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ドーンオブスレイヤー  作者: チュン
第二章:三人の老婆と死者の都
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第093話 「ツルツルホーケイ」

(ロジャー視点)


 冬の間は閑散期だったから、身体を鍛える事に重点を置いた。

 毎朝、街の中を走ってから町の外に出て、仙術流派の修行をする。

 最近になってやっと、縮地が実戦に使えそうになってきた。

 それぞれの技をより器用に使いこなし、連携させる事に手応えを感じていた。

 夜になると時々、師匠が依頼書を持ってくる。

 だけど量が少なくて、どれも簡単な小物を倒す依頼だった。

 そういうのは早朝から出て、そつなくこなして早く帰る。

 依頼を片付けた日は休んでいいと仰せつかっていたから、僕にとって小物の依頼はありがたかった。

 空いた時間は街を散策して、異変は無いか見回る。とはいえ何かある事はほとんど無い。

 顔を売るのが仕事だと師匠が言ってたから、商店街の色んなお店をのぞいて回った。

 店主さんと世間話をしたり、本や雑貨を買ったり。割と遊んでいるようなもので、これが結構楽しい。

 山に居た時より格段に生活が豊かに感じる日々だと思う。もう山には戻りたくないくらいだ。

 幸せな時間は過ぎるのが早い。

 月日は流れ、年が明けて春になった。

 暇だった冬の閑散期とは打って変わって、途端にあちこちで魔物が発生して忙しくなった。

 下水溝から鼠の魔物が出てきたり、用水路から蛙の魔物が上がって来たり。こいつ等は街の中まで入って来るんだよね。

 汚れ仕事になるのが地味に嫌。

 山に居た頃はそんなの気にした事無かったのに、一度いい暮らしをするともうダメだ。

 とにかくこれまでの経験もあって、僕は迅速に対応して魔物を倒し続けた。


「最近ちょっとは上手くやれるようになったじゃないか。そろそろ一度、女神と顔合わせしてみるか」


 そんな僕の様子を見てある晩、師匠が僕に言った。


「はい?」


 何の話だろう。この人が言い出すのはいつも急なんだよな。

 師匠は僕の身体つきを見ながら言う。


「いや、まだ早いけどよ。そろそろ挨拶しに行ってもいいと思ってな。明日の昼過ぎ、西の街道に出て来い」

「え、何ですそれ? 女神って……」

「俺の信望する女神だよ。いいから遅れんなよ?」


 色々訊ねたけど、師匠が何を言ってるのかよく分からなかった。とにかくその女神が力を授けてくれるらしい。

 僕は不安を感じながら次の日を迎える。


 一夜明けて昼過ぎ。よく晴れた暖かい日だ。

 僕は師匠に連れられて、ウェストリコから遥か南西へと飛んだ。

 師匠の背に負われた僕は思う。


(女神に力を授けてもらえれば、自分もこんな風に空を飛べるようになるのかな?)


 仙術流派の技の数々は、一般人から見れば完全に魔法だ。念動力で物を動かせるし、空中を走れる。

 でもやってみると、どの技にも限界がある。そこを超えて魔力を操作する事はできないんだ。

 今空を飛んでいる師匠のように、眼前に障壁を張りながら硬気功を維持し、高速で飛行するなんてのは人間じゃ無理だ。

 頭が爆発しそうな集中力と、血液が沸騰しそうになる練気れんき、それに耐えられるだけの堅固な肉体が必要になる。

 普通に考えたら筋肉ダルマみたいに鍛えなきゃ無理だし、そこまでやっても相当器用じゃなきゃ技の並行使用は難しい。

 いつだったか師匠が言っていた。仙術流派の奥義には普通の人間じゃ使えないものがある、って。


「ちょっと降りるぞ」


 考え事をしていたら、師匠が地上に向かって高度を下げ始めた。

 この辺りは開けた岩場になっている。乾いた岩と広大な砂地が広がり、切り立った断崖絶壁があちこちに深淵の口を開けていた。

 師匠は地上に降り、僕を背から降ろした。

 何だろう? 僕はキョロキョロと辺りを見回す。


「もう聖域が近いからな。入る前に、小便済ませとけ」

「あ、はい」


 そういう事か。確かに聖域なんてところで、立ちションする訳にはいかないよね。

 僕と師匠は岩場の壁で用を済ませる。


「うーむ」


 師匠が僕のを見て唸っている。


「……何ですか?」


 あまりジロジロ見ないで欲しいんですけど。いくら師匠だって、何か恥ずかしくなってくる。


「いやー、これは完全に子供だな。お前、せめて生えて……いや剥けてからにしようか。な。ツルツルホーケイのままじゃ、可哀想だからな」

「はい? 何ですか、ツルツルホーケイって?」

「ん。分からんならいい」


 師匠は答えてくれなかった。どういう事だろう?

