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黒の街 小説版 15話「夜」



 黒の街は、高く厚い二重の防壁に囲まれている。

 街の外では、多くの“危険”がうろついているからだ。ドライフラワー病患者や武装した盗賊、更には凶暴な野生生物が、街から近いとは言えないが遠いとも言えない距離でひしめき合っている。当然、自治区間の輸送ルート以外に気休め程度でも安全と呼べる場所はない。

 しかし防壁の外、黒の街北エリア周辺の外壁から程近い場所に、明らかに異様で、その場には似つかわしくない豪邸の姿があった。老朽化で不気味な外見に成り果てたその屋敷は、草木も生えない荒野の真ん中でぽつんと建っている。

 そしてその周りでは、思い思いの粗末な装備で身を固めた盗賊や浮浪者にしか見えない一団が、こうこうとかがり火を焚いて屋敷を固めていた。

 彼らはヘルタースケルターと呼ばれる五大組織の一つであり、それを束ねるのは謎の貴人、ヘルタースケルターである。



____________________________


 邸内、ヘルタースケルターの私室の扉の前。


 月の明かりが、どこかの窓から微かに入ってきているらしく、廊下は何も見えないというほどではなかった。

 しかし、扉の外で見張りに立っている2人の男にとっては寒気がする空間である。

 廊下が薄気味悪いのもそうだが、背後の扉から時折、かすかにヘルタースケルターの笑い声が漏れ聞こえてくるのだ。


『……ウフフ………もだち………………みぃんな……ウフフ………』


 見張りの男の片方が、もう片方の男の方をうんざりした顔で振り向く。


「クソが。やってらんねえよ薄気味悪い。なんだってこんなとこでクソイカれドレス野郎のために突っ立ってねえといけねえんだ。おもりなんざ必要ねえだろ」

「やめろよ、誰かに聞かれたらやべえぞ。俺を巻き込むなよ?もし死ぬんだったらてめえ一人で死ね」


 男は鉄パイプを手の中で(もてあそ)ぶ。


「にしてもよお。最近どこもかしこもピリピリしてねえか?大丈夫かよ。うちんとこは大将があれだしよ」

「まあ確かに多少頭のネジが外れちゃいるけどな。実力はホンモノだ。この屋敷が壁の外に建ってるってのに未だに無事なのは、お前の言うところのアレな大将がいるからだろ」

「まあな。でも、人間かどうかも怪しい奴の下でいつまでも働くのはゴメンだぜ。もっとまともな働き口は無いもんか」

「俺らみてえのを雇うとこなんざねえよ」

「あ~あ。俺も白薔薇の団なんかで働きたかったな。あんな美人が上司だったらよ、俺ぁ頑張っちゃうぜ。へっへっへ」

「エルザか?あんな性格のキツいババアのどこがいいんだよ。それに俺らじゃ白薔薇の団どころか中央区にすら入り込めねえよ。金も学もコネもねえんじゃな」

「夢のねえやつがよ。いいか?俺はお前と違って……」


 男が不意に言葉を途切れさせた。

 何か、さっきまでとは空気が変わったような違和感を感じて、視線をおしゃべりの相手から正面に移すと、さっきまではいなかったはずの人物がそこに立っていた。

 司祭が着るような服にツバの広い帽子、身の丈ほどもある巨大な鎌の形の魔具。フィガロである。

 亡霊か何かのようにその場に(たたず)むフィガロとまともに目を合わせてしまった男が、壁にぶつかる音と共に後ろに身をのけ反らせ、驚愕の声を上げる。


「うおぉっ!」


 フィガロはその様子を見ても表情を変えなかった。


「見張りが退屈なのは分かります。ある程度の歓談も仕方がないでしょう。ですが、自身の役目に支障をきたさない程度に控えなさい」


 軽い小言程度で済んだことに、男は胸をなでおろす。


「は、はい。すんません。気を付けます。……神父サンは、見回りか何かですか?それとも用事が?」

「私は神父ではありませんが……、まあ好きに呼ぶと良いでしょう。同志ヘルタースケルターに用事があります。通して頂けますか?」

「あっ、はい。どうぞどうぞ。へへっ」


 男たちが心持ちドアから離れ、フィガロがその間を通ってドアに近づく。

 そして、ドアをノックすると、ややあって返事が帰ってきた。


