員車の後ろに!!』
幸いだったのは、鴉の部隊が陽動を始める前だったということだ。
もしもアドリエンヌより前に出ている者がいたならば、身体をバラバラに引き裂かれて橋を紅く塗装していたことだろう。
ワイヤーは敵集団を薙ぎ払った。音を置き去りにし、その暴威を辺り一帯に激しく刻む。
一払いでは飽き足らず、蛇のように暴れ狂い、手を緩めることなく殺戮の限りを尽くす。
だがしかし切り刻まれた敵集団も、橋を紅く染めることはなかった。
血の代わりに大量の灰が勢いよく吹き上がる。
(死体が灰に……?これって)
アドリエンヌは空中から、手近にある無事な他のワイヤーに着地すると、その上を勢いよく滑り降り始めた。
そしてヒールから火花を散らしながら一発、もう一発と、のたうつワイヤーを運良く逃れた敵を狙い撃つ。
2発撃ったところでアドリエンヌがマガジンを外して捨てる。
敵はスコープの向こうで灰になって消えた。
(残敵5。1体残せば十分でしょ)
次のマガジンを入れ、その中身を全て撃ち切る。
ライムライト輸送隊の進路を塞いでいた正体不明の集団は、一人を除いて全滅していた。
後方では未だ戦闘の音が聞こえるが、後ろの集団が片付くのも時間の問題だろう。
アドリエンヌが橋の上に降り立ち、ヒールの音を立てながら、自身が敢えて討ち漏らした生き残りに近づいていく。
「止まりなさい」
ローブ姿の生き残りは、橋の上から身を投げようとしているようだった。アドリエンヌの制止に応じる様子はない。
すんでのところでアドリエンヌが追い付き、地面に引き倒す。
そして背中を踏みつけて動きを封じた。
『縺医∴?√d繧√m縺!!!』
「はぁ?何なワケ?大人しくしないと四肢をぶち抜くわよ」
アドリエンヌに踏みつけられながら、ジタバタともがき、人間とは思えない意味不明の言葉らしきものを発するその姿は、生理的嫌悪感を引き起こすものだった。
警告にも関わらず、なおも這って橋から身を投げようとするその相手に辟易とする。
だが、アドリエンヌには払拭しなければならない疑念があった。
アドリエンヌが相手を踏みつけたまま、かがみ込む。
「チッ……。やりづらいわね。本当に四肢をぶち抜いてやろうかしら」
『繧?a繧阪d繧√m繧?a繧ッッッ!!!』
手を焼きながらも、アドリエンヌがフードを外す。
暴れる相手の頭が露わになった。が、目だけを出して黒い布をミイラのように巻いているため、まだ疑念が晴れるには至らない。
アドリエンヌがガーターベルトの上に留めたレッグホルスターからナイフを引き抜いた。
頭を覆っている黒い布を一気に切り裂く。
『コ縺励※繧?k??屬縺ッ!!』
「……ビンゴ。面白くなってきたわ」
その男の側頭部からは花が咲いていた。ほのかに紅く発光する、ロベリアに似た花。
理性の喪失、言語能力の著しい低下、体表に咲く花に似た器官。灰になって霧散する遺体。
ドライフラワー病患者である。
アドリエンヌはゆらりと立ち上がった。
(死体が灰になってたし、恐らく他のローブ達もドライフラワー病患者だったのかしら。にも関わらず、見たところ統率も取れていたし、同士討ちする気配も無かった。……まぁ、仮に他のやつがドライフラワー病患者じゃなかったとしても、問題はコイツ。ドライフラワー病患者に魔具を扱える知性はないハズだし、逃げようとしたのか自害しようとしたのかは分からないけど、“目の前の相手の血を吸う”以外の行動を取った。……突然変異?それか、誰かに命令を受けてる?どうやって?)
足の下で暴れ続けるドライフラワー病患者を見下ろしながらアドリエンヌが考えを巡らせる。
と、通信用魔具が音を立てた。
アドリエンヌが応答する。
「……なに?」
『状況はどうなっている!?報告しろ!』
「こっちはもう終わってるわよ。大声出さなくても聞こえるわ」
『こっちの状況はまだ終了していない!!至急戻れ!!』
アドリエンヌが振り返ると、確かにまだ戦闘が続いているようだった。
かすかなため息とともに短くなった煙草を投げ捨てると、ドライフラワー病患者の頭を踏み砕く。
「トロいわね。別料金よ」
新しい煙草に火をつける。
ドライフラワー病患者の遺体が、灰になって風に舞う。
煙草からこぼれた灰が混ざって、闇を湛える空へと吸い込まれていった。