黒の街 小説版 12話「今昔語り」
それから30分ほどして、用事を済ませ戻ってきたマルコシアス。
彼が運転する車で、一行は再び暮雨のもとへ向かっていた。
ふと、ダンテが口を開く。
「八咫烏神社、でやしたっけ?今向かってる場所」
マルコシアスがそれに答える。
「そうだ。暮雨のやつが束ねる黒の街の隠密集団、鴉の本拠地だな」
ダンテが窓の外を見やる。
豪奢な家並みや、きらびやかな劇場などが並ぶ中、とある一画だけぽっかりと穴が空いたように建物が姿を消し、代わりに小高い山のようにも見える森が広がっている。
「あの森みてえなとこですよね?神社ってのは。似つかわしくねえとこですね。なんであの辺だけ建物がないんでやしょ」
「昔、縄張り争いがあったからだよ」
後部座席のエルザが答えた。
ダンテが振り向く。
「縄張り争い?」
「そうさ。ローラン、説明してやりな」
エルザの隣の座席に座るローランがたじろぐ。
「ぎ、御意に。……では、僭越ながら」
ローランも、目線を森の方へ向ける。
「鴉という組織は、久慈八条家という一族の当主が長を務めていますが、15年ほど前、久慈八条家は東雲家という一族と黒の街の統治権を巡り、争いを起こしました。久慈八条家と東雲家は激しく衝突し、特に、決戦の地であった八咫烏神社の周辺では周囲一帯が更地になるほど激しく戦ったと言われています。あの辺りに建物がないのはその名残です」
「……ん?するってえと、おかしくないっすか?更地になったのに何であんなに木が生えてんですかい?」
「それは、どういう訳かは分かりませんが、更地になったあと、神社の周辺だけは瞬く間に木が生えてきたそうで。それもあって事件の後はそもそも建物を建てられなかったらしいですが」
マルコシアスがハンドルを握りながら会話に加わる。
「なんでも、神社で祀ってる神様の仕業だとかなんとかな。俺も当時、リアルタイムで騒動に巻き込まれたが、確かに更地になった翌日にはあれだったぞ」
ダンテが信じられないものを見たかのように眉をひそめる。
「神様、ですかい?胡散臭え話ですね」
「俺もこの目で見てなきゃ信じなかったかもな。にしても坊主、よく勉強してるじゃねえか!」
マルコシアスがローランを褒める。
褒められた当のローランは、後部座席で照れくさそうに縮こまった。
「きょ、恐縮です」
「ま、私の近侍なんだ。このくらいは当然だね」
エルザが鼻高々といった様子で悠然と脚を組む。
ローランも満更ではない様子だ。
マルコシアスが話を続ける。
「何にせよ、一番の被害者は暮雨だ。一族の男連中や親の代から仕えてる部下、おまけに許嫁まで亡くしたんだからな」
「燕春って言ったかねえ。一度だけ会ったことあるよ。奇麗な人だったね」
ダンテがローランの方を向く。
「黒の街の統治権を巡って争ったって言ってやしたけど、昔は、鴉が街を治めてたんですかい?」
「いえ、鴉、つまり久慈八条家と、東雲家が分割統治していたそうです。80年前、この一帯に移民たちの手によって黒の街の前身となる自治区が設けられ、元々あった久慈八条家と東雲家の領地に吸収される形で、今の黒の街の原型が出来上がり、それを久慈八条家と東雲家が治めていたようですが……」
マルコシアスが後を引き受ける。
「15年前だな。シュヴァリエ家の初代当主、つまりエルザの爺さんが、市民から代表を選出して、黒の街を、平たく言やぁ民主制にしようって言い出したんだ。久慈八条家はそれに賛成して、東雲家は反対した。両家はもともと関係が険悪だったからな。それからはあれよあれよと言う間に戦争さ。あそこを更地にしたってやつだな。で、その戦争で俺たちファミリーが手柄を挙げて、黒の街の共同統治者にまで成り上がったんだ」
エルザが締めくくる。
「久慈八条家は鴉と名を変え、白薔薇の団、マルコシアス・ファミリーと共に共同統治者に選出され、そこへみんなのわくわくギルドとヘルタースケルターも加わって、今日に至るって訳だね」
ダンテがエルザに目線を移す。
「そんないざこざがあった割には、今の黒の街は落ち着いて見えやすね」
「おや、褒め言葉は歓迎だよ。どうも」
「ハハハ!大変だったんだぞ?俺が街に来たばかりの頃なんてな、道歩いてたらそこら辺の建物ん中から、窓ぶち破って人が飛んできたりするのが日常茶飯事だった。平和な時代になったもんだ」
「私も子供の頃はよく誘拐されかけてたっけねぇ」
「んな微笑ましい感じで聞けねえですよそれ」
マルコシアスがハンドル越しに街並みを見やり、何事か思いを馳せる。
「ま、確かに今だから笑い話だな。この街も俺たちも、何度もエラい目にあった。その度にくぐり抜けてはきたが、それは俺やエルザが力を合わせたからだ。分かるか?個人の力なんてたかが知れてる。エルザ、お前さんにも言ってんだぞ。お前さんは確かに昔のガキンチョの頃に比べりゃ強くなった。だが、俺からすりゃまだまだ背伸びしたガキンチョだ。ローランの坊主やダンテと変わらねえ。……お前さんは、いつか一人で突っ走ってムチャをやらかす気がしてならねえんだ。ムチャをやるならやるで、周りにいる俺たちを巻き込め。分かったか?」
「なんだい急に。こないだ約束させられたばっかだろ?何かあったらすぐ言うよ」
「へっ。歳取るとこういうとこだな。鬱陶しいのは分かってんだが、どうしても心配になる。……お前さんたち二人もだぞ。何かあったらすぐに言え」
「へい。親父」
「分かりました」
ニヒルに微笑むと、マルコシアスはシートにもたれかかり、車載レコードプレーヤーの再生ボタンを押す。
その刹那。爆発音がした。
マルコシアスたちが目指す八咫烏神社からだ。
驚愕に目を見開く4人が、神社のある森の方へ顔を向けると、森からは黒煙が立ち昇っていた。
「お、俺じゃねえぞ?」
「んなこた分かってるよ!マルコシアス、飛ばしな!」
エルザに言われるがまま、焦りを滲ませてギアを操作するマルコシアス。
「シートベルトがねえからな!どっかに掴まってろ!揺れるぞ!!」
そう言うと、思いきりアクセルを踏み込んだ。
エンジンが悲鳴を上げ、車は急加速する。
森からはわずかに火の手が見えた。