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黒の街 小説版 17話「ナスタチウム」



 その日の朝、シュヴァリエ邸はヒリついた空気で息が詰まりそうだった。

 にわかには歓迎されざる客人の来訪が原因である。


「へえ?これはこれは。ついに私を直接()りに来たのかい、スマイル。そんな度胸があったとは、少し見直したよ」


 シュヴァリエ邸の正面玄関に通じる大階段の前の車止め。

 後ろに使用人たちを控えさせたエルザと、一人でぶらぶらとやって来た風情(ふぜい)のスマイルが向き合っている。


「ハハッ。これはこれは大歓迎痛み入っちゃうな。ジョークもいつもながら切れ味バツグンで。いや、元気な姿を見てホッとしたよ。ほら、最近物騒(ぶっそう)だし?」

「誰かさんのお陰でね。とっとと用件を言いな」

「あらら。せっかちだね。もしかしてご機嫌斜めかな?じゃあピッタリだよ。最高に盛り上がること間違いなし」


 スマイルが大きな前ポケットに手を入れる。


「エルザ様!!」


 ローランがとっさにエルザを(かば)うように割って入った。

 当のエルザは表情一つ変える気配はない。

 スマイルものんびりした調子である。


「ハハッ。そう怖い顔しないでほしいな。キミにもあげるからさ。あ、あとペロペロキャンディーいる?」


 そう言いながらスマイルが取り出したのは、チラシだった。

 ケバケバしい派手な彩色に目を引くデザイン。

 エルザはローランの前に出ると、人差し指と中指でつまむようにチラシを受け取った。


「……パレード?」

「そうさ!街全体を舞台にドーンと派手にやるんだ!山車(だし)の行進に花火と音楽にダンス!音と光のエンターテインメントショー!」


 スマイルが大袈裟(おおげさ)な身振りを交えて小踊りしながら満面の笑みを浮かべる。

 対するエルザは仏頂面だった。


「明日の夜だって?随分急だね」

「だって!楽しいことはすぐに始めなきゃ!損だろ?エルザ君もぜひ観に来ておくれよ!パレードは西地区から始まってぐるっと街を一周する。そして終点はこの中央地区だ!フィナーレは派手にやるからね!見逃しちゃもったいないよ!あとこれ、はいペロペロキャンディー」


 スマイルがローランに、どこから取り出したのかペロペロキャンディーを差し出した。

 ローランはベルトに差した短剣の柄に手をやりながらペロペロキャンディーには見向きもしない。

 エルザは目を細めた。指先で挟んだチラシをピラピラと振る。


「五席会議でこのこと言ってたかい?道路の交通規制に警備の人手に、あんたを捕まえる人員も必要なんだ。早めに言っておいてもらわないと困るね」

「ハハッ!捕まえる?イケメン過ぎる罪でかな?そこまで評価してくれていたとは、いやはや嬉しいね!」

「寝言は寝て言いな。何を(たくら)んでんだい?騒ぎに乗じて市民の財布を片っ端からスリ取ろうってんじゃないだろうね」

「おっとびっくり、大当たりだ!最近、経営難でね……。どうだろう、エルザ君もどうかカンパの方を一口……」

「乗らないよ。とにかく急すぎる。最低でも3週間後に延期しな」


 スマイルがピエロメイクをニタァッと歪めて笑う。


暮雨(くらさめ)君やマルコシアス君にも延期しろって言われたけどね。無理だよムリムリ、カタツムリだ。3週間も後にするだなんてまさにカタツムリだね。この街は非日常を求めてる。嫌な現実を忘れさせてくれるひとときの夢を欲してるんだ。商人として、道化師として、求められればすぐに応えなくちゃ」


 スマイルがおどけながら、手をヒラヒラとさせてお辞儀をする。

 エルザは()めた目でその様子を見ていた。


「誰も求めちゃいないよ。あんたが勝手に始めたんだろ」

「その通り。ハハッ。だからキミが何と言おうが勝手にやらせて頂くよ」


 エルザが一步詰め寄る。


「何かしでかせば、五大組織からの除名も覚悟してもらうよ」


 スマイルが笑う。


「万事上手くいくさ。みんな楽しめる」


 至近距離で睨み合う2人。


 辺りは針の音も聞こえそうなほどに静まり返った。

 突然、スマイルがサッと右手をエルザの顔の前に出すと、ポンっという何かが弾ける音がする。

 ローランがとっさに短剣を抜いて斬りかかった。が、エルザがそれを手で制した。

 スマイルがニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべながら右手に持った物をエルザに差し出す。1輪の花だった。

 エルザはそれを受け取った。


「とにかく、明日の夜だ。21時にスタートして24時にフィナーレ。露店も出すからディナーは是非そちらでどうぞ」

「街をぐるっと一周するとか言ってたけどね。温室には近付くんじゃないよ。近付いたらその時点で私が直々に止めに入るからね。今からでも止めたいくらいだけど」

「ハハッ。クドいなぁ。パレード自体は違法でも何でもない。だろ?」

「限りなく黒に近いグレーってとこだよ。西地区以外も巻き込むとなれば、ほぼアウトだ」

「でも力尽くで止められるほどではない」

「運の悪いことにね」

「ハハッ、ハハハハハッ!エルザ君のそういう馬鹿みたいに真面目でいい子ちゃんなところはボクも大いに尊敬してるんだ。ホントにね。いや、皮肉じゃないよ?褒めてるんだ。今のご時世、なかなかそうは言ってられないだろうに」

「それはどうも」


 ひとしきり問答を終えたところで、スマイルがエルザにくるりと背を向ける。


「ま、そういうことで。明日は最高の1日さ!ご機嫌よう」

「……」


 スマイルが大股でのっしのっしと帰っていく。

 エルザはその後ろ姿を(にら)み付ける。


 数分が経ち、スマイルの姿が見えなくなると、エルザは手に持った花を投げ捨て、後ろに控えていたメイドのマルグリットに吐き捨てるように指示を出す。


「マルグリット、塩撒きな!塩!」

「し、塩ですか?!でも塩は貴重ですし……」

「だったら火薬でも撒いときな!胸糞悪いったらありゃしないよ!」


 (きびす)を返し、足音高くエルザが大階段を上り始める。

 と、セバスチャンがどこからともなく姿を現した。エルザの一歩後ろを歩き始める。


「エルザ様。お伝えしなければならない事が」

「なんだい」

「スマイル氏とヘルタースケルター氏を探らせていた(いばら)の件ですが、最後の定期報告から36時間連絡がございません。恐らくは既に……」


 エルザが足を止め、振り返る。

 スマイルが去っていった方向を凝視した。

 セバスチャンが口を開く。


「私めの失態にございます。処罰は如何(いか)ようにも」

「……いや、命じたのは私。私の失策だよ。ヴィヴィアンを呼んできな。書斎だ」

「御意に」


 エルザの一歩前に出たローランが正面玄関の大扉を開き、エルザとセバスチャンが玄関ホールで別れた。

 エルザの長靴(ちょうか)の音がホールに響く。


「高くつくよ。スマイル、ヘルタースケルター。どっちがやったか知らないが代償を払わせてやる」


 エルザの独り言は、彼女とローランの胸の中だけに留められた。



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