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黒の街 小説版 10話「暗い朝に訪ね」



 温室での騒動から一夜明け、シュヴァリエ邸。

 正面玄関につながる大階段の前の車止めに、1台のクラシックカーが止まっていた。

 車からはマルコシアスと、赤い髪を短く刈り込んだスーツ姿の彼の部下ダンテが姿を現し、エルザとローランが、使用人たちを伴ってそれを出迎える。


「わざわざ迎えに来てもらってすまないね、マルコシアス」

「ああ、いいってことよ。こっちこそ忙しい時に押しかけちまって悪かったな」

「朝方、急に電話をもらった時は驚いたけどね。暮雨(くらさめ)が呼んでるって言うんだからよっぽどの用なんだろ」

「そうだろうな。ほら、乗れよ。続きは道すがら話そうぜ」


 マルコシアスが(あご)(うなが)すと、ダンテが後部座席のドアを開ける。そこへエルザが乗り込み、ローランもそれに続いた。

 ダンテも、ドアを閉めると助手席に乗り込む。

 革張りのシートに深々と身を沈め、エルザが長い脚を組んだ。


「いい車じゃないか。高かっただろ?」


 マルコシアスが、ハンドルを握りながらニヒルに笑う。


「まぁな。おまけに魔蒸(まじょう)機関じゃなくてエンジンを積んでるから、贅沢品のガソリンを馬鹿みてぇに食う。ロマン溢れる逸品だろ?」

「オヤジの趣味だね」

「ハッハッハ!歳も性別も関係ねえさ。こいつを吹かす快感の前にはな。そら」


 マルコシアスがキーを捻りエンジンをかける。

 車は唸りを上げて、マルコシアスの(げん)を借りるならばロマン溢れる轟音をたて始めた。


「……たまらんぜ。なぁ?痺れるだろ?」

「分からないでもないけどね」

「ったく、これだからお子様は。オトナの愉しみってやつをこれっぽっちも分かってねえ」

「いいから早く出しな」

「へいへい」


 マルコシアスがギアを操作し、アクセルを踏む。

 車はゆっくりと動き出し、段々と速度を上げると庭園を抜けてシュヴァリエ邸を後にする。

 市街地に出ると、おもむろにマルコシアスが口を開いた。


「そういや、紹介がまだだったな。ダンテだ。おらダンテ、挨拶しろ」


 マルコシアスに促されて、ダンテが助手席からエルザの方を振り向く。


「……ダンテっす。ちょっと前から親父んとこで世話んなってやす。よろしく頼んます」


 ダンテの無愛想な自己紹介にマルコシアスが眉をひそめる。


「おいおいなんだそりゃあ。もうちっと愛想よくしろ」

「申し訳ねえです」


 エルザに、気にした様子はなかった。


「いやいや、いいじゃないのさ。いざって時に頼りになりそうだしねぇ。こんないいのどこで見付けてきたんだい」

「前、よその自治区から入り込んできた奴らと一悶着あった時にな。腕も立つし、行く(あて)もねえってんで拾ったんだ。なあ?」

「へい。良くしてもらってやす」


 マルコシアスがバックミラー越しにエルザの方を見やる。


「うちの若えやつらをよく(まと)めてくれてる。ちょいと口下手なのが玉に(きず)だがな」 

「へえ?素直に褒めてやればいいのにねぇ?うちにも一人口下手なのは居ることだし、とやかく言うつもりはないよ。ねえ?」


 エルザがローランにからかうような視線を向ける。ローランは(いささ)か決まり悪そうに顔を背け、モゴモゴと(つぶや)く。


「ぜ、善処致します」

「冗談だよ。ま、期待はしてるけどね。是非とも頑張っとくれ」

「じゃあ俺も善処しやす」

「おう、そうしろ」


 車が、信号で止まる。

 ふいに、マルコシアスが後部座席の方へ振り返った。


「そうだ、エルザ。途中でちょっくら用事があってな。寄り道してもいいか?」

「ん?いいけど、なんだい用事ってのは」

「ちょっとな。助かるぜ」


 信号が変わり、マルコシアスが再び前に目をやる。


「暮雨んとこからそう遠い場所じゃねえ。まあ、用事の間は待たせちまうが……」

「いいさ別に。楽しくおしゃべりでもさせてもらうよ」


 エルザが助手席の方を見やった。

 ダンテがちらりと目でエルザの方を伺う。


「俺ですかい?俺は、親父の言った通り口下手なんで……」

「おや、嫌かい?無理にとは言わないよ」

「いや別に嫌な訳じゃ……」


 マルコシアスが会話に加わる。


「せっかく若いヤツらだけで話せるんだ。こんな機会滅多にねえぞ?」

「そうそう。マルコシアスと違って私は小煩(こうるさ)いことも言わないしね」

「へっ。おこちゃま共じゃ俺の大人の魅力あふれるトークについてこれねえってか?」

「そっちが若者の流行りについてこられないだけだろ?」

「そうとも言うな!ハッハッハ!」


 マルコシアスがハンドルを切る。


「ここんとこ、きな臭え話しか出来てねえだろうからな。たまには息抜きしろ」

「フッ……、気遣い無用だよ。でもま、ありがとね」

「ちげえよ。休める時にちょっとでも休んどけって話だ。いざって時に気張ってもらわねえとな。ちょいワル親父からのありがたいアドバイスだ」

「小言とも言うねぇ」

「ちげえねえや、ハッハッハ!」


 ダンテが、助手席からエルザの方を再び振り返る。


「お二人は、随分(ずいぶん)仲がいいみてぇじゃねえですか」


 マルコシアスが答えた。


「まぁな。こいつがおしめしてる頃から知ってる仲だ。昔は可愛かったのになぁ、マルコおじさんマルコおじさんってよぉ。ま、当時は俺もおじさんって歳じゃなかったがな」

「そんな頃からっすか」


 エルザが鼻を鳴らす。


「何年前の話だい。まだ五大組織が白薔薇の団と(からす)以外無かった頃じゃないか」

「おう。俺のファミリーが出来たのが大体15年前で、五大組織が出揃ったのなんて5年前だからなぁ。にしても、あのちっこかったエルザ嬢が今や白薔薇団長様とは。俺も歳食うわけだ」

