08 白い部屋その2
「ぼくの目の前にいる君、というか猫か……君がぼく自身だって? 君がぼくなら、ぼくは一体誰なんだい?」
「混乱するのも無理もないか……だったらまずは、この空間がなんなのかを知るところから、そこから始めてみよう」
猫は毛繕いをし終えると、くるくるとあたりを回りながら、この空間についての説明を始めた。
「この空間も実は君自身なんだ。床も天井も壁も、君がすべてを作り出してるんだよ」
「えっと……するとなに? ここはぼくが頭の中で作り出したイメージなの?」
「だいたいそんな感じかな。ただ、実際に目の前にあるわけだから、よくいう現実世界に近いものだね」
「ならさ、この場所に好きなものを作り出せるよね? 例えば、この空間は明るいけど、光源がどこにも見当たらない。それって変だと思うんだけど……」
「君がそう思うんなら、そうなんじゃない? ほら、そこにもあそこにも、蛍光灯がついてるよ」
猫の言葉を聞いてからあたりを確認すると、どこにもなかったはずの蛍光灯が、壁や天井のあちこちにずらりと並んでいた。
「さっきまで、なかったはずなのに……」
「ずっとあったよ、君が気づいてなかっただけで。だけど、さっき君は、明るい場所には光源が必要だと急に意識した。だから、目につくようになった。ただ、それだけのことさ」
この猫はマジシャンなのか?
猫はどこか自慢げだったけど、こちらはマジックハットに入れられたウサギの気分だった。
ハットを外から見ていれば、何が出てくるのかな? と期待するところだけど、中に入っている当事者の身になると、自分は何をされるの? と不安が募るばかり。
だけど、ここで頼れる相手は、この猫しかいないのもまた事実。
ひとまずここは、マジシャン猫の言葉を信じるしかなさそうだ。
「この白い空間を、ぼくが作り出してることは認めよう……今のところはだけど……それで話を戻すけど、君はぼくなんだよね?」
「この空間も、おいらも、そして君自身も、そのすべてが君を反映したもの。そういう意味で、おいらは君なんだ。君の目に映るものはすべて君自身なんだ。だから、ここでは他人の存在におびえる必要なんてないんだよ」
……ぼくが他人との接触を避けてることもお見通しか。
……そりゃ、この猫はぼく自身なんだもんな。
「それで、君はこれからどうしたい?」
猫はしっぽを振りながらこちらに近づいてくる。
「どうしたいって……この空間から出たい、ただそれだけだよ。というかぼくは死んでるの? ここは死後の世界なの?」
「死後の世界じゃないよ。ただ、君が元々いたあの世界とも違う。その中間地点といえばわかりやすいかな」
猫は体をくるりと翻すと、池へ案内してくれた時のように前を歩き出した。
「さあ、おいらに付いてきて。ここから出よう。案内するよ」
「付いてきてって、どこに連れて行く気なのさ。ここには出口はないんでしょ?」
「出口がないって? あそこにあるように見えるけど?」
猫の小さな顔が向いている方向。
そこには確かに扉があった。
壁に現れたのではなく、立て看板のように床に突き刺さっている扉が。
ぼくは苦笑いした。
この不思議な空間に段々と慣れ始めていた――というより慣れるしかなかった。
郷に入れば郷に従えだ。
普通じゃない、ありえない、そういった考えは放棄しよう。
「この扉はどこに繋がってるの? 見たところ、開けてもこの空間に繋がるとしか思えないんだけど……」
「百聞は一見にしかずだよ。開けてみたらどうだい」
猫がにやりと笑ったように見えた。
いや、実際に笑っていた。