02 僕という現実
今日中に3話投稿します(3/3)
鼓動を背中で感じる。
体の感覚がある。
背中全体に感触がある。
暗闇が戻ってきていた。
どうやらぼくは目を閉じて仰向けで寝ているらしい。
重く閉じたまぶたを開くと、見覚えのある天井が広がっていた。
そこはぼくの寝室だった。
全身に汗をかき、シーツが直に肌に触れているかと勘違いする程に、寝間着はべっとりと濡れていた。
ぼくはベッドから足を振り下ろした。
使い古したスリッパを踏み潰し、月明かりを頼りに、壁にあるスイッチを押した。
パッと明るくなった部屋の中。
夢と似ている部屋の中。
……夢の続きなら、扉の向こうは屋外のはず。
夢の中にいるような気分のまま、びっくり箱を開けるように寝室の扉を開けた。
けど、飛び出てきたのは窓だった。
寝室の外にあり、家の中にある窓。
不安とは裏腹に、扉はいつも通り家の廊下に繋がっていた。
……はぁ、よかった。
ほっと一息つこうと息を吸った。
と同時に、夜の七時にセットしていた目覚まし時計が、けたたましく息を吐いた。
どうやら、セットしていた時刻の直前に目覚めたみたいだ。
今日、実行に移す計画のことを無意識に考え、脳が休息モードになっていなかったのかな。
もしかしたら、同じ計画を立てていった人たちも、同じように早めに目覚めたりしたのかな。
この場所で実際にお会いすることは叶わないけど、計画を実行し、あそこへ行けた際には、同じ境遇の人に話を聞いてみるのも悪くない。
そんなことを思いつつ、枕元に置いてある目覚まし時計のアラームを止め、聖骸布のように汗染みが写ったシーツに腰掛けた。
先ほどまで見ていた夢の始まりは、目覚まし時計のベルが揺れているところからだったか。
時計のある部屋、寝室にどうやって入ったかは不明だ。
天井は高く、奥にはベッド。
そのすぐ横には、窓に接するように置いてある小さな木製のデスク。
クローゼット前には大きな姿見。
夢の部屋はその雰囲気からして、どう考えても、今いるこの寝室で間違いない。
……となれば、顔は見えなかったけど、あの男性はぼくだったのか。
ぼくが住んでいるこの平屋も夢と同じく、円形に連なった丘の上に立っている。
東向きの窓からは、丘の急斜面手前に設置された手すりが見える。
夢の中で男性が、というよりもぼく自身が、眼下の町並みを眺めていたあの手すりだ。
今いる現実で手すりから見下ろせる町、ぼくが生まれ育った町も、夢で出てきたものと似ている。
ただし、大きく異なる部分もある。
昼か夜かという違いじゃない。
夢の家々の細部までは思い出せないけど、少なくとも異様な高さのコンクリート塀は現実にはないはずだ。
アスファルトでできた道路と歩道。
それに沿うように立ち並んでいる家々。
夢よりは開放感のある町だと思う。
……と、いつまでも夢に浸っている場合じゃない。
今日の計画に集中しないと。
急ぎトイレで用を足し、鏡のない洗面所で顔を洗うも、夏の暑さで水がぬるく、いまいち気分を変えられない。
ぼくは夢見心地のまま、廊下突き当たりの扉を抜け、リビングダイニングに入った。
ぐっしょり濡れた寝間着は気持ち悪いが、着替えるのはルーティーン的にあさ飯を食べた後だ。
ぼくは奥にあるキッチンに立ち、トーストと目玉焼きを作った。
夜に作るあさ飯のお供は紅茶。
小さな二人用テーブルにあさ飯セットを置き、椅子に腰掛ける。
椅子は見た目のバランスを取るために二脚置いてあるが、二脚が満席になったことは一度もないし、相方の椅子は使われたことすらない。
自分でも何を思って座らないのかはわからない。
誰かが座る日を期待しているのかもしれない。
やはり今日は特別な日だからか、いつのもあさ飯のはずなのに、なぜだか食べきれなかった。
もったいないが、食べ残しを捨て、妙に満腹な状態で寝室に戻り、寝間着から解放されるべくクローゼットを開けた。
今のような夏の暑い時期でも、外出時は基本、半袖と長ズボンだ。
半ズボンで外出するのはどうもしっくりこない。
別に足を見られたくないわけじゃない。
容姿を気にしているのなら、半袖から伸びる細く白い腕を隠すために、長袖で行くべきだろうし。
寝間着から外出スタイルに着替え終えたぼくは、寝室にある大きな姿見の前まで移動した。
長方形で細い木枠のついた姿見は、普通の人にとっては何の変哲もない鏡なんだろうけど、ぼくにとっては違う。
嫌いなのに一緒にいなければならないクラスメイトのような存在、とでも言おうか。
夜起きてから、このクラスメイトと顔を合わせる瞬間が、一日の中で最も体力を使う瞬間であった。
……大丈夫。
……ぼくがそこにいる。
……大丈夫。
……ぼくがそこにいる。
鏡がぼくの姿を映していると確信できるまで、何度も心の中で言い聞かせる。
眉間にはいくつもの谷ができあがり、その谷を汗が川のように流れていく。
手のひらに爪が食い込む。
拳に汗が溜まり、指の間から滴っていく。
ぼくは死後硬直のように固まりきった両拳を、姿見にかけられた布に押し当て、引きちぎるように布を剥いだ。
現れた鏡面。
そこには、服装以外は昨日と違わぬぼくの姿が映っていた。
死相が出ているかのように青白い顔。
力を入れすぎた表情には深くシワが刻まれ、蛍光灯の光でシワの深さがより目立っている。
そこまで含めていつもの自分だった。
……よし、大丈夫だな。
自分の確認を終えるとすぐに、姿見を布で隠した。
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