第092話 「リーナさんとの再会」
(ロジャー視点)
年末の冷たい夜道を歩いていた。ここしばらく仕事日照りで、やる事が無い。
冬は魔物の活動も静まるんだよね。
何かないかなーと思って外に出てみたけど、こんな寒くて暗い場所を歩いている人なんて居る訳無いか。
そう思ってはいたけど、広い街をとりあえず一周はしてみようと足を延ばした。
随分歩いた。
西から南に広がる商店街を抜けて、南東の工業街を北へ。そこからずっと歩いて、北の居住区を西へ。
あとちょっとで一周だな。もう真夜中だ。
厚着してきたし、足早に歩いたから身体は暑くなった。でも顔や手が冷え切っている。
そろそろ帰って暖を取りたいな。そう思いながら、教会と城の石塁の間にある道を歩いていた時だった。
前方から足音がする。
今夜は曇り空で月明りも無く、周囲は真っ暗だ。僕は無意識に忍び足となって気配を消し、足音に近づいて行った。
(こんな夜更けに、何者だろう?)
怪しい人物だったら後をつけて様子を見よう。
僕の魔眼は暗視能力がある。常人には見えない程の暗夜でも、昼間と変わらない。
かなり近くまで来た。その人物は長衣を着てフードを被っていて、どうやら女性だ。
顔が見えた。あれ? この顔は……。
「リーナさん?」
「きゃあああっ!」
声を掛けたら叫ばれてしまった。
「わっとっと! 落ち着いて!」
驚いたのはこっちだ。結構な悲鳴を上げられたので、僕は狼狽した。
「リーナさんですよね? 僕です、ロジャーですよ」
「……え?」
「いやー、驚きました。リーナさん、何故こんな所に居るんです? フェルト村に居たはずですよね?」
「え、ロジャーって、あの、ロジャーさん?」
ちょっと不安そうな顔をしてる。無理も無いか。リーナさんには、この辺りほとんど真っ暗なんだよな。多分僕の顔も見えてない。
「あ、えと。あのー、教会に緊急招集されたんです」
「何ですかそれ?」
「えーと。勇者様が」
少し落ち着いたリーナさんが話してくれた。
それによると、勇者が重症になったという緊急の報がウェストリコ中を走ったらしい。
近隣の癒し手全てに招集が掛かり、早馬でウェストリコのステラ聖教大聖堂に連れて来られたとの事だった。
師匠のせいだ。師匠が勇者をボコボコにしたから。僕は顔から血の気が引いた。
「へぇ。そ、それは結構な騒ぎだったんですね……」
「有無を言わさない勢いでした。それなのに来てみたらもう終わっていて」
リーナさんが到着した頃には、もう既に何十人もの癒し手が各地から集められていた。すべき処置は全部済んでいたという。
そりゃそうだ。癒し手を何十人集めたところで、一人を治すだけなんだから意味が無い。
ここを治める貴族が、勇者に万一の事があってはならない、と慌てて教会に圧力を掛けたんだろう。でもこんな事で呼び出された方は、いいとばっちりだ。
後は勇者の回復待ちで、ほとんどの癒し手が帰ってしまったのだそう。
遅参したリーナは、術後経過を見る係に回されたらしい。交代制で勇者の容態を診ていて今、城を出て教会の宿泊所に帰るところだったそうだ。
「それにもう、ほとんど勇者様は全快されてるんです」
光の勇者は癒し手の神聖魔法と親和性が高く、数日で傷はほぼ完治したらしい。
それでも教会がこの任務を解いてくれない。仕方無くリーナさんは、形ばかりでやる事の無い出向が続いているという。
多分貴族の体面とか体裁の為だろう。ウェストリコ領内でこのような不祥事を起こしてしまったから。
けじめを付ける意味で、手厚い治療をしていますよというポーズの為に、教会にそうさせているんだと思う。
「お城に居てもやる事が無くて。でも、もし勇者様に何かあったら責任重大で。心が疲れます」
リーナさんがため息をつく。
うっ、心労が溜まってるな。
そうか。例えば勇者が怪我と関係無く風邪を引いたりしても、癒し手が睨まれるんだもんな。何かにつけてリーナさんが文句を言われてるんだ。
でも僕のせいじゃない、師匠がやったんだ。僕が負い目を感じる必要は無いんだって、自分に言い聞かせないと辛くなってくる。
「ま、まあとにかく、また会えて幸運です。いやぁ、運命を感じちゃいますね」
僕がそう言うと、リーナさんは何故か嫌そうな顔をした。
「それは良かったですね。じゃあ、私はこれで。失礼します」
急に去って行こうとするので、僕は彼女の後姿に声を掛けた。
「あっ、あの! また会えますか?」
「え?」
「僕は貴女が好きです。初めて会ったあの時から、ずっと! だから、僕とつき合って下さい!」
「ええ?!」
リーナさんはたじろいだ様子だ。
「でも……私は貴方の御師匠様、怖くて嫌なんです。だからちょっと」
「あ、そうそう! それなんですけど」
僕は、師匠が訳あってウェストリコを出禁になった事を伝えた。
「だから今、僕ほとんど独り立ちに近い状況になってまして。これなら大丈夫ですよね?」
「えぇ? いや、だからってそんな」
何だか断られそうだ、と感じて咄嗟に方向を修正する。
「今後、魔物狩りとして力を付けて、もっと頼れる男になります。その時また、お返事聞かせて下さい!」
「あの……急にそんな、困ります。私もう行きますね」
こんなやり取りをしていると近所の建物の中から、うるせぇぞ! と声が上がったので、ギョッとした。
「すいません!」
僕もリーナさんも、逃げるようにその場を後にした。
パチ、パチと薪の音。
家に帰って暖炉に火を付け温まっていると、先程までの事がまるで夢のように感じる。
今日彼女に会えたのは、本当に運命だったんじゃないか。考えていると顔が緩んで仕方が無い。
今後はあの場所になるべく行く事にしよう。
コンコン。
ノックの音だ。はーいと答えると、俺だ、と返事がある。
「おう。用事は無いけど、顔を見に来たぜ」
師匠だった。
この人が居なければ、リーナさんとの間に何の障害も無いんだよな……などとつい考えてしまう。
「どうした? 元気ねぇな。おい、何か食う物あるか?」
「あ、はい。夕方に煮た鍋があります。今、温めますね」
師匠は夜になると結構頻繁にここに来る。そして二人でご飯を食べる事が多いので、僕も大体用意している。
やっぱり独りよりは寂しく無くていいんだけど。
でもこれじゃ独り立ちというより、二人暮らしだよね。ほとんど。
今後リーナさんと付き合うには、この状況を何とかしなきゃ。
僕は頭を悩ませた。