 疑問には思ったけど、急かされて再び師匠の背に乗った。

 しばらく先へと進んだ。すると岩場の大地に切れ目のような崖があり、その中へゆっくりと飛んで行く。


「ここいらは似たような穴が沢山あるからな。地形をなるべく覚えておけよ」


 もっと先に言ってくれます? もう大分奥へ進んできちゃったじゃないですか。


「もうここまでが覚えられないです!」

「そうか。まあ仕方無ぇ。とにかく周りをよく見とけ」


 これだけ岩場が続くと、どこも同じに見える。覚えられるかな、こんなの。

 僕は周囲の岸壁や岩棚をなるべく記憶しようと、辺りを見回す。

 やがて目的地に着いたみたいだ。師匠は崖の底に降り立った。

 その崖の壁面には大きな横穴が空いていて、内部は地下大空洞となっていた。


「ここら辺から入ればいい。今から言う呪文を覚えろ」


 師匠はそう言って、何やら短い呪文を唱える。すると辺りの景色が一変した。

 さっきまでただの洞窟に居たのに、急に黒く艶めく宝石のような壁面の空間になった。


「これは……?!」

「さっきの洞窟から入ったら、その裏世界が聖域になってるワケだ。覚えとけ」


 ちょっと何言ってるか分からないんですけど。

 

「裏世界?」

「ああ。裏の世界さ。この世にゃ、あちこちにその出入口ゲートがある。ほとんど封印されてるがな」


 師匠が教えてくれた。


「呼び名はいくつかある。魔界だとか聖域なんてな。だが本質は同じだ」


 この物質世界には表と裏があり、大地の裏側にあるのが魔界だと師匠は言った。


「んで、この場所は女神の聖域になっている」


 師匠の後をついて行く。

 黒く輝く宝石のような岩場の壁が、ずっと奥へと続いている。

 光源は無いはずなのに、壁の岩自体が不思議な淡い光を放っていて綺麗だなぁ。

 洞窟では真っ暗だったから暗視能力を使っていたけど、ここじゃ眩しくて止めたほどだ。


「随分歩くんですね」

「この先が神殿だ。もうすぐ着くぞ」


 あ、そうなんだ。初めて来たから遠く感じたのかな。

 考えてみれば、遠いなら短気な師匠が歩いて行く訳が無いよね。多分僕に、この景色を見せて歩いてくれてるんだ。

 僕は幻想的な風景に目を奪われながら、輝く洞窟の奥へと進んだ。

 そしたら開けた場所に出た。

 かなり広い空間だ。奥の方に教会のような建物が見える。これが神殿か。

 神殿の巨大なアーチ状の入り口から中へと入る。

 内部は広いホールとなっていて、最奥部にこれまた大きな祭壇があった。

 その手前に二人の人影。その内の一人、スキンヘッドの男の人がこちらに近づいてきた。


「待っていたぞアイザック」

「おう、オウルフェイス。相変わらずだな。俺が来るのはお見通しか」


 二人はハハハと笑い合って、何やら話をし始める。


「いらっしゃい。よく来たわね」


 奥に居た女性が会話に加わった。

 いや、普通の女の人じゃない。全身が真っ黒だ。この辺の壁面のようにツヤツヤした光沢のある黒い物体が、女性の形をしている。

 明らかに人間じゃない。驚いたけど、察するにこの人が女神なのかな。


「今日は特に何か用があって来た訳じゃないんだが、こいつの顔を見せたくてな」

「来てくれてありがとうアイザック。普段から時々見てはいるけどね。私も実際に会って話したかったわ」


 この三人は、まるで親戚の集まりのように親密な雰囲気で話している。

 するとオウルフェイスと呼ばれた男の人が、僕に話し掛けてきた。


「調子はどうだ? 元気にしていたか?」


 この人は誰だろう? そう思って顔をよく見てみる。

 ギョロッとした大きな目をしている人だ。口の回りに黒髭を生やしている。眉が太く毛深い印象の顔。

 あれ? 僕はこの人をどこかで見た事があるぞ。

 この人の服装にも見覚えがある。フード付きの長衣だ。


「あ、あー! 貴方は、あの時の!」


 キマイラ討伐に行く旅路で、僕等が行き倒れになりそうだった時に現れた謎の男の人だ。

 この人が水をくれなかったら本当に全滅していたかも知れない。


「あの時は、助けて頂いてありがとうございました」

「ああ。礼には及ばないさ」


 でも何故この人がここに居るんだろう? 師匠に何か関わりのある人なのかな。


「師匠、僕このおじさんに助けられました」

「ああ。知ってる」


 師匠は事も無げに答える。


「師匠のお知り合いの方だったんですね」


 するとおじさんが答えた。


「そうだな。旧知の友だ。お前を見守るように言われている」

「え、そうだったんですか?」

「ああ。お前が初めて狼退治をしている時から、ずっと見ていたぞ」

「えっ! どこからですか?!」


 あの時は相当神経を研ぎ澄ませて気配を探ってたんだけど、この人が居たなんて分からなかった。

 僕の目には魔眼の暗視能力があるから、暗闇だって見通せるのに。


「空からだ」


 そう言うと、おじさんは姿を変えた。

 頭部は獣人のような毛で覆われ、顔が変形していく。

 すると同時に身体にも、モッサリとした羽毛が現れる。服は羽毛に埋もれていき、幻のように消えた。

 背中から大きな羽が生えて、一度だけ広げて羽ばたく。

 尖った嘴と大きな丸い目。これはフクロウだ。梟の顔だ。


「うわっ!」


 人間じゃない。僕は驚いて叫んでしまった。

 獣人か? その大きな目で見つめられると、何故か恐怖を感じる。


「私はオウルフェイス。人間から見たら、悪魔と呼称される存在だよ。空を飛び、遠くを見るのは得意だ」




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