『開いているわ』


 フィガロがドアノブを回して部屋に入る。

 部屋の中は、不気味な外観からは想像がつかないほど不釣り合いに豪奢(ごうしゃ)だった。

 巨大な5面鏡の化粧台、ベルベットのカーテン、繊細な飾り細工のシャンデリア、そして、天蓋(てんがい)付きの巨大なベッド。

 ベッドの周りには所狭しとぬいぐるみや人形が並べられ、ヘルタースケルターはその上で、胸にお気に入りの人形を抱えながら仰向けに寝転がっていた。

 フィガロがそこへ歩み寄り、薄いレースのカーテン越しに声を掛ける。


「同志。お客様がお見えになっています」

「……どなたかしら」

「スマイル氏です。玄関ホールでお待ちになっていますが」

「分かったわ。行きましょう。……ちょっと待ってね」


 ヘルタースケルターは身を起こすと、先程まで自分が寝ていた場所に人形を寝かせ、毛布を掛けた。


「いい子でね……ウフフ」



____________________________


 玄関ホール。

 スマイルの見ている前で、フィガロにエスコートされながらヘルタースケルターが階段を降りてくる。

 スマイルが階段の下でおどけて礼をした。


「ご機嫌麗しゅう。お姫様。道化が貴女(あなた)様を訪ねて参りましたよ。ハハッ」

「まぁ、素敵。丁度今からお茶会を開くところよ。どうぞ道化師様もおいでになって」

「これはこれは、身に余る光栄でございます。是非ともお言葉に甘えて」

「ウフフ」


 階段を降りきったヘルタースケルターが前に立ち、スマイルを食堂へと案内する。

 ヘルタースケルター自身のその手で開かれた大扉の向こうは、まるで別世界だった。重々しい木と石の名残が見え隠れしてはいるが、ぬいぐるみや人形、極彩色のクッション、色とりどりの落書きなどで、子供がきままに塗りつぶした色の楽園といった様相を呈している。

 ヘルタースケルターが館の主が座るべき席に優雅に腰掛けると、スマイルに椅子を勧める。


「どうぞ。お座りになって」

「それでは遠慮なく」


 フィガロが引いた椅子にスマイルが座った。

 しかしその様子を見るでもなく、子供のような振る舞いでヘルタースケルターがフィガロに問いかける。


「ねぇ、ベアトリーチェは?みんなそろってなくちゃイヤよ」

「同志よ。彼女は……、彼女とは被害が一致しているだけです。味方とみなすのは……」

「関係ないわ。お友達よ。でも来られないと言うのなら仕方がないわね」


 心なしか憮然(ぶぜん)とした様子のヘルタースケルターを尻目に、フィガロが軽く会釈をすると食堂を後にする。

 その姿を見送ったスマイルが、話を切り出した。


「そうガッカリしないでよお姫様。ボクが2人分食べるからさ。ハハッ!ところで今夜のテーマは何かな?」

「お茶会にテーマが必要なの?ウフフ……。相変わらず面白い方」

「それほどでも、あるけどね。……ほら、ただお喋りを楽しむのもいいんだけど、それだけじゃもったいないだろ?人生は有限なんだ。テーマがあれば2倍楽しめる」

「せっかちな方ね。でもいいわ。そうね、考えてなかったけれど、テーマは何がいいかしら」

「それじゃあズバリ、パレードっていうのはどうかな?」


 ヘルタースケルターの表情は仮面に隠れて分からなかったが、喜色を覗かせたのが分かった。


「まあ!パレード?」

「そうさ。長いこと待たせちゃったけど、ご愛嬌だ。その分楽しくなる」

「素敵!やっとなのね!」


 ヘルタースケルターが少女のような仕草で喜びを表現する。

 スマイルはいつも通り勿体ぶった様子で背もたれに身を預けていた。

 そこへ、フィガロがワゴンを押して戻って来る。


「お話中に失礼します」

「ねえフィガロ!やっとパレードが始まるんですって!とっても素敵!」

「……そうですね。我々の意思を訴える良い機会となるでしょう。ですが」


 フィガロがスマイルの前にカップを置く。


「そのパレードというのが、いたずらに一般市民を傷つけるものではないことを願います。痛みを知るのは五大組織と温室に関わる者たち、そして富める者たちのみで良いのですから」