「そういうのはまだ早いんじゃないかい?41だろ?10年かそこらは早いね」

「おいおい。41なんて新陳代謝の早い今の世の中じゃジジイだジジイ。あとはお前ら若い世代に任せて、俺はとっとと引退してえとこなんだがな。余生を謳歌するのが待ちきれないぜ」

「何が余生さ。当分無理だね」

「ホントにな。跡目問題もある。はぁ……引退が先か、墓に入るのが先か」


 エルザがローランの方を向いて続ける。


「後継者問題ねぇ。ウチも考えとかないと」

「エルザ様?」

「ただでさえ世代交代が激しいんだ、次代の育成は急務だね」

「そんな、エルザ様は……」


 ダンテがマルコシアスの方へ力強い視線を向ける。


「任せといてくだせぇ親父。俺はすぐにでも親父の背中に追い付いて跡目を継いで見せますぜ」

「おっ、こりゃ頼もしいな。早いとこ俺に楽させてくれよ?期待してるぜ」

「うす」


 その様子を見てローランがこころもち項垂れる。


「私は……」

「ま、ウチは優秀なのが揃ってるからね。誰が団長になっても大して変わんないさ」


 ローランは、何も言えずに俯く。

 マルコシアスは豪快に笑った。


「ハッハッハ!かもな!でも、お飾りだってねえよりはあった方がいいし、飾りの質次第で外からの目も変わる。責任は重大だぞ?」

「かもね。やることだけは多いよ。外の自治区の連中ももうちょい白薔薇団長の肩書をありがたがってくれるといいんだけどね」

「まぁ、そこら辺は仕方ねえさ。腐らずに自分のやることやってくしかねえわな」

「腐らずに、ねぇ。頭からキノコでも生えてきそうだけど」

「じゃあ次期団長様はキノコか?ハッハッハ!」

「あっははは。そりゃいい!今日行ったら暮雨(くらさめ)にも紹介しとかなきゃねえ」

「こいつは大変だ坊主!エルザが腐らねえように坊主がしっかりしねえとキノコに仕えるハメになっちまうぞ!」

「え?!」


 突然矛先が向いたローランが狼狽(うろた)える。


「き、キノコですか!?」

「やめなマルコシアス。ローランの歳じゃオヤジのギャグには着いてけないってんだよ」

「おっとこりゃ失敬!キノコだけに、失礼しマッシュた、ってか?!ハッハッハ!」

「勘弁してくだせぇ。寒いですぜ親父」

「傑作だ!ハッハッハ!」


 なんと答えて良いか分からない様子のローランに、エルザが微笑みかける。


「ローランも、キノコより私の方がいいだろ?」

「は、はい!エルザ様がいいです!」


 エルザが満足げに目を細める。


「聞いたろ?キノコ団長様の出番は当面先だね」

「こいつぁ残念だ!エルザ団長のマッシュマッシュのご活躍を期待させてもらうぜ!ハァーッハッハ!」


 そんな調子で賑やかに車を走らせることしばらく。


 目的地近く、黒の街の北エリアが見えてくる。

 主に北エリア、もしくは北地区と呼ばれるこの辺りは比較的富裕層の住居が多く、見える施設も、劇場や議事堂に大学など、いわゆる金のかかる施設が多く見られる。エルザたち五大組織が五席会議を行う議事堂などもこのエリアに存在していた。

 マルコシアスの車は大通りを外れ、高級住宅街に入り、とある一軒の品の良い屋敷の前に停まる。

 マルコシアスがハンドルから手を離し、キーを抜く。


「さて、じゃあちょっくら行って来るぜ」

「ああ、こっちは気にしないでいいよ」


 マルコシアスはドアを閉め、屋敷に向かった。

 エルザは(いささ)窮屈(きゅうくつ)な座席で伸びをする。


「んー、私も降りるかね。肩が凝っちまった」

「御意に」


 ローランが先に車から降り、エルザのために後部座席のドアを開く。

 そうしてエルザたちが車から降りると、ダンテも車から降りた。

 助手席のドアを閉めるダンテに、エルザが話し掛ける。


「ところで、マルコシアスは何しに行ったんだい?仕事中に恋人に会いに行くような男じゃないだろうし」

「別に隠すようなことじゃねえですけど、気になりますかい?」

「まあねえ」


 ダンテがちらりと屋敷の方を振り返る。


「ここは、昔亡くなった親父の兄弟分が住んでた屋敷でさ。随分と古い付き合いだったみてえで、今ではそいつの女房が一人で住んでるんですけど、親父は何かと気にかけてて。そんで、今日はその兄弟分の命日だってんで会いに来たみたいでさ」

「そうかい」


 エルザも振り返り、屋敷の方を見やる。


「一人残されるってのは、辛いだろうねえ」

「そうかもしんねえですね」


 会話が途切れる。

 辺りは静まり返り、耳が痛いほどだった。


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