「……おいおい。気分壊すようなこと言わないでくれよ。みんなで楽しまなくちゃ。高貴な方々だけ楽しめるって?それって君の平等主義に反するんじゃないの?」


 フィガロは眉根を寄せたまま、黙ってスマイルのカップにアールグレイを注ぐ。


「あぁ、どうも。……悪いけど、もう引き返せないとこまで来ちゃってるんだよね。ボクがこの街に来たばかりの頃からずうっと準備を進めて、ようやくってとこなんだ。それに、すべては神のご意思なんだろ?君が気を揉まなくても、いい感じに計らってくれるよ。多分ね」

「……」


 フィガロは黙ったままヘルタースケルターのカップにも紅茶を注ぐと、ワゴンから散らかったテーブルの上に、ケーキスタンドを移した。

 フィガロの様子を見ながら、ヘルタースケルターが口を開く。


「……ねぇフィガロ。怒ってるの?私はただ、パレードはみんな楽しいかなって思って。……ダメなことなの?」

「……純粋に皆が楽しめるだけの、ただのパレードであれば、それは決して悪いことではないでしょう。しかし同志よ。私は、あなた方がそれに乗じて行おうとしている(くわだ)てが気にかかるのです」


 スマイルが大きな腹を抱えてさも愉快そうに笑う。


「ハハッ!ハハハハハッ!(くわだ)て?(くわだ)てとはね!そんな大層なものじゃないさ!キミ、ちょっとシリアス過ぎるんじゃないの?もっと気楽に生きたほうがいいと思うよ?。人生における心配事の87%は実現しないらしいし」

「実現する可能性がある、というだけで十分なのです。いいですか。もしもあなた方がこれから行うことが、度を過ぎていると判断した時には、私はあなた方の敵に回ります」


 スマイルはやれやれといった態度でテーブルの上のマドレーヌに手を伸ばす。

 ヘルタースケルターは座ったままフィガロを見上げた。


「……。もし、そうなってしまったら悲しいけれど仕方がないわ。あなたは私のお友達だもの。あなたがしたいことを邪魔したりはしない。でも、でもね?全部終わったあとで、また仲直り出来るわよね?ね?」


 フィガロがヘルタースケルターにケーキを切り分けた。


「……分かりました。最善を尽くしましょう。それに、まだ私が貴女(あなた)の敵になると決まったわけではありません。きっと、最後まで志を共にできるよう(しゅ)が計らって下さいます」


 ヘルタースケルターの仮面で隠れた顔がパアっと喜びに弾む。


「そうよ、そうよね!ウフフ。きっと全部上手くいくわ。パレードをみんなで楽しんで、いっぱいいっぱい、お友達をつくるの!あぁ……なんて素敵なのかしら!待ちきれないわ!ウフフ」

「いやいや、ここまで喜んでもらえるとは。ボクも苦労して準備を進めた甲斐があったよ。さて、じゃあ早速当日の細かい段取りや動きの打ち合わせに入ろう」

「ええ、もちろん!ウフフ、きっとみんなビックリするわ!」

「ハハッ!ボクがプロデュースするんだ、大盛り上がり間違いないね!……うーん、このマドレーヌ最高!ボクのところで売ろうかな。ハハッ!ハハハハハ!」


 邪悪な計画を着々と進めるスマイルとヘルタースケルター。

 そんなことは夢にも知らず、黒の街は今夜も眠りにつくのだった。







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